第132話 井伊静は寄り道したい

「それでさ色見」

「ちょっと待て」


 俺はなんでもないように話し出そうとする井伊に待ったをかけると、井伊は不思議そうに俺を見る。


「なにさ」

「・・・なんでここなんだ?」


 俺は不満を示すように今いる場所を指でさす。

 某ハンバーガーチェーン店の中のテーブルを。


「何で、って色見が話があるって言ったんじゃん」

「そうだが場所は別に学校でいいだろ」


 朝日の件で放課後に女子と二人きりでいることに抵抗のある俺は苦い顔をする。というかこの店、通学路にあるわ、今いる席は道路側のガラス張りのところだからさっきから同じ制服の奴らが通り過ぎるわでヒヤヒヤする。

 けれども俺の困惑なんて知らんぷりするように、井伊は細長いポテトに指を伸ばす。


「だって、お腹すいてたし」


 ・・・なんかもう議論すること自体間違ってるような気がしてきた。


「なるほど」


 俺は浅く頷いてこの不毛な会話にピリオドをうつ。

 井伊は口の中の油を流すようにジュースを飲むと、真剣に俺を見据えた。


「見つかった?本当のワケ」


 その声色は、子供を見守るように優しかった。

 俺はズボンの膝あたりを握りしめた。


「一人は嫌なんだ。・・・と、思う」


  恥ずかしくて、不安で、俺は井伊から視線を外そうとする。

  けれども暖かいその眼差しは、俺の不安をほぐしてくれた。

「そっか」


 それだけ呟くと、井伊はもう一度ジュースを飲む。

 それから上機嫌気味にぼやくように言った。


「あの子が、そんなに大切なんだね」

「あの子?」

「あれ、違うの?てっきりこの前廊下で睨んでた子と仲直りしたいってことかと」


 俺は言葉を失う。

 おそらく井伊はこの前俺と初めて会った時に見た茉白のことを言っているのだろう。

 俺が昨日の先生との話で、この結論に至ったのは、あのいつもの空き教室での風景を思い出したからだった。

 だから俺の欲望の矢印は朝日と川霧、そして茉白の裏生徒会に向けられているのだと思っていた。しかし客観的に見るとそうではないらしい。

 

 俺はその不思議な差異に違和感を覚えたが、すぐにそれは当たり前だと気づいた。


 それもそうか。もう、朝日も川霧も、裏生徒会には、いないんだ


 だからきっと井伊の考察は間違ってはいない。


「あぁ、そうかもな」


 俺は苦味を押し流すように、ストローを吸う。


「あいつしか、残ってないってだけだけど」


 俺の言葉に井伊は要領を得ないと言った感じで適当に相槌を打つとスマホを取り出して、指を遊ばせる。

 

 人といるのにスマホいじるなよ。スマホいじってる方が楽しいのかなって傷つくだろ


 そんな純情な俺がひっそりと傷ついていると、俺の視線に気づいたのか、井伊は

「ごめんごめん」と飄々と謝る。


「よかった、まだフミ帰ってなかったみたい」

「あ?」


 俺は井伊の言葉に首を傾ける。すると今度はそんな俺の対応に、いいは首を傾げる。


「ん?だから、フミ、今からこっち来るって」


 俺は驚きのあまり、口に含んでいたジュースが変なところに入ってむせてしまう。


「な、なんであいつを呼んだんだよ」


 文芸部の頃、俺は最後にアイツに言われたんだ。


『頼らなければよかった』


 俺はまた口の中に苦さが広がるのを感じる。


 多分、いや、確実に俺はアイツに嫌われている。

 なら俺が文芸同好会に関わることをアイツに知られると、跳ね返される可能性すらあるのだ。

 それをこいつは分かってるのか


「あの、井伊。悪いんだが」

「大丈夫、色見」


 俺の言葉を最後まで聞かず、井伊は俺にグッドポーズを見せつける。


「私に任せて」

 そう言って井伊はポテトを食べた。・・・俺のプレートから。

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