第85話 彼女もまた、進んでいる

 あれからと言うもの、驚くほどに俺の案はうまくいった。

 頼まれた誰もが、まるで仕組まれたかのように「朝日が言うなら」と部内での数人の貸し出しを了承してくれたのだ。


 俺は朝日凪を舐めていたのかもしれない。小学生時代から変わった彼女はここまで人々から信頼され、人脈を構築していたのかと圧倒されるほどだった。


 この結果が朝日の変化によるものなのか、はたまた意外なリーダーシップだとかカリスマ性だったりによるものなのかは、俺にはわからない。ただ一つ言えるのは、朝日だからこそできたということだ。


 ダンス部、演劇部、吹奏学部から承諾を得ることができた俺たちは、空き教室へと優雅に戻る。ここ数日にわたって漂っていた閉塞感もなくなり、晴れやかな気分で窓を見て歩く。空模様も、これまた眩しいほどの晴天だ。


「でもさ、急にどうしてやる気になったの?」


 そう茉白が不思議そうに小首を傾げているのを俺は窓の反射する姿から捉えると茉白の方を振り返る。

 どうして、か。言っていいのだろうか・・?

 会長の話はあまりにもプライベートだしここで言いふらすのも申し訳ない。一方で二人がこのイベントの実施に懐疑的なことを考えれば変に嘘をこねくり回すよりも正直にことの流れを伝えたほうが将来的にプラスになるような気もする。


「うーん」


 俺は軽く唸ってから、何の気なしに窓をチラリと見る。そうして「やはり」と確信してつぶやいた。


「眩しかった」

「え?どういう——」

「どうもこうも。そのまんまの意味だよ」


 俺は足を止める茉白と朝日を置いていくように歩き出す。

 ポリポリと頭をかきながら、思い出されるのは中庭での会長の表情だった。


 ・・・ほんと、らしくないことしてるな


 俺は一人静かに鼻を鳴らした。

 —————

 もう俺たち演出係は、問題だった出演してくれる部活動の確保が完了したため解散という流れになった。そして俺は本来ならすぐに帰路に着くところだがなんとなく校内をぶらついていた。


 ここ半年ほどの経験でわかる。だいたい何かがうまくいっている裏ではとんでもなく面倒なことが起きていたりするもんだ。今回は、あの文化祭で実行委員会を振り回した泉がいる。であれば俺があいつを警戒するのは当たり前なわけで・・・


 そんな風に考えてながら階段を上がりしばらくすると、一部屋先にある会議室ほどの大きな教室からカタカタとタイピングの音が聞こえてくる。この辺りは普段は使われないことを考えれば、忘年会関係の係が使っているのだろう。その早く軽いキーボードの音が、俺の中の泉の苦い記憶を思い起こさせる。

 あの、川霧と朝日を限界までに追い込んだ、泉の野郎への怒りがぶり返してくる。

 無意識のうちに早くなった足取りでその教室に近づき、俺はそっと扉を開ける。


 そこには、やはり酷く疲労した役員達が———!!


「・・・って、色見じゃない。何の用?」

「あれ、他の奴らはいないのか。もう呆れられて人が離れたのか、可哀想に」

「ちっがうわよ!!別に残りの仕事は一人で余裕だから先に帰らしたのよ。勝手に憐れんでんじゃないわよ」


 ぎゃいぎゃいと、キーボードから手を離し抗議の意味でかブンブンと腕を振って喚く泉。

 彼女のいうことはきっと正しいのだろう、四角形に並べられた机には書類だとか荷物のような類は何もなく、部屋にいるのは泉だけだ。


「なに意外そうな顔してんのよ。そりゃ、まぁ?あんたの中での私のイメージが最悪なのは知ってるけどさ」


 そう口をとんがらせた泉の手はすでに作業を再開している。

 なんだこれ、やけにリアルな夢だな・・・

 俺は軽いめまいを覚え適当に席に着く。座ったところで俺はこいつを手伝う気は無いので、瞬時に「席に座る」という選択が間違いだったことに気づいては居心地悪くなる。

 座ったばっかなのに急に立ち上がるのもおかしいよな?だからと言ってこいつと雑談するような内容もこいつに対する興味もないぞ・・・。


 どうしようどうしよう、と思考がぐるぐると回る。すると


「あのさ、あんたは生徒会に興味ある?」


 と、唐突に泉がそういった。

 前の二宮先輩といい、どう言う冗談だと眉を顰めそうになる。

 けれど泉の視線はパソコンに向いていて、暇を潰すのが目的なようで俺は適当に対処しようと決め込んだ。


「んなわけないだろ。俺とか朝日はあくまでも生徒会の手伝いを”させられてる”だけだ。そこに俺の意思はない」

「ふぅん」


 興味なさげに泉は機械的にキーボードを叩く。

 自分で話しかけといて急に黙る美容師かお前は。もっと頑張って話広げろよ!いや、欲を言えば帰りたいんだけども


「別に会長とか副会長じゃなくても、書紀くらいならあんたにもできそうじゃない?書紀は会長に選ばれるから選挙に出なくていいし、その上目立たないからあんたにピッタリでしょ」

「おい、失礼だな」


 ついぶっきらぼうなトーンで、不快感で眉を寄せてしまう。そんな俺の声色を聞いてか、泉は急いで俺の方を見ると


「あっ、違うの!悪く言いたかったわけじゃなくて、単純にあんたは目立ちたいタイプには見えなかったからそう言ったの。ごめん」


 最後にはシュン、と両手を顔の前で合わせ上目遣いに潤んだ瞳で弁明した。


「・・・おぉ」


 えらい素直な泉に思わず俺は、崩れ落ちそうになる。なんだ、俺の想像している泉奈々よりも、今日はなんというか潮らしいじゃないか。・・・やりずらい


「・・・ってか、なんでお前が残ってんだ?さっきも帰らせたって言ってたけど——」

「私がここのリーダーだからよ」

「・・・マジで言ってる?」

「おおマジよ」


 うげぇ、こいつ全く改心してないじゃねーか。やっぱり人は変われないんだ。

 そんな思いは顔に出ていたのだろう。泉は俺の方を確認すると、独白のような口調で語り出した。


「あの文化祭の出来事の後、自分なりに反省したのよ。今にして思えば、ほんとに子供だったと思ってる。あんたたちにも、生徒会の先輩たちにも迷惑かけた、ごめん。でも、やっぱり私は生徒会に入りたい。だから私は今回も立候補したし、選挙も出る」


 そう告げると、泉は一呼吸間を置いた。

 その僅かな間に、彼女は何かしらの決心をしたのは空気感で俺にも伝わる。

 急な静けさに彼女の短く浅い呼吸も、僅かな布ズレの音もはっきりと聞こえるようにすら思う。

 ガッと泉は立ち上がると、上擦って震える声で俺に言った。


「だから!その、私の応援演説してくれない・・かな」


 その瞳には、前まで強気で独りよがりだった彼女の姿はなく、ただただ真摯な態度が透けて見える。そして、不安と緊張で揺らいでいるようにも見える。

 「お願い」と、付け足した泉は、じっと俺の目を見つめ、俺もその瞳に吸い込まれて——!


「嫌だ」

「ひどい!?」


 ——るなんてことはない。言っただろう、俺は目立ちたくないし、誰かのために働くなんてごめんだと。

 ・・・なら、俺はどうして今もこうして面倒ごとに首を突っ込んでいるのだろう。そんな疑問がよぎると、泉はそれを上書きするように言った。


「まー、ダメもとだったけど。でも、そうなると、・・・やっぱ川霧の手伝いか」

「いや、だから応援演説はしないって」

「えぇー?でも実際あんたたち仲良いわよね。川霧もなんか急に雰囲気が柔らかくなった気がするし。ってなると——」

「馬鹿なこと言うな。俺には高嶺の花すぎるだろ」

「・・・酷いのね」


 自分の口から「高嶺の花」なんて形容が出てくることに驚きながらも、泉の言葉に肩をすくめる。一体何が酷いというのだろうか。

 そりゃ川霧と一緒にいたら尻に敷かれそうだからーとか言おうと思ったが、いつどこで誰が聞いてるかわからん。不必要に相手を下げるようなことは言わないほうがいいだろう、そんなリスクヘッジだ。


 そんな風に考えていると、泉はパソコンに向き合いながら俺に言った。


「ほら、もう帰んなさい。時間も遅いでしょ」

「あぁそうする。お前はまだ残るのか?」

「ええ。リーダーだもの。少しは背中で見せないと誰もついてきてくれないもの。・・・私の場合、スタート値がマイナスだから、余計にね」


 俺は泉に促され席を立つと、扉に近づく。

 背中で見せる、ねぇ

 すっかり成長した泉の、その言葉に俺は自然と笑みが溢れる。けれどそれが本人にバレないよう、背を向けたままに


「頑張れよ、リーダー」


 俺は今度こそ、帰路に着いた。

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