第4話 知り合いでもないクラスメイト
そうして俺たちが渡り廊下を抜けた先の第一教棟の3階、職員室の目の前に出た頃、
「えっと、正直見回りって言ってもどんな感じか私と色見くんは知らないんですよねー・・」
尻すぼみに、恐る恐ると言った感じで、朝日が川霧の顔色を伺いながら質問をする。
川霧は、涼しい顔のまま
「扉が閉じてある教室が本当に施錠されているかの確認と、教室に残っている生徒がいる場合には帰宅の呼びかけ。まぁ今回は、時刻も早いから呼びかけはそこまで注力しなくていいわ」
まるで本物の先生のような的確で簡潔な指示に朝日は思わず感嘆の声を漏らす。
それに対して意外にも川霧は恥ずかしそうに顔を背けた。
けれど声は、平静に
「それじゃあ、私は第二教棟の方を見てくるから。あなたたちは、こっちの教棟をよろしく」
心なしか早口に捲し立て、渡り廊下へと向かっていった。
今の彼女の表情は窺えないが、彼女の背中は先ほどよりも小さく、子供らしさを感じさせた。
「それじゃー、私たちも行こっか?第二教棟って先輩たちの教室があるところだから忙しいだろうし、早く終わらせて凛さんのお手伝いにいきましょ!」
笑顔で語りかけてくる。
こんなに笑顔だと『いや、俺はこの教棟が済んだら帰るから。』とは言い出せねぇーよな・・
俺は一階の教室を見回りしようと階段を下ると、たったったっと軽快な音がついてくる。
「・・・なんでついてくるんだ?手分けした方が早く済むんじゃ」
後ろを見ると、朝日が楽しそうについて来ていた。しかし俺の言葉の直後、顔を一変させ
「え、あ!?そ、うですよね!手分けした方がいっか!気づかなかったなー私!」
アハハ、、と力無く笑って朝日は階段を駆け上り、廊下を爆走していった。
かなり抜けている性格とは反対に、運動だけはできるのだろうか?
階段をおりると、一年の教室が並ぶ階に来る。まだ時間も早いので、やはり賑やかな雰囲気となる。
放課後に部活がない友達同士のたあいもない会話に水をさすわけにもいかないため、呼びかけは行わずに施錠のみの確認をしていく。
少し罪悪感はあるが、会話してる以上しょうがないよな!
歩みを進めると、月当たりの教室。つまりは俺のクラスの扉が閉まっている事に気づいた。
確か、施錠の確認だよな。そう思い若干強く扉を引く。すると
―――ガラガラッ!
へ?開いてしまった。
さらに驚くべきは、黒板に体を向けながら顔だけでこちらを見ている女の子がいたことだ。その子の手には黒板消しが握られているので、俺のクラスの日直なのだろうが・・・
茶色っぽい色のした髪をストレートボブにして、前髪の右側には特徴のない普通のヘアピンをつけ、感情の読めない顔をしているその子は、俺の方を見るとのんびりした口調で言った。
「びっくりしたー」
おいおい、言葉と表情が一致してないぞ
というか、この子誰だ?やっぱり俺のクラスメイトに対する記憶は薄いらしい。
「悪い、施錠確認をしようと、つい強めに引いちゃったもんで」
「なるほどね、見回りってこんな時間にやってたんだ。いつもは帰ってるから知らなかったよ」
そう言いながら、彼女は顔を黒板の方に向け背伸びを―――
「あっ」
俺はその時、ふいにデジャブのようなものを感じて声が漏れる。
そう。あの入学式後の自販機前での、あの横顔がすぐそこに―――
「どうしたの?」
その声で我に帰った俺は、目の前の子が不思議そうにこちらを見ていることに気づき、取り急ぎ話題をでっち上げた。
「えーと、もう一人の日直の子は?」
「もう一人も何も、私日直じゃないよ。でも、山田さんたちに頼まれたからしてるだけ」
「マジかよ、それだいぶ重労働だろ?」
俺の質問に、まぁねと相槌を打つのみでその仕事を淡々とこなしていく彼女。
お人好しにも程がある性格なのか、面倒ごとを押しつけられた割には怒りは見えない。
むしろ、何の感情も、うかがうことはできない。
でも、推測はできるのだ。俺の特技の一つである。
人と会話することがあまりないため、相手の気持ちをあくまでも自分ベースで想像する。
この子はきっと本来ならば家にいるはずの時間にまで、学校に残らなければならない現状に不満は少なからずあるだろう。
こういった安請け合いをして後悔したことは俺にもある。
だからか、完全に他人事として見れない訳で・・。確かに俺はひねくれてるかもしれないが、基本真面目を自称している。
「後は、日誌だけか?」
ちらりと黒板の近くにある机の上に放置された日誌を見ながらいうと、彼女は黒板消しを終え、手についたチョークの粉はたきながら
「ううん、掃き掃除も残ってる」
と、これまた平静に言った。
「そうか」
聞くや否や、すぐに教室の後方にある掃除道具入れのロッカーに向かい、簡単に掃き掃除を始める。
「いいよ、私の仕事だし」
ほんの少しだけ、驚いた声の彼女。
「そもそもは山田さん達の仕事だろ。それに少しでも早く帰ってもらえた方がこっちとしても嬉しいからな。Win-Winってやつだ」
適当を言いながら、仕事を進めていく。
時間が経ち、最後にちりとりで集めようとした時、その子は日誌が書けたのかこちら側のロッカーから、ちりとりを取ってきて、右手を伸ばしてきた。
「はい、最後は私がやるよ」
「日誌が終わったなら、日誌を出しに行けよ。掃除は俺がやるし」
そっちの方がこの子は早く帰れて幸せだろう。そんな気遣いだった。
しかしその子は頭の上にはてなを浮かべながら
「まだ日誌は終わってないよ?ただ、もう掃除が終わりそうだったからこっちに来たの。それに生徒会活動中なら、早く戻らないとでしょ。なんだか申し訳ないし」
そう言うと、俺の手から箒を奪いちりとりにゴミを集めて、ゴミ箱に捨てた。
意外と頑固なのかもしれない。
その子はゴミを集め終わると掃除道具を片付け、また日誌のある机に戻っていった。
無言で日誌の空欄を埋める音だけがむなしく響く教室で、彼女はもう俺のことを忘れてしまったのかと思うほど気に掛けるそぶりはない。
これほど集中されると、一言告げるのすら躊躇われ、俺は廊下に近い椅子に座りただ終わるのをボーっと待っていた。
けれど、あの時感じた親近感にも似た何かのおかげか、こんな静けさに居心地のよさすら感じだしたその時だった。
底なしに明るい声は、そんな安寧の時を許さないとばかりに、静かな教室に響いたのだった。
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