小説『アシスタント』を読む前に

岡田剛

世界観、登場人物

 巨大な採掘抗の中にできた『クレーター・シティ』が物語の舞台。いくつかの層に分かれた街で、小国として成立している。政府は最小限の統治しか行わず、警察力も低いため、一定以上の法人税を納める企業には警察の権限を持つ自警組織の運用が認められている。『企業自警団(CV)』と呼ばれる組織は社の公共への福祉の代表的な存在になっている。広告とイメージアップの手段として様々な『ヒーロー』たちがCVの象徴として活動し、団員を率いて犯罪と戦うドキュメンタリーは高い視聴率を維持し、国外での人気も高い。


 クレーター・シティはレアメタルの輸出を主な収入源とし、クレーターの周囲には広大な農地が広がり、食糧自給率も高い。政治は議会制だが、移民には国政選挙権がなく、議会も定例報告があるだけで原則非公開。近年、選挙が実施された記録もない。ただ移民には寛容でセイフティーネットも充実しており、排外主義的な政策はとらない。現在の首脳はアイラ・シェマ首相。中層より上層はそれぞれ複数の区に分かれ、区長、区議会議員は全住民による選挙で選ばれる。ほとんどの議員は企業の役員から選出され、実質的に街を運営しているのは企業となっている。


クレーター・シティ

 産出されるレアメタルの利益を背景に独立した小国だったが、鉱床を発生源とする疫病が蔓延。国民の大半を失う。収束後、国外からの投資と移民を受け入れると、生活しやすいクレーターの上層を提供し、国民は下層へと移住した。国民の数は街の全人口の一パーセントにも満たない。仕事は公務員のみで、官公庁は下層に集中しているためほとんど上層に上がってこない。最下層の採掘場では現在も採掘が続けられているが、『採掘者』は二千人程度。疫病収束後、増員も欠員もなしで、その姿を見たものはいない。


 最上層はクレーター周辺の農場で働く人々の居住区と観光地になっている。街の光で輝くクレーターや上層から下層まで貫通する高速エレベーター『シャフト』など、観光スポットも多い。第二層には劇場やカジノ、観光客向けの売春宿が集まり、不法移民の数が最も多い。第三層には移民の住む居住区、地元民のための飲食店街が広がる。発電所や下水処理場も三層にあり、上層の電力はほとんどが三層で発電される。四層には企業の本社が建ち並び、CVの本拠地も置かれている。第五層には企業重役やその家族が暮らす高級住宅地、自然公園などが建設され、国民が以前暮らしていた古い町並みも残る。大規模なイベントにも使われる。第六層は五層から古い町並みが続いている地区で、今でも国民の一部が暮らす。資産家が所有する格闘技団体が、古い建物を改修した競技場で試合をするのはシティの名物の一つ。


 シティには電子空間に作成された同じ構造を持つデジタルダブル、クレイドル・バースも存在する。実際にシティを訪れた人に政府の発行する市民アカウントかゲストアカウントが必要となるが、ほぼ全ての行政サービスが受けられる他、シティと連動したサービスも多く、シティを楽しむならバースから、とも言われる。


CV

 地区ごとに出る行政からの依頼を企業が請け負って治安維持にあたるための治安組織。疫病発生時、救援に送られた各国支援団を警備した警備会社をシティの企業が取り込んで成立した。治安維持に関しては政府から報酬も出るため、奉仕活動ではない。


 事件の捜査権は行政が有し、適切な能力を持つCVに捜査権を委譲する。委譲されたCVは、精鋭をヒーローが率いるチームで事件解決や現場の制圧にあたる。重大事件ほど世間の関心は高く、ドキュメンタリーの広告効果も高まるため、捜査権を獲得するコーディネーターの働きが重要になる。


 裁判権は事件が発生した区にあり、陪審員も当該区から選出される。裁判官の選任は区議会で行われるため、実質、企業が司法に影響を及ぼす。


ゼブリウム

 クレーター・シティでのみ採掘されるレアメタル。触媒によって様々な反応を見せる柔らかい物質で、それ自体は氷のように冷たいだけ。シティの内部では脳波──少数の科学者が精神と主張している──にも反応することが知られており、研究が進められている。動物に埋め込むと死に、人体に埋め込むとがん細胞化するが、ときに肉体や意識を変質させてしまう。


オーファン

 シティで出産された新生児の中には半透明の皮膚を持って生まれてくる子供がいる。疫病の影響が疑われているが原因はわからず、捨ててしまう親も多かった。オーファンは捨てられた子供たちが国外のメディアによって報道されたときにつけられた呼称。現在では遺伝子の異常ではあるが、病気ではないという認識で、専門の医療ケアも受けられるようになった。理解は進んだが、差別がないわけではなく、とくに不法移民の子供として生まれたオーファンは売られてしまうケースも頻発する。皮膚の透明度には個体差があり、透明度が高いほど環境の変化に弱く、短命。その儚さがオーファンの価値を宝石のように高める。


Fai(フェイ)

 人間より進化したとされる三体のAIが作った人型の生命体。長身、細身、非力で人間と同じように食事や排泄を行う。製造、搬送の現場をみたものはなく、いつの間にか街に居着いている場合が多い。当初はAIの侵略と恐れられたが、フェイは無邪気で友好的で他者への警戒が薄い。そのため、AIが現実の情報を集めるために送り込んでいるものと思われているが、真意は不明。フェイの発見が集中しているシティでは保護活動も盛んで市民アカウントを付与され、人間社会で共生しているフェイも多い。電子空間で意識が発生した後に身体が与えられているために思考や会話が高速で、調整に一、二年はかかり、それができて成人とされる。Faiの名前の由来は『現実に落ちてきた人工知能』


登場人物

ロスト

 疫病発生後、最初の救援に入った二百人のうちの一人。感染し、死亡したと記録されているが、収束後、シティ下層で発見された。母国では死亡扱いとなっていて、移民としてシティで暮らす。浄水から水道管理まで一括して担う『イス・ウオーター』のCV『レッド・ブランチ』で外渉を担当する調整班に所属。シティに来る前の記憶がなく、自分や世間への関心が低い。生き甲斐を与えてくれた仲間たちを大切にしたいと思っている。


エディナ・ピスケス

 レッド・ブランチ特殊装備機動警備部特務主任。CVヒーロー『レディ・クホリン』として活動する。水泳選手だったが、事故による脊椎損傷で下半身が麻痺した。彼女のリハビリを追跡したドキュメンタリーで人気を博し、イス・ウオーターが広告に起用。ゼブリウムを使った新しい治療法に被験者として参加した際、一時、意識不明に。下半身は動くようにならなかったが、ゼブリウムを介した神経連結が可能になった。普段は車椅子で生活し、事件のときには神経連結したハイブリッド・アシスティブ・リム『モリグアイ』を装着する。


ドギー

 ロストの同僚。本名ドナルド・ゲシ。犬好き。刑事だったが、蔓延する汚職と給料の安さに嫌気がさし、シティに新しい職を求めた。イス・ウオーターのCEOグラドロンと同じアイルランド系移民だったことからコミュニティを通じてレッド・ブランチに。調整班の実質上の主任でロストを雇用したのもドギーの判断。


ムラサメ

 ロストたちの同僚で二歳のフェイ。発生直後で肉体の感覚に混乱していたところをエディナに拾われる。知識は豊富だが、精神性は未熟で幼稚な言動が目立つ。言語の感覚に優れ、発声の速度も自由に調整できる。高速言語を使い、膨大な情報をロストたちの頭に送り込んでサポートする。


ケイト・エラム

 ドギーの娘。両親の離婚後、母親と暮らしているため姓は違う。オーファンだが、大切に育てられた自分は幸運だと理解している。母親とは仲がいいときと悪いときの波が激しく、よく家出してロストの家に泊まっていく。


スーパー・アナライズ

 高い洞察力と、予知と称されるほどの先を読む力が特徴のディテクティブ・ヒーロー。特定の企業に所属せず、自分で選抜したチームを率いて知能犯を追い詰めていく、推理ドラマのような展開の動画が人気。動画視聴率で常にレディ・クホリンを上回り、彼女から嫌われている。本人は自身の動画にも姿を見せず、スーパー・アナライズはたんにチームの名称だとか、彼はAIだとか、考察を巡らせるのもファンの楽しみ。


カット・グラス

 かつてシティを騒がせた、被害者をガラス化して放置する猟奇殺人者。CV黎明期に現れ、まだ管轄や捜査権の委譲などのルールが明確でなかったため、犠牲者が増えた。カット・グラスを追って殺されたCV警備員ユーディスが最初のCVヒーローとされている。


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