◇12


「大人しくしていたか」


「あっ、公爵様……っ!?」



 また今日も、抱っこをされてしまった。どうして危険なところじゃない屋敷の中でこんなことをしてくるのかが、よく分からない。


 でも、慣れてしまったのだろうか。そんなに恥ずかしくなくなってしまった。何度も何度も抱っこされては散歩をして、時には執務室に連れてかれて。はたから見たらおかしな光景だけれど……悪い気はしなくなってしまった。おかしな話である。


 でも……今日の公爵様は違った。


 ――いつもと、違う匂いがした。



「あっ……」


「どうした」



 顔が強張り、固まってしまって。次第に、サァァァァァァ、と血の気が引いてしまう。



「お、ろして……いただけ、ま、せんか……」


「……」



 何も言ってこない。けど、静かに降ろしてもらえた。頭を下げ、早足で逃げたのだ。


 今日の公爵様は……――とても強い血の匂いがした。



「手を洗って着替えたから大丈夫だと思ったんだが、うちのペットはだいぶ鼻がいいらしいな」


「だから言ったじゃないですか。拷問部屋に入ったのですから湯浴みをしてからにしてくださいと」


「……次からはそうしよう」



 そんな公爵様とグリフィスさんの会話は、私の耳には届かなかった。


 前々からそういう匂いは感じていた。そういう仕事をしていることも、仕事中に一緒にいるから知っていた。でも、今日は本当に血生臭くて。だから、驚いてしまったというか……


 お仕事、なんだろうけど……怖かった。今までのより、も。


 私は、他の羊獣人よりも良く鼻が利く。もしかして、怪我をした? と思うかもしれないけれど、それならあんなに髪にまで染み込んだ匂いはしない。


 いかがしました、と侍女長が声をかけてくれて、部屋に戻った。



「夕琳様、少しお休みになりましょうか」


「はい……」



 身体が寒く感じて、暖かいはずの布団に潜り込んでも中々身体が暖まらなかった。




 頭に、くすぐったくて暖かい何かを感じた。目が覚めて、目を開けると……



「起こしたか」


「あ……」



 公爵様が、いた。私の眠るベッドに腰掛け、頭を撫でてくれていて。



「さっきは驚かせて悪かった。もう匂いはしないか?」



 そう言って、目の前に手の甲を出してきた。くんくんと鼻を動かすと……あ、血生臭い匂い、しない。


 頭を横に振ると、「そうか」とまた頭を撫でてきた。そんなに、匂いを気にしていたのかな。


 と、思っていたら何故か公爵様は私の入っている布団に入ってきた。



「えっ」


「何だ。自分のペットに添い寝するのは間違った事か?」


「え、あ、そ、の……」


「血生臭くないんだろ?」


「は、ぃ……」


「ならいい」



 全く、よく分からない。どうしてこんな事をするのだろう。頭に手をつき、上から顔をのぞいてくる。今度は角に触れてきて。



「やはりこの角は邪魔だな」


「……」



 そう、ですか……


 でも、思った。ペットペットと何度も言われるけど……そういえば、名前、呼ばれた事ないかも。お前、って呼ばれたことはあったけれど。


 公爵様は私の名前は知っていると思う。それなのにどうしてだろう、と思うのは欲張りだろうか。調子に乗ってる、とか、思われないだろうか。


 公爵様に呼ばれたい? う~ん、どうだろう。よく分からない。


 けれど、今までずっと抱っこされてきたからか、いつも嗅いでいた公爵様の匂いがして、安心しきってしまい。そのせいで、またまぶたが落ちてきてしまった。


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