ひかり
橘 永佳
Ⅰ(1)
とにかく、重なるときは重なるものだ。
「進藤先生、急患の受け入れ要請ですっ。十代後半の女性、全身打撲、血圧72の44、脈拍116、意識レベルⅡ―10、こちらまで約5分です」
看護師の声が耳に飛び込む。一服のつもりだったコーヒーはまだ半分以上残っているが、それどころではない。
「分かった、こっちへ運んでもらって。血液検査、クロスマッチのオーダー至急で出すからって先に伝えておいて。到着次第エコー、続けてレントゲンとCT。オペの準備も始めといて。あ、それから中川先生捕まえて。小暮、行くぞ」
「はいっ」
「ういっす」
進藤がまとめて出した指示に、看護師は短く応えて動きだし、新任医師の小暮が威勢良く返事をする。そのまま、小暮を引き連れて、進藤は医局を後にした。
「いいんすか? 進藤先生」
救急部へと向かう途中、小暮が進藤へと声をかける。帰るところだったのに、という意味だろう。
朝からやることが全て裏目になり続けた進藤は、残業を切り上げて、そのままの勢いで帰るか、一休みしてから帰るか、しばし悩んだ末に医局でのコーヒーを選んだところだったのだ。帰ったところで待っていてくれる人ももういないし、さすがにこれ以上はあるまい、と読んだのだが、またもや裏目に出たわけだ。
今日の勤務時間はとうに終わっている。だから、当直の小暮に任せて帰ってしまっても、まあ建前上は問題にならないのだが、研修あがってこの病院に着任してからまだ半年足らずの小暮に丸投げするのは、指導医として不安があった。
「かまわん」
短く応えながら、進藤は先を急いだ。
かなり出血しているかもしれない。
受け入れ要請のときの様子では、血圧が低く脈拍も速い。それだけで判断など出来はしないが、相当量の出血も考えられる。患者を見もしないで手術準備を指示するのは少々フライングとも言えるが、必要になる、と進藤の直感は告げていた。
二人が救急部に着くと、間もなく救急車も到着し、ストレッチャーに乗せられた患者が室内へと搬入された。救命救急士が短く告げる。
「4階からの落下、飛び降りらしいです」
瞬間、進藤の脳裏に霊安室の場面が再現される。横たわっている遺体。不思議と穏やかな顔。その二日前の朝には、確かに笑って送り出してくれた、友紀子。
違う。
友紀子ではない。
半自動的に、即座に進藤の意識の切り替えが始まる。再現された場面をシャットダウンし、間髪入れずに目の前へと意識を集中する。何百回と繰り返し、条件反射レベルまで身に付いた反応。
この間、0.5秒にも満たなかった。
改めて患者の容体に眼を走らせる。全身を強打したことが如実に表れた姿だったが、見たところ頭からではなく足から落下したようだ。
意識がⅢ―100に悪化、痛み刺激には動いて反応するが、呼びかけても意識はない状態になってしまっている。
先に血液を検査に回して、小暮に触診させてから、エコーの準備をさせる間に自分も手早く触診しておいた。
制服姿の女子学生。この制服は確かそう遠くない市立高校だったか? 綺麗な顔立ちで、肩に掛からない髪の長さが活動的な印象を加えている。
「進藤先生」
エコーで腹部を診る小暮の硬い声。始めから画面を見ていた進藤も、言わんとする意味はもう理解していた。
いや、実のところ触診時から見当はついていた。
「レントゲンとCT。急いで。終わったら手術室に」
そう言ってから、進藤は足早に手術室へと向かった。小暮が後に続く。
「まずいっすよね、アレ?」
先に進む進藤の背中へと、小暮のおずおずとした声が届く。「ああ」とだけ応えると、若い医師が出す緊張した空気が強くなった。
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