カシャカシャ病
和響
1
「まただ」と裕次郎は思った。また、あの音が聞こえると。
カシャカシャと薄いレジ袋が擦れるような音を裕次郎はここ最近良く耳にした。いや、耳にしたというよりは脳内に流れ込んでくるような気がすると言った方が正解かもしれない。現に裕次郎が部屋の中で音の出所を探してもそんな音が出るような物は置いてなかった。
——いや、置いてはあるか。昨日の夜コンビニでビールとつまみ惣菜を買いレジ袋も買ったのだから。
裕次郎は一人暮らしの小さな台所に視線を向ける。背の低い単身者用の古い冷蔵庫。その上に白いレジ袋がふわりと乗っている。中身を取り出してそのまま置いた状態のレジ袋は窓ガラスからの隙間風で微かに揺れる。あれか。あのレジ袋の音だったのか。
カシャカシャ、カシャカシャ。
また裕次郎の耳にあの音が聞こえた。冷蔵庫の上のレジ袋はそんな音を出すほどに動いてはいない。やはりあのレジ袋じゃないな。であれば、なんの音なのか。
裕次郎がこの音を聞き始めたのは一週間ほど前のことだった。特にこれといってきっかけがあったわけでもない。ただなんとなく耳に入り込んだカシャカシャという音。カシャカシャ、カシャカシャ。あれは確かテレビを見ている時だった。野球中継を缶ビール片手に見ていた裕次郎は「おや」と思った。すぐ耳元でそんな音が聞こえたからだ。耳の奥がくすぐったくなるような感覚がして耳を擦ってみた。気のせいか。そう思ってまた野球中継に目を向けた。その日はそれだけのことだった。しかしそれから時折裕次郎の耳にこの音が入り込む。
「ったく、なんなんだよ」
裕次郎はまた耳を擦った。カシャカシャと耳障りなだけではなく耳の奥がむず痒い。変な音は日に日に大きくなり聞こえる回数も増えてきている。今日は月曜日。病院に行ってみた方がいいだろうか。勤め先である警備会社の健康診断は受けている。だからこの変な幻聴は大きな病気ではないはずだ。
カシャカシャ、カシャカシャ。
「あああ、もうっ! 病院だってただじゃないんだぜ。幻聴くらいでいくなんて馬鹿馬鹿しいだろ」
裕次郎の苛立ちが大きくなればなるほどに耳障りな音も大きくなっていく。
カシャカシャ、カシャカシャ。カシャカシャ、カシャカシャ。カシャカシャ、カシャカシャ。カシャカシャ、カシャカシャ。カシャカシャ、カシャカシャ。カシャカシャ、カシャカシャ。
裕次郎はまた耳を擦る。その後で耳の奥に指をつこんだ。むず痒い。でも、痒いところに指は届かない。
「ダメだ、もう限界」
裕次郎は病院に行ってみることにした。
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