第一章まとめ

1 カウルさん異世界に呼ばれる


 春。心身を芯まで凍らせる厳しい冬を耐え、天から舞い降りる温かく柔らかな熱に生命が目覚める季節。

 そしてご主人が『原動機付自転車』の僕に跨って走り出す、嬉しい春がやっと来ました。

今日は久しぶりツーリング。

お弁当や水稲、タオルにレジャーシート、ゴミ袋、万が一の救急箱。

必要な物を背中に積んで出掛ける準備は万端です。

さぁ、ご主人僕に跨って。今日はいっぱい、いーっぱい走って楽しい思い出作ろうね。


 「あ!忘れ物」


しかしご主人はそう呟くと踵を返し、わたわたと慌てて家の中へ戻ってしまった。

 もうご主人!早く、早くして!

彼を待つ僕のエンジンはドクン、ドクンとじれったく昂り、タイヤでじだんだを踏んでしまいそうです。

 そうした中、突如僕の足元がカッ!と瞬いた。

周りが幾層のオーロラに包まれ、光の集点が金色の光子を振り撒きながら、地面に幻想的な模様を描いた。

 うわぁ、ご主人が好きそうな作品に出てくる魔法陣みたい……じゃない!な、何、ナニコレ!?

わけがわからないまま魔法陣がより一層眩しく輝き、ついに視界が白一色に染まってしまった。

 ……え?

しかし直後。世界がぶつん……とまるで電源が落ちたように真っ黒になった。

ライトの先は何も無く、天地の指標となるタイヤの接地感も消えた。

今は止まってるのか、下がってるのか、それとも上がってるのか、何もかも分からない。

そして最愛のご主人の声も姿も消えたと思ったら、エンジンの鼓動がドン、ドンドン、ドンドンドン!と荒ぶりだした。

はぁ!ご、ご主人何処!?お願い返事して!

ここまでものの十数秒。

緊急事態を自覚した僕は、虚無の空間の中で一人、グシャグシャの感情のまま悲鳴を上げた。

しかし闇の中……たった一台。

無響の世界に放たれる事のない心の嘆きは、行き場を失った濁流となって僕の内側で押し揺らし、ミシ、ギシ……ピシ!と心身を歪ませた。

いやだ、いやだ……怖いよ……ご主人……。

隙間から僕の大事な、大切なものが……零れちゃう。

やがて一時と永劫の違いも判らなくなり、

深海の底でドロリと溶けるように、自身の境界が曖昧になっていった。

 ……暖かい……光?

それはほんの些細な、何故気付けたのか分からない程小さな光の瞬き。

だが光は徐々に強く大きくなり、キラキラと下から僕を照らした。

それはまるで人肌で全身を抱きしめられたように、闇に沈んた僕を優しく救い上げた。

気持ちい……僕どうなっちゃうの?……。

心がベコボコの僕は、その安心感をただただ茫然と受け入れてた。

そして意識が光と闇の狭間に吸い込まれながら、僕は何処かへ運ばれて行った。


 あれからどの位時間がたったのか。


「……うぐぅ……」

(……顔に柔らい何かが当たってる?……それに……センタースタンド、サイドスタンドが……立ってない……僕倒れてる!?)

(ど、何処か壊れてるかも!?とにかく早く起こしてもらわないと!)


意識を取り戻して早々、僕はバイク生命を左右するのっぴきならない状況に陥ってた。

ですが僕の体は危機的状況に対し、予め組み込まれてたように自動で動き、二本の突っ張り棒で押し支えられながら、ぐん!と上体が起きた。

「あわわぁ!」と今度は勢いのまま反対へ倒れると思ったが、ペタンと柔らかいクッションが僕を受け止めた。


「あれ、起きれたの?……もしかしてご主人が……って、うへぇ!?」


訳が分からず、あたふたする僕はそこで己の身に起こった重大な変化に気が付いた。


 「これ、ひ、人の手だ!あ、あぁ!?こ、声が出てる!」


仰天しながら震える手で、本来はヘッドライトの箇所を触る。

するとモチモチとした柔肌の感触が伝わった。


「すごくぷにぷに……だ、あぁ……あぁ!僕の体が……ひ、人になってる!!!」


またまたびっくり仰天!

何時の間にか車体は黒を基調に首元の真っ赤なリボンが映える、和風コスプレメイド衣装を着た小さな人型になってた。

タイヤは赤ベルトがアクセントの白のショートパンツ、ニーハイソックスに黒靴を履くむっちりな足へ。

背中はリアボックス型のリュックを背負い、ナンバープレートはぽよん、ぽよんの弾むように柔らかなお尻になってた。


 「ど、どうなってるの!?それに此処何処!?」


 次々と生まれる疑問の坩堝に情報処理が追い付かず、目の前が真っ白になった。

それも比喩ではなく、言葉通り僕を取り巻く世界は真っ黒から真っ白へ反転してた。

足元は雲海がゆったり流れ、水平線まで開けた景色は構造物や地面の隆起はありません。また遠くの空は上に行くにつれ暗くなり、漆黒の夜空になった天上では幾つもの流れ星が瞬いてました。


 (僕の音以外何も聞こえない……熱くも寒くもなくて……現実味が全くない)

「も、もしかして……此処が話に聞いた……て、天国?」


先ほどまで車体も心も壊れてもおかしくない体験をしてた僕は本心で呟いた。

 だが白一色の世界に変化が現れた。

最初は水彩絵の具を水で伸ばしたように、ぼやけた色が視界に広がった。

それがまるで白キャンパスに描かれるに色が重なり徐々に形を現した。


「うそ……世界が塗り替わっていく……」


程なく体にささやかな空気の流れを感じると、微かな埃が付着する。

そして風景画が現実を纏い、天国がら完全に置き換わった時、僕はまたも未知の場所にいた。


 「えぇ!今度は何、ナニ?」


僕はオロオロと辺りを見回すと、其処はぽつぽつと壁に取り付けられた松明に照らされた、

薄暗く埃っぽい伽藍洞の空間だった。

よく見ると僕を囲む岩のブロック壁には、複雑で抽象的な模様が彫られ、それが闇の天井まで続いてた。

逆に足元から先はザラっとしたブロック階段が続ぎ、僕のその最上の踊り場に座ってた。


 (どうしよう……本当に何処だか分からない……そ、それに……)


僕は改めて、恐る恐る正面を見据えた。


(こ、この人……誰?……)


その先には片膝をつき、青色の瞳でじっと此方を見つめる一人の女性が居ました。

 端正で気品のある顔つきに、金色の髪は動いて邪魔にならない長さで整えらてました。

服装は胸部や手足の一部が金属の軽装鎧を身に纏い、腰には空の鞘を帯びてました。

 

(うわわ……ど、どうしよう!?)


まるで触れる事の出来ない空想上の世界から現れた女性騎士を思わせる姿に、僕の心はドクンと高鳴った。

未知の世界と美しい女性との新たな出会い。

好む人は今の状況に心躍る思いをしたかもしれません。

 しかし僕の内側から発せられるそれは、危険を知らせる警告音だった。


(な、なんで……こんなにボロボロなの?)


目の前にある現実は魅力的で素晴らしい夢物語ではなかった。

彼女の服装は埃で汚れ、所々が破れてました。

更に本人も体中の至る所に傷があります。

本来なら輝いて見える程に美しいだろう金髪も、男女が見惚れるモデル顔負けの顔も汗と埃でベトベト。

全てが台無しでした。


(……ご主人、僕はどうすれば良いの?)


僕達は一時が永遠と感じられる空気の中、茫然と互いに見つめ合ってしまった。


 「……!!」


だが彼女の顔が急に驚きと冷や汗を滲ませ、焦りを窺える表情へグシャっと変わった。

そして素早く僕の袖をギュッと掴み、力ずくで自身の下へ引き寄せた。


「え!?ちょっとなぁ!!」


ふらり、ぎゅっと僕は彼女の胸に抱きとめられました。

そこへズドォン!後ろから轟音が鳴り、爆風が押し寄せた。


「うああぁぁ!!」


僕達は流されるままごろごろと下へ転がり落ちた。


 「いてて……な、何が起こったの、うわぁ!?」


ふらふらの僕の袖を彼女は再び掴み、ぐっと無理やり引き上げた。


「……は、早く立ちなさい!」


彼女の声は気品と力強さを持ちながら、同時に窮地に追い詰められたような焦りがひしひしと伝わってきました。


「は、早くって言われても……」


慣れない人体に頭が対応できず、僕の動作はかく、かくと緩慢になってしまう。


「何もたついてるの!?お願い早く!」


そんな僕に対し、彼女はままならない感情を言葉に乗せ、ビシビシと打ち付ける。


(ぼ、僕だって突然の事で何がなんだか分からないのに!)

「何ぼさっとしてるの!早く動いて!」

「!!!!」


彼女の怒号にとうとう僕の許容の限界値が振り切れ、理性の糸がブツン!と振り切れた。


「もういい加減にして!貴方こそさっきからなんなの!!」


そして僕は涙目になりながら大声を張り上げてしまった。


「ならあっちを見なさい!!」


ですがそれに負けない声で彼女は僕の後ろを指さした。


「あっちって何が!?……ひぃ!!」


指し示す先を見た僕の目がぎょっと見開いた。

彼女が急かす理由。迫る脅威を僕はやっと認識した。

 上段に立つその者の質感は金属を思わせるパーツの組み合わせで形作られてた。

一見成人のようなシルエットを思わせるが、背中とお尻の辺りからそれぞれ、金属質の羽と尻尾が生えてた。

そして手には僕のような華奢な体を、容易に真っ二つに出来そうな鋭利な剣が握られてた。


「……あぁ!もしかしてさっきのは……あのモンスターが!?……」


僕は今まさに『血の気が引く』を直に体験した。


「早く立って!奴から逃げるの!」


無理やり袖を引かながら、僕はざっと走り出した。



2 逃走と懇願



 「はぁ!はぁ!はぁ!」


苦しい!痛い!怖い!

今にも破裂しそうな心臓で、慣れない足をバタバタ動かす。

でも目の前に広がる迷宮も、僕の先行きも全く見えない。

更に僕達の駆け足に混ざり、金属が擦れる金切り音が聞こえてくる。

ざっと後ろを振り向けば、あのモンスターが地面を跳ね飛びながら此方を追ってきた!


 「はぁ!はぁ!な、んで僕達を狙ってるの!?」

「はぁ!、はぁ!、い、今は余計な事、考えないで!もう少しだから!走って!」


前を走るこの人も、限界寸前とばかりに息を切ってる。


(どうして襲ってくるの!?モンスターだから?)

(しかもあの剣……もし追いつかれたら……)


カシャン、カシャン、カシャン!と足音が耳を劈く!


「はぁ、はぁ!いやぁ、だめ!このままじゃ追いつかれる!」


刻一刻と近づく確かな『終わり』を肌で感じ取り、僕は思わず悲鳴を上げた。


 「はぁ、はぁ!み、見えた!」

「あの部屋!に、行けば、助かる、から、がぁ、頑張って!」


精一杯の声で示す通路の先。広間の奥に観音開きの扉が見えた。


「あぁ、あれ!?わぁ、わかった!」


すると後ろからザン!

殺気が背中をかすめた。


「ヒィ!いやぁ!嫌だ!嫌だ!壊れる!助けて!ご主人!」

「今!中に飛び込んで!」


掛け声と共に背中がぞわっと震えた。

今度は確実に明確に心身を断ち切る刃が落ちてくる。


「うわああぁぁ!!!」


それと同時に開け放たれた扉へ飛んだ。


 ゴロン!ゴロゴロと何度も天地がひっくり返る。


「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」


(あ、熱い!は、早く、早く、閉めないと、殺される!)

(でも……体が言うこと聞かない)


肩が勝手に息をして、おでこが堅い地面に擦れてるけど頭が……上がらない。

汗と涙と涎がピトピト地面に垂れる。


(お願い、動いて……じゃないともう……二度とご主人に会えなくなる)


僕は最愛の人を脳裏に思い浮かべ、滴る気力を両腕でかき集めるように頭を上げた。

 視線の先には扉の前で空を切った刃先を見つめ、立ち尽くすモンスターが映った。


(部屋に入ってこない……一体何を考えてるの?)


深呼吸しながらモンスターの行動を逐一観察するが、やはり此方に入って来る様子はない。

すると扉が自動でゆっくりと閉まりだし、息づく部屋にパタンと閉音が響いた。


 「はぁ、はぁ……どうなってるの?……」

「はぁ!はぁ!ゲホ、ゲホ!――」


そこで床に倒れたまま胸を抑え、苦しそうに肩を激しく上下させてる彼女を見てはっとした。


「だ、大丈夫ですか!?大変どうしよう……」


僕は再び扉を向くが、先ほどの突き刺さるような殺気は感じなかった。


(……こっち来ないのなら)


僕は意を決して彼女の元へ駆け寄り、背負ってたリュックを開けた。


「タオル、水稲、お弁当箱に……救急箱!」


まずはタオルで彼女の汗を拭うと、そっと頭の後ろに敷く。

次に記憶を想像を頼りに、小型の救急箱から消毒液を取り出し、傷口にかけ包帯を巻いた。


「うぅ!くぅ……」

「あ、痛くしてごめんなさい。初めてだから勝手が分からないの」


ぎくしゃくしながらの治療であったが、終わった頃には彼女の荒い呼吸は落ち着いてました。


 「……お茶です。飲めますか?」

「はぁ、はぁ……」


ゆっくりと体を起こし、コップを受け取った彼女は、目を見開き食いつくようにゴクゴクとすぐに飲み干しました。


「焦っちゃだめです、もっとゆっくり……」


二杯目を注ぐと彼女は体が求めるまま再び、ぐっぐっと喉に流し込む。

(すごい飲みっぷりだ……)と彼女の様子に言葉を呑むと、喉がゴクリと強烈な渇きを訴えてきた。

すっと手元の水稲を見てしまった僕は、次の瞬間に理性の蓋がポンと外れ、はしたなく淵に直接口を付けてしまった。


「んぐぅ、お、おぉ!」


ぐびぐびと喉を通る冷えたお茶。

それはまるで干上がった湖に流れ込む清流のように体を潤した。


「はぁ、はぁ……ありがとう、落ち着いた」

「それに手当までしてくれて……貴方お医者様?」


ふはぁ!っと爽快に口を離した僕は、彼女の問いかけにはっとして、赤面した顔を横に振った。

 

「そ、そんな大層な物じゃありません。僕は、ただの乗り物です」

「……乗り物?」

「はい。僕の名前は『※※※※※』」

「え、今なんて言ったの?」


僕の言葉に彼女きょとんと首を傾げてしまった。

「あ、あれ?待って……僕の名前は『※※※※※』……えぇ!?」


もう一度、今度ははっきりと名前を発言した。そのはずなのに、口から出たのはグチャグチャに絡まった糸のようなノイズだった。


(僕の車体名が言えない!なんで?)


思わず頭を抱える僕に、困惑と哀れみを混合した視線がビリリと照射される。


「……そうだ!『カウル』僕の事はそう呼んで」


僕は咄嗟にそう名乗った。

この名前はご主人が名付けた愛称で、ツーリング中や近くに誰もいない時に、頬を赤くしながら呼んでました。


「カウル……私は名前は『セイラ・パシヴァル』よろしくカウルさん」

「よろしくお願いします……セイラさん」

 「あの質問ですが、此処は一体何処なんですか?それと僕達を追いかけてきたモンスターは何なのですか?」


僕の質問に対し、セイラさんは視線を落とし、負の念が浮き出たような暗い表情を浮かべました。


「……此処は『対価のダンジョン』」

「そして追いかけてきた者の名前は『審判者』だ」

(対価のダンジョン?審判者?……なんだか創作の話みたい……)


首をかしげる僕でしたが、目と鼻の先の危機を思い出しはっとた。


「そうだセイラさん!さっきの審判者がまだ扉の前に居るかも!直ぐに対策を――」

「落ち着て、部屋に審判者は入って来ないから」


セイラさんはあたふたする僕の言葉を遮り、はっきりと断言しました。


「え!?どうして分かるのですか?」

「この部屋に敵対する者は入れないとダンジョンの『管理者』から聞いてる」

「前にこの部屋を利用した時もそうだったし、、先ほどの話からも、聞いた通り審判者は入って来ないみたいだ」

「そ、そうなんですか……」


その後、時間が経っても審判者が部屋へ入って来る事はありませんでした。


 「……カウルさん少し良い?」


つかの間の休息にセイラさんは、真剣な表情で話しかけてきました。


「な、何でしょうか?」

「驚くと思うけど落ち着いて聞いて」

「この世界は……貴方が居た世界とは別の世界です」

「えぇ!?べ、別の世界!?」


彼女の余りのも突飛押しもない言葉に僕の視界がぐわんと揺れた。


(そ、そんな事本当にあり得るの?……)

(い、いやでも今の姿や状況を考えれば、それくらいの異常でないと説明がつかない)

(それにしてもなんで僕がこんな事態に巻き込まれたの?……うぅ、駄目、分からないよ……)


チンプンカンプンの頭の先まで積み上がった疑問符が、今にも土砂崩れを起こしそうでした。


 「……カウルさんあ、あの!」


そんな僕にセイラさんは眉間に皺を寄せ、ひねり出すように声を上げました。


「あ、は、はい!な、何でしょう?」

「あ、あの……えっと……」

「…………」

「……?」


心内に戸惑いがあるのか、セイラさんはその先の言葉を発さず、会話がぷっつりと切れてしまった。

その結果僕達は互いに見つめ合ったまま、ガチガチに固まってしまった。


(き、気まずい……どうしたのかな?僕だって色々聞きたい事があるのだけど……)

「カ、カウルさん聞いて!」


そこへセイラさんは意を決し、前のめりに飛んでしましいそうな力声で僕の名を呼びました。


「あの、どうか……私の……願いを叶えて下さい」


しかしその先は失速した詰まり気味の言葉を繋げながら、彼女は深く、とても深く頭を下げました。



3 剣と魔法の異世界



 「え!……っと、セイラさんの願い?そ、それは、どういう事ですか……」


突然の願いの申し入れ。

しかも何故僕に言ったのか全く持って見当がつかず、オロオロと身振り手振り、脳裏から決壊した混沌が全身へ回ってしまった。

それを見たセイラさんは、はっとして再び頭を下げました。


「ごめんなさい、私先走って……」

「あ、頭を上げて下さい……」

「えっと、ちなみにセイラさんは具体的に何をして欲しかったのですか?」

「いや……す、済まない。さっきの言葉は……忘れてくれ」

「えぇ……」


セイラさんは申し訳なさそうな顔でまたも頭を下げました。

その痛々しい姿に胸がギチッと締め付けられ、人間初心者の僕は、どのように彼女と接すれば良いのか非常に悩んだ。


(どうしてそんなに苦しんでいるのか、僕は分からない)

(けれどずっとこのままじゃ駄目なのは僕でも分かる)

(僕も苦しいけど……何とかして現状を変えなくちゃ)

「……セイラさん聞きたいのですが、僕が何故此処にいるのか知りませんか?」


そして僕は思いつく限り疑問を投げかけ、会話を続ける選択をした。

何故なら頭と口を動かし続ける事で、彼女が抱えてる苦悩から気を逸らし、この未知の世界で僕が抱えてる疑問の回答を得られ、一石二鳥だと思ったからです。


(最初の一球。どんな返答があるかな?)

「それは……私が祭壇で対価を捧げ、貴方をこの世界に呼び寄せたから……」

「えぇ……」


暴投のような事実。僕を悩ます元凶はすぐ目の前に居ました。


 その後僕はこの世界に関する知識を幾分か得ました。

要約するとやはり此処は、創作物に出てくる魔法やモンスターが存在する異世界と言う事でした。

僕は自身が置かれてる状況を再認識し、それを頭の引き出しに無理やり押し込んだ。


 「セイラさん改めて聞きますけど、僕に何をして欲しかったのですか?」

僕は心に刺さった棘のような濁された願いの真相を聞きました。


「……私と共に王女を悪鬼から救って欲しい」


彼女は緊張した面持ちで答えました。


(王女様……を救う?)


ですがあまりに壮大で王道なお願いに、僕はポカンとしてしまった。

木の棒すら振ったことがない、ただの原付の僕に?

そんな僕を後目に、セイラさんは懐からある物を取り出した。

見た目はカードサイズの金色の金属板でした。


「何ですかそれは?」

「これは『ステータスカード』と言って、持ち主が習得してる魔法やスキルが見れるの」

「これで貴方の能力を教えて欲しい」

「えぇ、僕のですか?」

「カウルさん見てて」


そう言ってセイラさんはカードの面を僕に向けました。

すると指がカードに触れてる部分がほわっと光り、それが全体へ広がると面に光の文字が浮き上がりました。


「おぉ、手品みたい!ヒー、リング?……傷を直すようなものですか?」

「その通りよ。さぁ、貴方もやってみて」


そう言われ僕の手に置かれたカード。

しかしうんともすんともしません。


「これってどう使うのですか?」

「自分が経験した事や技術、知識を頭の中で思い浮かべて。カードに現れるから」

(僕が知ってる事、出来る事か……具体的には人や物を運ぶ事だけど、一番はご主人と楽しく走る事かな)


僕は目を瞑り、それらを頭の中で考えてみると、カードが暖かくなった。

目を開くとカードに文字がびっしりと刻まれてた。


「出ましたセイラさん!僕も出来ました」

「なんて書いてあるの?」

「えっと、待って下さい……」


僕はカードの内容を一つ一つセイラさんに伝えました。


スキル『二人乗り開放』。

原動機付自転車形態の移動に際し二人以上の人を乗せる事が可能になる。


スキル『ヘルメット未着用可』。

搭乗者のヘルメット着用義務を解除。


スキル『二段階右折解除』。

原動機付自転車形態の移動に際し右折の制限が無くなる。


スキル『速度制限解除』。

原動機付自転車形態の移動に際し速度制限が無くなる。


スキル『人間化』。

原動機付自転車から人間の姿になれる。


スキル『マ※※※ブ※※ト』。

※※※※※※※※。


スキル『※※変※』。

※※※※※※※※。


スキル『※※※し※※手』。

※※※※※※※※。


スキル『※※主※※※』。

※※※※※※※※。


 「一部読めない所があるけどこれが僕の能力みたいです……え!?」


話を聞いたセイラさんの表情は青ざめ額に油汗を滲ませてた。


「な、何、このスキル!?それに、人間化?……貴方はさっき言った、その……『原動機付自転車』って?」


セイラさんは震える唇で、如何にかこうにか言葉を繋げる。


「は、はい。簡単に説明しますと原動機付自転車は名前の通り、人や物を運ぶ自転車と言う二輪車に、小型の動力源を搭載した乗り物です」

「原動機の中で空気と燃料を燃焼させて、取り出したエネルギーをタイヤを回す力に変換して走ります」

「それが原動機付自転車。僕の事です」


セイラさんは僕の説明を茫然とした表情で聞いてました。


「つまり……貴方は人間化のスキルで人の姿をしてるけど本来は……い、移動するだけの……乗り物?」

「はい。僕も不思議だったんです。なんで僕が人の姿をしてるのか」

「僕も驚きました。そのようなスキルを持ってたなんて」

(でも何時覚えたのか、自覚は無いけど)

「そんな……書かれてる魔法やスキルは本当にそれだけなの?お願い見せて!」

「ど、どうぞ」


セイラさんは手に取ったカードを隈なく凝視しまが「いや、駄目…私はな、なんの為

に……『聖剣』を対価にして……」とそよ風で霧散してしう程弱弱しい小声で呟きました。

 そして。


「セイラさん?……あぁ!」


カラン……。

セイラさんは力なくがっくりと肩を落とした。

その拍子に指の隙間からするりと抜けたカードが、部屋に乾いた金属音を響かせた。


「ど、どうしました……ひぃ!」


僕はセイラさんの顔を覗きぎょっとした。

彼女の表情は、絶望と言う文字で塗り潰されてた。

何故そのような顔をしてるのか。

その時、僕の心に突き抜けるような直感が走り理解してしまった。

僕はセイラさんの期待を裏切った。


「あ、あの僕、ご、ごめんなさい!すみません、セイラさん……あの――」


何度も何度もセイラさんに謝り、謝罪をした。


「お願い。今は……話かけないで……」


しかし彼女は悲壮感のある声で呟き、会話を遮った。


「そんな!待ってセイラさん!」

「お願い……お願いだから……」


そのままセイラさんは実現から目を背けるように体を丸め、両手で耳を塞いでしまった。


 「うぅ!……」


彼女の心のシャッターがガシャンと閉じる音がして、胸から響く不快な歪みが、全身へ共鳴した。


(くぅ、苦しい……こ、この痛み、僕は……知ってる)


それは昔ご主人が心の病で家に閉じ篭り、力になれない僕は長期間車庫に置かれてた時だ。僕はこんなに走れるのに、ご主人を何処にでも連れてってあげれるのに……跨ってもらえない。

『人の役に立つ』と言う道具としての根幹を失いかけた時に感じた痛み。

それは重大な故障と同等だった。


「だめ……立っていられない……」


僕の体はブルブルと軸を失ったように震えだし、遂に膝からガクッと崩れ落ちた。


(僕は一体どうすれば良いの?……あぁ、こんな思い……嫌だ)

(元の世界に帰りたい……ご主人に会いたいよ……)


その場にへたり込んだ僕達は、重苦しい気を纏いなら唯々時を過ごした。



4 人の体



 「…………」

「…………」


沈黙する部屋はまるで冬が戻ってきたと勘違いさせる程に、心身を奥まで凍らせた。


(何時まで……こうしてるのかな?……)


そっと隣に視線を向けると、セイラさんはあれからずっと体育座りで俯いたままです。

そして髪の隙間から見える横顔は、今だ陰が張り付き、憂いた瞳は端から涙が溢れないよう必死に抑えてる様子でした。


(……そんな顔してたら……僕も辛いよ)

(はぁ……今日は本当に楽しみだったのに……元の世界に帰りたい……ご主人を乗せて走りたいよ)


僕の瞳は心に降る長雨を表現するように、ぽろり涙を流した。

 ぐぅ~。


「…………」


その時です。静まり返った部屋に気の抜けた空腹音が鳴った。


「…………」


僕はもう一度そっと隣の様子を伺いました。

セイラさんの顔は真赤に染まってた。

唇をつぼませ、内から溢れる気恥ずかしさを必死に抑えようとしてるのがまるわかりです。


「……あのセイラさん。何か食べませんか?僕お弁当持ってますよ」

「…………」

「……食べます」


少しの間の後、セイラさんは吹けば消えてしまいそうな声で答えました。


 「はい、どうぞ」


お弁当箱の蓋に中身を分け、僕は箱をセイラさんに手渡しました。


「ありがとう……でもこれは元々は貴方の食料だ、こんなに受け取れない」


お腹が空いてるはずなのに、セイラさんは申し訳なさそうに箱を返してきました。


「遠慮なさらず食べて下さい……」


そこで僕は次の言葉が彼女に対し、恩着せがましいのではと思い、言うべきか少し躊躇しました。

ですがこれも僕が持つ本心であり、ごまかさず正直に伝えるべきだと決意した。


「いきなりで右も左も分からない今……セイラさんだけが頼りなんです」

「だからしっかり食べて、元気になってください」

「……そうか……ならば頂きます」


セイラさんは納得してくれたのか、今度はちゃんと受け取ってくれました。


 「さぁ、頂きましょう」


僕は予備の割り箸で、ほのかに焼き目が入った厚焼き玉子を口に入れた。


「……美味しい」


正直、今の心持ちでは味なんて感じないと思った。

けれど口内で噛みしめ、広がった「味」の電気信号がビビッと脳へ流れ、食の感想がほろりとこぼれた。


(これが……人の食べ物)


僕は実際に体験するまで、食事と言うものを理解して無かった。

生きる為、エネルギーを求める欲求。人の体に備わる本能の力強さ。


 「本当に美味しい」


セイラさんもよほどお腹を空かしていたのか、厚焼き玉子をおかずに、ご飯を口にもぐもぐ入れます。

その度に氷のように冷え固まった表情が緩んでいくのが見てとれました。


(ふふ……何だか嬉しい)

「ご主人普段から厚焼き玉子ばっかり作るから上手なんです」

 「野菜も食べて下さい。ご主人の家で採れた新鮮な物ですよ」


セイラさんはキャベツを箸で掴むと口に入れました。


「うん、新鮮でさっぱりとして美味しい」

「僕もキャベツって初めて食べたけどこのシャキ、シャキって歯ごたえがとっても楽しいです」


 続いて僕達はメインディッシュの鳥の唐揚げを頬張った。


「この揚げ物もジューシーだ」

「唐揚げは冷凍食品です。出来物ですが最近のは美味しいらしいですよ」

「冷凍食品?氷魔法を使ったの?」

「魔法じゃなくて冷凍庫という電化製品です」

「中に入れた物をカチコチに凍らせて、腐敗などを防いで、長期保存出来る食べ物です」

「そうか……カウルさんの世界は魔法は無いが変わりに別の技術が発達してるのか」

「はい。でも実際に魔法が存在するなんてとっても素敵です。他にどんな魔法があるのですか?」

「回復、補助系とかあるけど、後で体験させてあげるよ」

「直にですか!その時は是非に!」


食事をしながら弾む会話は凍り付いた空気を和やかに溶かしてくれました。


 「ご馳走様。とても美味しかったよ」

「はい。お粗末様でした」

(まさか原付の僕が実際に人とおしゃべりしながら食事をするなんて……人の体になってた事は驚いたけど貴重な体験だ。それに……)


隣で座る彼女の横顔は先ほどの陰鬱さが影を潜め、生気の通った本来の生真面目な表情をしてました。

 僕が様子を窺ってると、セイラさんは視線に気付き此方を振り向いた。


「……カウルさん。ごめんなさい」


そして目を合わせそう呟いた彼女の、煌めく瞳から涙が零れました。


 「ど、どうしたのですか!?」


不意の出来事にあたふたする僕を横に、セイラさんは俯きながら涙の訳を口にしました。


「突然の事に……困惑したはずなのに。それでも会ったばかりの不甲斐ない私に、幾度も救い手を差し伸べてくれた」

「なのに私は……自身の事ばかりで……失礼な態度を取ってしまった」

「私は騎士の風上にも置けない愚か者だ」

「ごめんなさい……カウルさん」


セイラさんは立ち上がり深々と頭を下げる。

その姿にまたも胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


 (どうして貴方はそれ程に……いや、今まで得た情報から予測出来る)


彼女の真面目な性格。

対価のダンジョンと言う名前と、空になった鞘を腰に据えるボロボロの騎士。

僕に言った無茶な願いと、能力を見た時の落胆。


(セイラさんは王女様を救う為、様々な手を打った)

(でも上手くいかなくて、こんな神頼みみたいな事をするしかない所まで追い詰められた)

(そして大事な剣を捧げた結果、思った結果を得られずまた傷ついて……)

(もう、ずっとずっと、辛かったはずだ)

 「良いんですよセイラさん。だからお願いです。それ以上……自分を傷つけないで」

(今も不安でいっぱいだけど……)

(何が出来るのか分からないけど……)

(僕は苦しみ苛まれながら、願う貴方に応えたい)


そう心に誓い僕は、俯くセイラさんを抱きしめた。


「カウルさん…こんな私を……許してくれるの?」

「許すなんて……少しでも元気になってくれれば嬉しいです」

「う、くぅ……ありがとうカウルさん」


顔を上げたセイラさんの目から涙が流れた。

そして雲の合間から差し込む光のようなキラキラした笑みを見せてくれました。

 ドクン!と僕の全身に活力が一気に駆け巡る。


「セイラさんまずは此処から脱出しましょう!出口は何処かにあるのですか?」

「……出口はこの部屋を出た先にある。道なりも分かる……けど」


言葉を詰まらせた彼女は、再び深刻そうな顔で言いました。


「奴が……審判者が扉の前で私達を待ち構えているはずだ」

「えぇ!そんな……」


それを聞いた僕は、あの時味わった恐怖がぶり返しさっと血の気が引いた。



5 小さな小さな希望



 「なぁ、何故審判者が居るのか分かるのですか!?」


僕は焦燥にかられながら早口で質問してしまった。


「それは私が持つ『感知』と言うスキルのお陰」

「これである程度奴の居場所が分かる」

「……あぁ、そうか。私みたいな後の無い者の人本質を全て分かった上でこの場所を伝えてたんだ」

「あいつならやりかねない……」


溜息混じりに自問自答する彼女に、僕の内から不安がぶり返した。


 「審判者から逃げる方法は無いのですか!?」

「それは……ある」

「おぉ!それはどのような?」


僕の問に彼女は、雷雲のようなずっしりと暗い声でその方法を語りました。


「私が囮となってその間にカウルさんを逃がす」

「えぇ!?」


ズサン!と落雷が心に轟いた。


「出口までの道のりを伝えるからカウルさんは――」

「ちょと待って下さい!」


話の続きを僕は両手を広げ、あたふたしながら無理やり遮った。


「何言ってるんですか!?囮なんて駄目です!危険すぎです!」

「……落ち着て。私なら貴方を逃がす時間くらい十分に稼げる」


僕の様子を見ながら、セイラさんは対照的に冷たく語りました。


「そんな!仮に僕が逃げた後セイラさんはどうするのですか?」

「私も隙をみて逃げる」


淡々と言葉を並べるセイラさん。だけど無理を言ってる事は僕でも分かる。


「無茶ですよ!前の逃走だって精一杯だったのに」

「それと腰の鞘。武器だって無いのに……」


 僕は口を動かしながら何かアイデアが出てこなか、フルスロットルで頭を走らせた。


「……あ、そうだ!僕達が同時に部屋から出るのはどうでしょうか?」

「向こうは何方かを攻撃するか迷うはず、その隙を突いて一緒に――」

 「そんな危険な賭け出来ない!」


セイラさんの悲痛な声が、僕の意見をかき消した。


「もし貴方が狙われたら奴の初撃を避けられない」

「そうなれば確実に……致命傷を受ける」

「うぅ……そ、それは……」


此処に来て直ぐ襲われた記憶。


(たやすく地面をえぐる衝撃。それがもしも僕に当たったら……ご主人に会えなくなる)


そう思うだけで僕の体は震えだし、じっとりと冷や汗が滲んだ。


「私の方が逃げ切れる確率が高い」

「だから……私に囮を任せてくれ」

「…………」


セイラさんが言ってる事は理にかなっていると思った。

だけど……気になる。彼女の言葉の端々に何か引っかかる。


「でも、でも……今のセイラさんじゃ……」

「お願いだ!やらせてくれ!」

「私にはもう……それぐらいしか償いが出来ない……」


彼女は堰を切ったように叫んだ。

そして体から絞り出すように、己の思いを零しました。


 「本来対価を捧げて得られるのは『物』だと言われてた……だけど」

「あの場所に……まさか貴方が現れるなんて思ってもみなかった」

「私は『護衛騎士』。他者を護る者……だった」

「しかし護るべき主君を奪われ、救う事も出来ず国を追放された」

「……私は縋る思いで此処に……最後の望みに賭け私は……価値ある物を全て差し出した」

「にも拘わらず、無関係な貴方を巻き込んで……危険な目に遭わせてしまった」

「今の何も無い私が……どうすれば償いが出来るかずっと、ずっと……考えてた……でも……だけど」

「貴方は護衛騎士の誇りを、再び取り戻させてくれた」

「だからお願いだ!どうか私に……貴方を護らせてほしい」


セイラさんは……震えてました。


 「…………僕は……嫌です」

「そんな!……待っ――」

「聞いて下さいセイラさん!」


僕はただただ真正面に、思いよ届け!とセイラさんと向かい合った。


「僕は今日初めて人とおしゃべりしたり、食事が出来て……本当にすごく、すごく嬉しかったです」

「そして初めての相手が……セイラさんで本当に良かった」

「でも、こんなにも……辛い形で初めてを失うなんて……」

「絶対に嫌です!」

「考える時間は沢山あります!」

「良い方法はきっとあるはずです!」

「一緒にダンジョンから脱出しましょう!」

「カ、カウルさん……」


 ドクン!

突然僕の中で強烈な鼓動が起き「うぅ!?」と胸を抱えてしまった。


「どうしたのカウルさん!?」


心配そうに肩に触れた彼女の手がひんやりする。


「胸が……熱い!……それに僕の体が光ってる!?」

(それにすごく……気持ちが高ぶる!?)


僕の体は光のオーラに包まれ、心地良い熱が全身を駆け巡ってた。


「カウルさんそれって!?……あぁ!懐の光は!」


セイラさんが示す先。僕の内ポケットから特に強い金色の光が溢れてた。


「そう言えばここにステータスカードを入れたままだった」


取り出したカードは眩い光を放ち、スキル表記の文字化けが可読の文字へと置き換わっていく。


「セイラさん見てください!」

「これは……能力の覚醒!」


覚醒した僕の新たな力。

それは今の窮地を打破する小さな小さな希望でした。



6 疾走



 審判者は、『挑戦者の希望に試練を与える』という命令を遂行する為、二人が入った部屋の前でじっと身構えていた。

今部屋の中の者達が、過去の者達のように観念し自ら命を差し出すか。

それとも己の道を切り開く為、闘いを挑んでくるのか。

審判者は答えを見定めてた。


 「……!」


審判者はある異変に気付いた。

部屋の中から出てる『気』が変わったのだ。

始めは細やかな休息の後の絶望と沈黙。

そして最後はお互いの感情をぶつけ合うような気が部屋の中から感じ取れた。

だが今感じ取れてるものは――。


「それじゃ……行くよ!」


キュルキュル……ズン!!!。


「!!!」


部屋の中から音が響いた。

それは一定のリズムでボコボコと煙を吐き出すような駆動音であった。

また音に交じりかすかに女の声が聞こえた。


(何かが起こる)


そう直感した審判者は手に力を入れ、抜き身の刀に殺気を集めた。

すると部屋から響いていた音が変化した。

ギュルゥゥ!と音量が一気に大きくなる。

また一瞬音が途切れたと思うと、更なる高音が外へ響く。

更に音源は急速に扉へ近づいてくるのが分かった。

そしてもう一度音が途切れた直後。


 「!!!!」


バン!と勢い良く扉が開かれた。

審判者はすかさず中から現れたそれに、剣を振り下ろした。


 放たれた斬撃が僕達の直ぐ後ろかすめ、ガァアァン!と弾け地面を吹き飛ばした。


(やった!躱せた!)


元の原付の姿になった僕は、心の中でガッツポーズした。

真赤なホイールを履いたタイヤは、ブロックの路面をしっかりと掴み、希望の光を装備する磨かれた光沢のある黒いボディが、赤闇の通路を駆け抜けた。

 驚くべきは車体の速度。

通常の四十九㏄のものとは桁違いの驚異的な速さで、審判者をその場に置き去りにした。

 覚醒し習得したスキル。その名前は『マジックブースト』。

通常よりも多くの燃料を消費する事で最大加速や速度を大幅に高める。

しかし燃料を使い切れば僕は走れなくなる。


 (でも僕は※※※※※!)


(最高水準の燃費性能を持ってるんだ!易々と力尽きたりしない!)


点々と松明の赤が続く静まり返った闇の中を、疾風を纏った僕の滑走音が響き渡る。


(それにしてもセイラさん。原付とはいえ初めての運転で僕を完璧に乗りこなしてる。すごいよ!)


高速の僕をセイラさんは臆せず、見事な運転捌きで走らせた。

それはまるで乗り手と一心同体になったようで、危機迫る状況にもかかわらず、僕の心は躍ってた。

 ですが浮かれてる余裕はありません。

ミラーに映る人影。

攻撃を放った為出遅れてた審判者は、踵を返し羽を広げると直ぐさま此方へ飛んでた。


「カウルさん飛ばすよ!」


セイラさんはハンドルを力強く握り叫んだ。


(分かった!セイラさんもっともっと回して!)


ハンドルを通じて互いの思考が交わると、セイラさんはスロットルを更に捻る。

するとスピードメーターの針が計器を突き破る勢いで端に張り付き、僕の視界に濃い赤橙色の放射線が生まれた。


(この速さなら逃げ切れる!)


依然として死の恐怖と並走しながらも、心の奥を突き抜ける高揚感で思わず吠えた。


 「カァ!――カウル次右!」


強烈な風圧を顔面に受けながら、セイラさんが叫ぶ。

急カーブが僕達の目の前に迫っていた。


(うぁ!セイラさんアクセル緩めてブレーキ!ハンドル切って!)


キイィィィ!!セイラさんの操作でスピードが落ちる。

それでもかなり速度で、僕は傾きながら急カーブに突っ込んだ。


「うぐぅ!」


セイラさんの体には更なる風圧と共に、強烈な慣性力が伸し掛かる。

それでもセイラさんは振り落とされまいと必死にハンドルを握る。


「このおぉ、曲がれぇ!!」


十四インチの小さなタイヤはグリップし地面を捕らえ続ける。

車体が地面に度々接触し、火花が跳ねた。


(くぅ!もう少し、もう少しで……どうだ!?)


やがて徐々にカーブの角度はが緩み、僕達はクラッシュすること無く走り抜けた。


(曲がり切った!やったセイラさん!お願い!)

「わかった!」


掛け声にセイラさんは再びアクセルを回し僕を加速させた。


 (さっきは危なかったけどこのまま行けば……)

「待ってカウル!右から来る!」


セイラさんの叫びに僕達は反射的に車体を左壁ギリギリまで寄せた。

次の瞬間ビュン!と僕の右を何かが通り抜けた。


(うあぁ!何か飛んで来た?)

「魔弾だ!鋼鉄のように固めた魔力を飛ばしてる!」

(あんな速度で!当たったら転倒しちゃうよ!)

「感知で指示する。任せて!」


セイラさんが力強く答えてくれた。

 手の平を此方に向け審判者は、容赦なく魔力の塊を発射する。


(分かった、セイラさんお願い!)

「来る、左!」


掛け声に感応して、ハンドルを右へ切り車体を傾ける。

その刹那、銃弾のような速度の魔弾が、左を抜け壁が土煙を上げる。


「また左!」

「右!」

「左!」


跳ねる岩、弾く地面、掠る死への誘い。

逃げる事しか許さない刹那の火花が、ライトに照らされた果てしない闇に飲み込まれる。


(暗い!怖い!怖いよ!セイラさん!)

「私が護るから!カウル一緒に行こう!」


僕に跨りグリップを力強く握る貴方の声が、崩れそうな背中を支えてくれる。

セイラさんが導いてくれるなら、僕は貴方を連れて行ってみせる!

次々と迫る魔弾を阿吽の呼吸で避けながら、僕達は走り続けた。

 

(はぁ、はぁ、足が……重い。は、早く出口に着いて)


長時間マジックブーストの使用しながら、管理者に追われる危機的状況。

それは急速な燃料消耗と共に、心身に許容を超える負荷が伸し掛かってた。


 「カウル見えた、出口だ!」


そこでセイラさんがなりふり構わず指し示すように吠えた。

距離にして約二百メートル先。通路の形をした光の出口が僕の視界に映った。

正に希望そのもの。先の見えない不安が消え、気力が沸き上がった。


(あれが出口、やったぁ!セイラさんもっともっと僕を加速させて!)

「えぇ!……いや待って!?何かおかしい……あぁ、そんな!」

浮足立つ僕であったがセイラさんは希望を打ち砕かれる様な悲鳴を上げた。



7 光の中へ!



 もう少しで出口に手が届く所まで来た私が見たもの。


(どうしたのセイラさん?……あぁ、道が……無い!?)


視界の映ったものは巨大な崖だった。

出口への道は手前で途絶え、数十メートルはあろう闇の先に出口の光が照らしだされてる。


 「中に入った時はこんな構造になってなかったのに!?」


困惑する私の横をバシュン!バシュン!と次々に魔弾が通り抜けてた。


(うわぁ!審判者が来る!)


後ろから挑戦者の命を奪おうと、審判者が迫ってた。


「止まったら奴に追いつかれる……」


しかし足元の希望は完全に途切れてた。


(私はまた……失うのか……護るべき人を……)


私に思いを託し散っていった者達、そして護るべき主君の姿が目の前を駆け巡りる。


「くぅ、済まない私は……」

(諦めないでセイラさん!)

「え……」


絶望に落とされた私の心にカウルさんの声が響いた。


 (ご主人が前に話してた。バイクで勢い良くジャンプして崖を飛び越えてたって!)

「カウルも……それ出来るの?」

(話を聞いた時は何かの冗談だと思ったけどマジックブーストの速度なら僕だって飛べるよ!)


……そう言っても本当は飛べる確証なんて無い。

けど此処で諦めたらセイラさんの希望は途切れてしまう。

そんなの駄目!

ならやる!だからやる!やるしかない!


 「本当に……飛べるの?」

(僕は飛べると信じてる!最後の判断は僕を呼んだセイラさんが決めて!)

「私は……」


セイラさんはすっとほんの一瞬を閉じました。

すると頭の中に幾つもの思考の閃光が駆け抜け、欠けた心を補うように組み合いました。


 「分かった信じる。飛ぼうカウル!」

(うん!セイラさん加速が足りなよ!もっと、もっと!アクセルを回して!)

(そして僕を空へ!)


セイラさんは目一杯アクセルを回し、崖を目の前に僕は更に加速する。

崖が迫る。僕達の運命を分ける境界線は間も無くだ。


(タイミング合わせて!)

(もう少し……あとちょっと……今!)

「いっけぇーーー!!!」

(いっけぇーーー!!!)


足元のグリップが消えた。

そしてブオオォォォン!!!とけたたましい爆音が響かせると僕達は希望の出口に向け飛んだ。


「お願い……どうが私に――」

(お願いご主人に会わせて!)


時間の流れが急激に遅くなり僕の世界は……。

…………。

……。

 ギュィン!


(!!!!)


不意に僕の足元に感触が走ると同時にドン!と全身に衝撃が走る。


「きゃああぁぁ!!」

(うああぁぁ!!)


ハンドルが激しく左右に暴れ車体大きく傾いた。

そして制御を失った僕は横滑りしながらセイラさんと共に眩い光に包まれました。


 …………………………………………。

……………………。

…………。

……。

「うぅ……」


ほのかに体を温める光。

また何かが鼻を擦り、自然の青臭さが通り抜けると僕は意識を取り戻した。

ゆっくりと体を起こし辺りを見回した僕は既視感のある思いを口にした。


「……ここは何処?」


僕はまたも見知らぬ場所に居た。


第一章 完

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