カウルさん異世界に呼ばれる

つくもさんと行く

第一章

第1話 カウルさん異世界に呼ばれる

春。

全てが凍り付く様な厳しい寒さを乗り越え、温かく柔らかな空気と共に生命が目覚める季節。

そしてご主人が僕に跨ってくれる嬉しい季節。


「あ!忘れ物」


そう呟いてご主人は踵を返し家へ戻ってしまいました。


(早く早くご主人。久しぶりのツーリングなんだから)


4ストロークの心を響かせながら彼を待つ僕。

その時です。足元が輝きだしそれは突然現れました。

例えるならご主人が遊んでるスマートフォンゲーム。

それに出てくる魔法陣の様な不思議な模様です。

僕は驚く暇も無くそこから溢れ出る強烈な光に包まれました。

全てが白の世界。

そこに僕はポツンと一台。

訳がわかりません。

数十秒、いえ何分後でしょうか。

呆然とする僕の目の前が色が現れました。

始めは水彩絵の具を水で伸ばした様なぼやけが広がるばかりでした。

ですが形がはっきりしてくると、それは何処かの景色のようでした。

更に小さな埃が僕の体に付着し空気のささやかな流れを感じさせます。

そして一面の白から世界が塗り替えられた時僕は知らない場所に居ました。



(え!あれ!?……僕は?……)


ペタンと地面に座り呆然としていた僕は困惑しながら首を左右に振りまわりの様子を確認しました。

其処は窓もなく壁に付けられた松明の光によって照らされた薄暗い室内でした。

また周囲の壁は表面がザラザラとした岩のブロックで積み上げられた壁に囲まれてました。

更に僕が今居る中央は周りよりも上段にあり、数段下は瓦礫が積みあがってました。


(どうしよう……知らない場所だ……そ、それに……)

(この人誰?)


目の前に僕を見つめる一人の女性が居ました。



彼女は軽装鎧を身に纏い、腰に空の鞘を帯びてました。

それはまるでファンタジー系のゲームに出てくる女戦士の風貌でした。

もしもその手のコンテンツを嗜む人なら今の状況に心躍る思いをしたかもしれません。

でも僕の目の前にある現実は素晴らしい夢物語ではありません。

彼女の服装は埃で汚れ、いたるところに破れがありました。

彼女自身も傷だらけで、明らかに焦りを感じさせる表情を浮かべてました。


(この状況……彼女は一体何誰なの!?……)


僕は困惑しながら彼女の様子を伺ってました。

すると彼女の顔が急に苦虫を噛み潰したような表情に変わり。


「え!?ちょっとなぁ!」


僕の袖を掴むと自身の下へ引き寄せました。


ズドォン!


次の瞬間。僕の後ろで爆風が吹き荒れた。


「うああぁぁ!!」


僕と彼女はゴロンガランと上段から転がり落ち地面に倒れました。


「いてて……さっきから何が……あぁ!そ、そんなぁ!!」


ショックでした。

ご主人が定期的に洗浄しワックスをかけてくれたおかげで、年期が入った今でも綺麗な状態を保っていた僕の体。

それが埃まみれになり、大小の傷が至る所にできてました。


「うぅ……ひどいよ……って!うへぇ!」


そこで僕は今更ながら大事な事実に気が付きました。


(え、待って!?こ、声が出せる!?それに……)


「人の手だ!」


顔に触れるとモチモチの柔肌の感触がはっきりと伝わってきます。


「柔らかい……えっとそれじゃ……」


僕は今まで出来なかった首を下しました。

年齢にして十代半ばから後半程度でしょうか。

着物を改造した様なコスプレ衣装を着た小さな体が僕の瞳に映りました。


「やっぱり……人の体だ」


(なんで!?どうして!!??)

(『原動機付自転車』の僕が人間になってるの!!!???)


次から次へと溢れ出る疑問で頭がパニックになりました。


「どうなって……うわぁ!?」


そんな僕の袖を彼女は離さず掴んでおりそのままぐっと引き上げた。


「お願い早く立って!」


(は、早くって……突然の事で状況も分からないし)

(なによりこの人のせいで体が傷だらけになったし……もう!)


「さっきからなんなの!!!」

「あれを見なさい!」

「あれって!?……ひぃ!?」


彼女の指さす先を見た僕はその時初めて奴の存在に気がつきました。


上段に立つその者の質感は金属を思わせるパーツの組み合わせで形作られてました。

一見大人の人間のようなシルエットをしてますが背中には羽、腰からは尻尾を思わせる無機物のパーツが生える様にくっついてます。

それはまるでご主人が好きなアクションゲームに出てくる人型ロボットのようでした。

そして手には鋭利な刃を備えた剣が握られてました。


「何あれ……あぁ!もしかしてさっきの爆発もあのロボットが!?……」


僕はこの時初めて『血の気が引く』を直に体験しました。


「早く立って!此処から逃げるの!」


僕は彼女に袖を引っ張られながら走り出しました。


次回 『逃走と懇願』

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