第236話 シルファの言い分

 もうそろそろ寝ようとしたら俺の部屋に近づいてくる魔力反応を感じた。

 しょうがない。相手をするか。


 俺はタイミングを計り、ドアを開ける。

 少し吃驚した顔をしたがすぐに平静な顔に戻るシルファさん。


「凄いですね。全く警戒を怠っていないとは。部屋で一人でいる時も魔力ソナーを展開しているなんて常人にはできません。ジョージ様はいつ気を休めているのですか?」


 一日のほとんどで気を休めているんだけど……。さすがにヒャハー!領域は違っていたけどね。

 そういえばダンから自分の能力をあまり言わないように注意されていたな。なんでもこれからはいろんな勢力が俺の能力の限界を探ってくるだろうからって。黙っていれば疑心暗鬼になって勝手に想像を巡らせるだろうとも言ってたな。それにエクス帝国政府ベルク宰相にも気をつけるようにって……。本当に世知辛い世の中だよ。


「女性にドアを開かせるなんて不粋な事はしたくありませんからね。何か用がありましたか?」


「中でお話しをさせていただいてよろしいでしょうか?」


「これは失礼いたしました。どうぞ」


 部屋に入るなり、ベッドに座るシルファさん。俺は部屋に備え付けられている椅子に座った。

 シルファさんが軽く俺を睨んでいる。恨まれたかな?


「それで何の用ですか? それなりに疲れているので、手短にしていただければ嬉しいですね」


「プリアに何をしたのですか? あれは魔眼の類いかしら? 私は邪眼って感じを受けましたけど」


「俺は何もしていませんよ。プリちゃんが勝手に震えて倒れただけです。貴女とプリちゃんは仕事で疲れが溜まったいたって言っていたじゃないですか。こちらのせいにされても困ります」


「しらばっくれるつもりかしら? さすがにそれは許せないわ。何をしたのか説明していただかないと」


 おぉ、怒っとる、怒っとる。これはプリちゃんを標的にして正解だったな。湯船の中から身体を洗っているエルフ達を見て気が付いたんだよね。間違いなくプリちゃんはあの集団のマスコット。皆んなから愛されているのがわかったよ。しかしここまでの反応が帰ってくるなんて、予想以上の効果だ。


「プリちゃんが俺に何かされたって言っているのですか? 心当たりが全くありませんが? それに魔眼や邪眼なんてあるわけないですよ。そんなの御伽噺の世界じゃないですか」


 キッと俺を睨むシルファさん。おぉ怖っ。


「プリアはベッドに潜り込んでしまっている。頭から布団を被り誰も寄せ付けない状態だ。わかっているんだ! お前がやった事だろ! いったいプリアに何をした!」


 口調が変わっちゃったよ。それにお前って言われちゃったわ。もう少し煽ってみるか。


「それは眠いだけじゃないですか? たぶん疲れてベッドで丸まっているだけですよ。きっとプリちゃんは若いから一晩寝ればケロッと元気になりますよ。たぶん・・・


 シルファさんの眼がクワッと見開いた。


「ふざけるな! お前はプリアに何をしたんだ!」


 何をしたと言われても、秘技【嘗め回すような視線】はエクス帝国魔導団第三隊秘奥義だから、発案者の許可がないと教えられないな。


「シルファさん。これ以上俺に難癖を付けるようなら、約束した三日の猶予を保障できなくなりますがよろしいですか? そんな事態はエンヴァラの民は望んでいないと思いますが?」


「そ、それは困ります」


 お、口調が変わったな。このまま俺とシルファさんの立ち位置をしっかり認識してもらうか。


「それから先程から俺の事をお前と言ってますが、それはどうなんですかね? 貴女はエンヴァラ親衛隊の副隊長。そして俺はエクス帝国の伯爵。言っちゃ悪いがエンヴァラは国と呼べる規模じゃない。はっきり云えば僻地の山里だ。その山里の親衛隊の副隊長が強国であるエクス帝国の伯爵に聞く口なんですかね? これが僻地の山里の常識ですか?」


 黙り込むシルファさん。俺はシルファさんの思考がまとまるまで待つ事にした。

 俺が謝罪を求めて謝罪されてもイマイチだよな。やっぱりシルファさん自ら考えて謝罪をしてもらうわ。心からの謝罪に強制はいらん!


 辛そうな時間を過ごしているシルファさん。いろいろと葛藤しているのが窺える。

 それでも少し時間が経つと毅然とした顔をした。


「ジョージ様、誠に申し訳ございませんでした。まずエンヴァラはエクス帝国を怒らせるつもりは微塵もございません。今回、ジョージ様に不作法を致しましたのはあくまで私個人です。その事はどうぞご理解してください」


 なるほど。

 粗相をあくまでシルファ個人がやった事にしたいのね。しかしそんな言い分が社会で通るわけないわ。まぁそれをわかっていて言っているんだろうけど。上手く通れば儲けもんだもんな。


「そしてジョージ様にお願いした三日の猶予ですが、これはエンヴァラの民のためでもありますが、ジョージ様のためにもなります。無用な衝突や摩擦を避ける事に繋がると思います。どうぞご深慮いただき、三日の猶予の約束をこのまま継続させてください」


 ふーん。お前のためでもあるからよろしくねって感じかな。少しずつ押し返そうとしているわ。


「また私個人・・・が先程ジョージ様を失礼な言葉で呼んでしまった事は、私の不徳の致すところです。謹んでお詫び申し上げます」


 また個人・・を強調してきたな。謝罪をしつつ、ジワジワと自分の言い分を通そうとしている。


「先程は少し感情的になってしまいました。しかし感情的になる理由もございまして。プリアはエンヴァラ親衛隊に入隊して日が浅いのです。しかし持ち前の明るさと努力で既に他の隊員から認められております。そして皆から愛されております。そのプリアが現在布団を頭から被ってベッドから出てきません。こちらの言葉に何の反応も示さないのです。すぐにでもいつもの愛らしいプリアに戻って欲しい。その為にはその原因と思われるジョージ様からお話を聞きたいのです。どうかこの願いを叶えてくれないでしょうか」


 まぁ気持ちはわからんでもないけどね。18歳の女の子に心の傷を負わせて、俺も少しだけ悪いことをしたかなって思っている。あくまでも少しだけ。悪いのはプリちゃんにも俺を【魅惑の蜜】を仕掛ける命令をした奴だからな。

 つまりはシルファ、お前だよ……。自分がやった事には責任を取ってもらわないとな。

 悪いがグラコート伯爵家家訓【舐める奴等には万死を与えよ!】をたっぷりと味わってもらおうか。

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