第213話 10歳公爵
1月20日【緑の日】
「この度は我がバラス公爵家がグラコート伯爵家に多大な迷惑行為をおこなった事を認め、正式に謝罪させていただきます」
10歳の男の子の震える声がエクス城の会議室に響く。
男の子の名前はジャイル・バラス。
そしてその隣にはコールド・バラスが座っている。ジャイル・バラスの補佐になるそうだ。
コールドはドットバン伯爵の三男からバラス公爵家の養子。そして現在はジャイル・バラス公爵の補佐。凄い出世だな……。やっぱり生理的に受け付けない人物だわ。
「バラス公爵家からグラコート伯爵家に対しての謝罪がございましたが、グラコート伯爵家はこれを受け入れますか?」
裁定者のベルク宰相が俺を見る。
俺は横に座るダンが頷くのを確認してから口を開いた。
「我がグラコート伯爵家はバラス公爵家の謝罪を受け入れます」
俺の言葉を聞いてジャイル公爵は大きく息を吐いた。そして張り詰めていた会議室の空気が少し弛緩した。
10歳の男の子がこんな状況に駆り出されるなんて可哀想だが頑張ってもらうしかない。
俺は明日にはエルフの里に向かう。俺が帝都に戻ってくるのは3月末になるだろう。
昨日決定したタイル公爵とバラス公爵家の処罰だが、3月末まで決着させないのはいろいろと問題があるみたいだ。
エクス帝国一の経済力を誇るバラス公爵家。そしてエクス帝国一の軍事力を誇るグラコート伯爵家。その両家が揉めた状態はよろしくない。
それに4月にアリス皇女の戴冠が行われる微妙な政治状態。
その為、昨日決まったタイル公爵とバラス公爵家の処罰を大急ぎで進められている。通常の手続きをすっ飛ばして体裁を整えているみたいだ。ベルク宰相の剛腕が遺憾なく発揮されている。
昨日決まった処罰は8つ。
①タイル公爵はバラス家の当主を降りる。
②タイル公爵は領地にて蟄居する。
③タイル公爵はバラス家の事業から完全に手を引く。
④次期バラス公爵家当主はグラコート伯爵家に対して詫び状を書く。
⑤バラス公爵家からグラコート伯爵家に50億バルトの謝罪金を支払う。
⑥オリビア・バラスを早急にバラス公爵家から離籍させる。
⑦バラス公爵家は今後一切ポーラとオリビアに関与しない。
⑧次期バラス公爵当主とジョージ・グラコート伯爵が、エクス帝国政府の前で友好を確認する。
①と⑥は今日の午前中に既に手続きを終えている。公爵家の当主変更の手続きなんて、通常だと1ヶ月はかかるそうだ。
オリビア・バラスがバラス公爵家から離籍された為、すぐにアリス皇女に頼んでオリビアをグラコート伯爵家で保護をした。エクス帝国政府はオリビアの皇室侮辱罪についてはグラコート伯爵家で保護している限りにおいて罪に問わない事にしてくれた。現在、オリビアは別室で母親のポーラと喜びを分かち合っている。
良い事したなぁ。
今は④と⑤と⑦と⑧の手続きのために会議室に集まっているところだ。
④の詫び状をもらい、謝罪を受け取った。
あとは⑧の友好確認。その友好確認の中で両家間で協定を結ぶ。⑤と⑦についてはその協定書の中に明記される形になる。
そして現在俺はその協定書に署名をするところだ。協定書の中身はダンに確認を取ってもらったので問題無し!
俺が協定書に署名をしようとしたら、先に署名を終えたジャイル公爵が不安そうな顔でこちらを見ているのに気が付いた。
バラス公爵家としては俺の機嫌を損ねると、最悪お家取り潰しのヤバい状況だからなぁ……。10歳の新当主には周囲から重圧をかけられているのだろう。
俺が署名を終えた瞬間、崩れるように椅子に腰掛けたジャイル公爵。相当緊張していたんだな。
「これにてバラス公爵家とグラコート伯爵家の協定が結ばれました。両家の友好の証として当主の握手をお願いできますか」
ベルク宰相の言葉に満面の笑みを浮かべるジャイル公爵。
なんだ? どうした?
握手をする為に俺が近づいた時には、喜びを隠さない状態だ。
あ、この顔は知っている。いつも俺を揉みくちゃにする
「この度は我がバラス公爵家の謝罪を受け取っていただきありがとうございます。これからはどうぞよろしくお願い致します」
そう言って右手を差し出すジャイル公爵。
まだまだ小さい手だなぁ。この小さい手の子がエクス帝国一の大貴族になるのか……。
そして皇帝になるのが20歳のアリス皇女。大丈夫かこの国?
「こちらこそよろしくお願い致します」
俺はなるべく素気なくジャイル公爵の右手を握った。
俺とジャイル公爵の握手を確認してベルク宰相が声を上げる。
「今日、この日この時、間違い無くバラス公爵家とグラコート伯爵家の友好を確認致しました。両家には今日締結された協定をしっかりと守っていただき、エクス帝国の中心貴族として活躍される事を期待します」
これで一段落がついたか。
息を一つ吐いて席に戻ろうとしたら呼び止められた。
「ジョージ伯爵!」
声の主は10歳公爵。
あ、ヤバい、ジャイル公爵の目が輝いている。懐かれる雰囲気を醸し出しているよ。これはタイル前公爵とは違う面倒事になりそうだ。
「今晩、私の邸宅で軽いパーティを開きます。私がバラス公爵家の当主になったお披露目なんです。ジョージ伯爵にも出席していただけると嬉しいのですが」
一応この間まではバラス公爵家って政敵に当たるよな。侵略戦争推進派の貴族も多数来そうだ。これはどうするのが正解なんだ?
「そうですか。実は明日からエルフの里に行く予定なんです。まずは予定を確認してからご返事させていただきます」
「そうですか……。無理を言って申し訳ございません。ジョージ伯爵様の英雄譚を是非聞かせていただきたかったのですが……」
あら、凄い落胆しているわ。行かないとは言ってないんだけど? あれ? もしかして俺の返事がまずかった?
「ちょっと待ってください。今すぐ確認してお返事をさせていただきますから」
俺はダンを会議室の隅に連れ出した。
「ダン、どうしたら良い? ジャイル公爵のお披露目パーティには参加したほうが良い?」
「そうですね。間違いなく参加したほうが良いでしょう。明日の準備は私がやっておくので問題はありません。バラス公爵家と友好を深めておくのは良いことです」
「それはわかっているんだけど、俺はジャイル公爵が苦手かもしれない。最近、街中で子供に囲まれて揉みくちゃにされているじゃん。あの子供達と同じ匂いがするんだよ。あれは間違いなく懐かれる。できれば距離を少し取りたいんだけど……」
「今日、グラコート伯爵家とバラス公爵家は友好を確認しました。ジョージ様がジャイル公爵のお披露目のパーティを欠席されると周囲に変な憶測を呼ぶ事に繋がりかねません。別に10歳の男の子に懐かれても問題無いでしょう?」
「それが大問題なんだよ。俺は子供が苦手なんだ。どうすれば良いかわからなくて困惑しちゃうんだよ」
「慣れですよ、慣れ。習うより慣れよ。何事も経験です。ちょうど良かったじゃ無いですか。苦手が克服できますよ」
なんと言うプラス思考……。できる男はこんな思考なのか……。しょうがない、俺も見習うとするか。
俺は気持ちを固めジャイル公爵のところに戻る。
「お待たせしました。予定を確認したところ大丈夫でした。是非、今晩のパーティには参加させていただきます」
俺の言葉に顔が綻ぶジャイル公爵。
「本当ですか! 絶対来てくださいよ! 最高級の食事とお酒を用意して待っています!」
俺ははしゃぐ10歳公爵の扱いに困って、取り敢えず頭をかいていた。
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