第165話 下衆の極み

 マリウスが連れて来たのは30代半ばくらいの美しい女性だった。

 ただ化粧をしていなくて、髪もボサボサのため、薄汚れた雰囲気があるな。

 そしてなんとなく切羽せっぱ詰まった顔をしている。疲れてもいるようだ。

 保護して欲しいってどういう意味だ? それに何をしてる人なんだろう?


 俺の疑問に答えるようにマリウスが口を開く。


「こちらの女性はポーラです。以前、私がバラス公爵家で執事長をしていた時に、一緒に働いていた仲間になります。今は帝都の洋服屋で働いていましたが、わけあって退職しています」


 ふーん。まぁマリウスさんの元同僚か。マリウスさんが助けたいと思っているなら良い人なんだろう。それにポーラさんの魔力の質も悪くない。


 俺はポーラさんに顔を向けて話しかける。


「ポーラさん、初めまして。ジョージ・グラコートです。マリウスに頼まれたらいなとは言えないよ。自分の家だと思ってゆっくりしてください」


 俺の言葉にみるみる顔が崩れるポーラさん。顔を手で覆い、嗚咽おえつが漏れてくる。


「あ、ありがとう、ご、ござ、いま……」


 ポーラさんはだいぶ精神的に弱っているな。まずは落ち着いてもらうか。

 ポーラさんと話すのは明日以降でも良いしな。


「夕食は食べましたか? 食べてないならすぐに用意するから。後はお風呂でも入ってゆっくりしてください。詳しい話はマリウスから聞くから」


 俺はマリウスに顔を向ける。


「マリウス、ナタリーさんを呼んでもらえるかな? 先程から扉の近くでナタリーさんの魔力反応があるんだ。心配しているみたいだね」


「あ、これはすいません。はしたない行為です。すぐに呼んで参ります」


 慌てて部屋を出るマリウス。すぐにナタリーを連れてきた。

 ナタリーは部屋に入るなりポーラに駆け寄る。そしてポーラを泣きながら抱きしめる。


「あぁ、ポーラ。可哀想に……。でも安心して。旦那様が何とかしてくれるわ。ここには貴女を傷つける人はいないわ」


 その言葉がさらにポーラの涙を誘ったようだ。

 収拾が付かなくなってきた。


 マリウスの奥さんであるメイド長のナタリーもバラス公爵家で働いていたからな。当然ポーラとも知り合いなんだろう。


 泣き止まないポーラをナタリーに任せて、俺はマリウスを連れて自室に戻った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「取り敢えず詳しい話を聞かせてもらえるかな? 事情を把握したいしね」


「はい! 突然の無理な頼みを致しまして申し訳ありませんでした。旦那様の慈愛の心に感謝いたします」


「あぁ、そういうのは良いよ。マリウスにとって大事な人は俺にとっても大事な人だからね。俺たちは家族なんだから」


「グラコート伯爵邸で働けて、こんなに嬉しい事はありません。感謝の言葉しか……」


 あ、マリウスが俺の言葉に感極まって泣いてしまった。

 今日は一体なんなんだ!?


 それからマリウスからポーラの話を聞いた。


 ポーラは平民で現在39歳。

 早くに両親を流行り病はやりやまいで亡くしている。天涯孤独のポーラは15歳の時にバラス公爵家に裁縫の下働きとして働き始める。

 しかし下働きの女性としては浮いてしまう程のポーラの美貌があだになってしまう。


 当時のバラス公爵令息、つまりは現タイル・バラス公爵に無理矢理手籠めにされてしまった。

 最悪な事に、そのたった一回でポーラはお腹に新たな生命を宿す。

 バラス公爵家の正式な跡継ぎと平民の子供を認めるわけにはいかない。

 そのためバラス公爵家はポーラを放逐ほうちくする。

 放逐されたポーラはマリウスさんやナタリーさんの助けを借りて、なんとか女の赤ちゃんを産み落とす。

 その後は帝都の洋服店に勤めて、子供を育て上げる。


 うーん。人の容姿は難しい。容姿が劣っていても人生厳しいし、優れ過ぎてもこれはこれでキツいわ。

 平均より少し優れているくらいが人生の勝ち組かもしれないな。

 それより保護ってどういう事だ?


「ポーラさんの生い立ちはわかったよ。それより保護ってどういうこと?」


「10月の半ばにポーラが働いている洋服店の取り引き先に軽い圧力があったみたいなんです。そこの社長が取引先から、ポーラがバラス公爵家に逆らうようなら取り引きを全て中止するって言われたようです。社長からそう言われたポーラは心当たりが無くてびっくりしたみたいですが……」


 なんだか嫌な予感しかしない話だな。

 沈痛の表情のマリウス。


「その数日後、バラス公爵家の使いの者がポーラの家を訪ねて来たそうです。洋服店の件はこちらの本気度を示す警告だ。娘のオリビアはバラス公爵家で貰い受けた。既にオリビアはバラス公爵令嬢になっている。それに反対するならば、ポーラもオリビアもどうなるか保証はできない。娘が反発する場合は本気で説得しろって」


 マジですか……。

 ポーラさんって棒読み姉ちゃんの母親なんだ。

 10月の半ばって貴族会議でアリス皇女が皇帝陛下になると決定した時か。

 これはそれを受けてのタイル・バラス公爵の動きだ。


「ポーラはとても悩んだみたいですが、娘のオリビアの将来だけを考えたようです。平民でいるよりバラス公爵令嬢になったほうが幸せかもしれないと……」


 母親って偉大なんだな……。いや偉大な母親もいるって事か。俺の母親は……。


「今月の9日に任務地から帰ってきたオリビアと話をしたそうなのですが、口論になったみたいです。ポーラはバラス公爵家に歯向かうのは得策じゃないし、オリビアも公爵令嬢のほうがこれからの人生に良いと。しかしオリビアはこのままポーラと一緒にいたいと。結局喧嘩別れになったそうです。そして昨日、突然20年以上働いていた洋服店をポーラは首になりました。そしてすぐにバラス公爵の使いの者がポーラを拘束しまして、オリビアを説得するように強要したそうです」


 昨日って、俺の謝罪要求の手紙のせいか。


「憎っくきタイル・バラス公爵はオリビアに言ったそうです。ポーラはお前のせいで職を失った。まだ反発するようならポーラは地獄を見る事になるかもと。ポーラを人質して、オリビアに旦那様の側室になる事や奴隷になる事を承知させたようです。バラス公爵邸から解放されたポーラは自分がオリビアの足枷になっている事に気が付いて自殺を決意しました。先程、私達に別れの挨拶をする為にグラコート伯爵邸にきたのです」


 救われない話だ。

 これはなんなんだよ。

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