第138話 ノースコート侯爵家の秘技とファーストダンス【スミレ視点】

引き続きスミレ視点です。

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 ジョージはもはやエクス帝国でなくてはならない存在だ。貴族会議の報告を聞いて改めてそう思う。


 午後から魔導団本部の団長室に訪ねた。

 サイファ団長以外にお兄さんのライドさんがいた。ライドさんはちょっと変わっているエルフみたい。修練のダンジョンにジョージと行った帰りにずっとブツブツ言っている。


 団長室に戻るとライドさんはサイファ団長に捲し立てる。

 やれ伝説の魔導師、エルフの救世主、世界樹の実、不老の話、種の存続の話。

 ライドさんがジョージは子供ができない可能性を話した時に事件は起こった。


 急にジョージが崩れ落ちた。

 話しかけても反応が無い。

 目の焦点が合ってない。

 一瞬焦ったが魔力ソナーでジョージの魔力を感じるといつもと変わらない反応だった。

 ちょっと安心したところでサイファ団長が口を開く。


「話の内容にショックを受けたのね。まだ話の内容を心が受け付けていないのよ。それで強制的に外部の情報を拒否したんだわ。たぶん大丈夫だと思うけど、数日同じような状態が続くと危ないわね。食事も取れない状態だから」


 取り敢えず、私がジョージを背負って屋敷に帰宅した。

 ライドさんから謝罪されたが無視してしまった。今はそれどころじゃない。


 屋敷に帰ると使用人が大慌てになる。

 状況を話して、ジョージを部屋に連れていき椅子に座らせる。ジョージを落ち着かせるために部屋の明かりは最低限にして手を握って向い側に座る。

 反応は相変わらず無い。焦る気持ちを抑えながらライドさんの話していた内容を思い出す。


 子供ができない可能性が高い。

 そんな事は私には関係がない。

 私はただジョージと笑っていたいだけだ。

 でもジョージは違っていたのかもしれない。

 それほど子供が欲しかったんだ。


 私も魔力ソナーの修練で魔力制御が上がっている。不老まで行かなくても長生きはできそうだ。

 私も子供のできにくい身体になっているのかもしれない。ジョージがこんなにも子供を欲しがっているのなら、ジョージの子供を産んであげたい。

 私で駄目なら他の女性に頼むのもやぶさかではない。


 深夜にジョージに動きがあった。

 目の焦点があっている。

 私は頑張って笑顔を作る。

 ジョージの頭を胸に抱き締める。

 そのまま頭を優しくトントントンと叩く。

 泣き始めたジョージ。

 私はそのまま体勢でジョージが落ち着くのを待った。


「私はジョージが大切なの。ジョージが全てよ。子供ができる、できないは関係ないわ。あなたが大好きなの。それを忘れないで」


 私の本心だった。

 どこまでその想いが伝わるかわからないが、裸の私の言葉だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 次の日、ライドさんから話を聞いた。

 何故か東の国の平定が必要になってしまう。

 私は悩んでいるジョージの手を握った。


「ジョージにはジョージにしかできない平定の仕方があるんじゃない? 誰も傷付けずに平定してみましょうよ。私も手伝うわ」


 そう、ジョージと私なら何だってできるはず。

 ジョージの顔に生気が戻った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからは忙しい日々を過ごした。

 【無の日】の午前中はルードさんの奥さんのリードさんのダンスレッスンを受けている。

 ジョージの動きがとても良くなっている。これなら夜会のダンスも問題ないだろう。


 ジョージが貴族の知り合いを増やしたいみたい。パーティを開くとか言っている。

 ルードさんからパーティ慣れしてからと窘められる。ちょうど父と母が領地から帝都に来ていて、今晩ノースコート侯爵家でパーティがある。ジョージを誘ってみると喜んで参加すると言われた。


 ジョージとおめかしして外出するのは心が浮き立つ。ジョージは私が贈ったスーツを着ている。

 とてもカッコ良い。

 私はそのスーツに合うように明るめの青色のドレスを着ることにした。


 ノースコート侯爵家についてジョージのエスコートで馬車を降りる。

 湧き上がる歓声。ちょっとびっくりだ。


 父も母もジョージと私がパーティに参加した事を殊の外喜んでくれた。

 私もとても楽しかった。ジョージは次から次とくる貴族の挨拶に少し疲れたみたい。

 参加してよかったな。


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 昼過ぎにエルバト共和国の商人が訪ねてきた。私は修練のダンジョンの騎士団の引率に向かう。

 帰ってきたらジョージからエルバト共和国の商人じゃなく外交官だったと聞いてビックリした。

 ただし、ジョージはしっかりと対応ができたようだ。既にベルク宰相に報告も終わっている。その報告でベルク宰相に褒められたようだ。


 その夜寝室でベルク宰相に褒められたから、ご褒美に俺を甘やかしてくれ!とジョージが言い出した。

 なんだこの不思議な生き物は!? なぜ思考がそうなるのか? 理解ができない。

 呆れていたが、ジョージの目は期待に燃えている。

 溜め息を一つついて気持ちを入れ替える。


 ノースコート侯爵家には長い歴史の中で語り継がれている男性の喜ばせ方が伝わっている。ハイドンの時にジョージに使ったが効果覿面てきめんだった。

 今晩はジョージにノースコート侯爵家の歴史の重さを味わってもらおう……。

 私は挑発するように寝間着を脱ぎ出した。


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 今日はエバンビーク公爵家の夜会に参加だ。

 ホストのエバンビーク公爵の次男のバラフィー・エバンビークに挨拶をして屋敷のホールに移動する。ベルク宰相に挨拶するとジョージにダンスを披露するように提案した。

 あまり乗り気じゃないジョージに私が口を挟む。


「ダンスは人前で披露すると上手くなるわよ。せっかくだから踊っていきましょう」


 さらに興が乗ったベルク宰相が会場の参加者にファーストダンスを私達にさせると宣言した。

 こういうのも一興だな。

 私は笑顔でジョージに手を差し出す。少し戸惑っていたジョージだが、優雅な動きで私の手を取ってホール中央に移動する。


 ホール中央に立つと楽団が音楽を奏で始める。

 ジョージは練習の時と変わらず卒なくダンスをこなしている。

 私は夢心地でジョージのリードに身を任せた。

 気がつくと音楽が終了していた。


 ホールに大歓声が響く。

 私は夢から覚め切れていない目でジョージを見つめた。

 あぁ、幸せだ。

 ホールの中央で、私とジョージは拍手の嵐に包まれていた。

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