第4話 記録と呪い。
「やだなぁ……」
翌日、雀と斎はまた新たな心霊スポットの前に立っていた。
別に夜でなくてもよかったらしく、今日は日のあるうちからやってきた。
「こっちだ」
「……そうだね」
雀が示す方向に何かがあるのは、言われる前から斎にもわかった。
山の中と言っていいような場所にある廃ペンション。広い敷地の中にバンガロー形式で転々と建物が立っているようだ。
真っ暗な森の中に入ってもライト無しでも大丈夫なのだが、雀に言われて斎はいつもの高輝度ライトとカメラを構えていた。
夜目が効くようになってもライトの明かりが異常に眩しかったりしないので、やっぱりこれは何か物理的なものを超えた力なんだろうなと思った。
「あれ? これ何?」
暗い山道を進んでいると、蛍光塗料のようなものの筋が奥へと続いているのが見え始めた。
「カメラには映ってない……」
立ち止まってしゃがみ込み、地面に付着しているように見えるそれに触れてみる。
「えっ!?」
びりっと一瞬電気が走ったかのように感じた。
しかし、すぐにそうではないと知れる。
「それは『情報』だ」
気が付くと雀がすぐ隣に立っていた。
「……男が6人、車が4台……」
そう言う絵面が頭の中に流れ込んできたのだ。
車高の低いセダン車、ライトバン――どこかにぶつけたのか傷があったりバンパーが凹んでいたりしている、あまりガラの良い車とは思えない。
そして不思議なことに車の中に乗っているだろう男たちの顔までもが浮かび上がってくるのだ。
「こいつら……」
斎にはこの男たちに見覚えがあった。
見たことがあるのは一度だけだが、絶対に忘れない顔。
「あの時の……」
躊躇いなく言葉が口から出た。
斎に暴行した連中。
「どうして!?」
雀はこいつらがここに居るのを知っていたのか?
「そいつらを追ってきたんだ」
「え……」
「そいつらに殺されたのはお前だけじゃない」
最初に殺人があったと言われた廃ラブホテルの女、次に行った廃病院の男。
彼らはそこでこいつらに殺されたのだ。
「こいつらが殺して心スポになったのか……?」
「違う、そいつらは人が殺したくてここに来るんだ」
「……なんで?」
意味が解らない。
「この場所はこういう連中に都合がいいんだ。人の寄り付かない場所、なのに思い付きで立ち寄る人間が来る場所、そして、殺した後を荒らして消してくれる場所」
心霊スポットなんて場所は基本的には人が寄り付かない。しかし、時々肝試しに来るような酔狂な連中がいる。
そういう連中は家族にわざわざ行くことを告げたりせずに、思い付きで突発的にやってくる。
そして、ここでどんなことが行われようと、落書きやゴミが現場を覆いつくし、血痕などが多少残っていても、雰囲気を盛り上げるだけで通報するような奴もいない。
「死体だけどこかに処分してしまえば、事件化することすらないんだろう……」
斎の事件は雀に助けられたから何もなかったことになっているのだと思っていた。
でも、あそこにどれだけの暴行現場としての証拠が残されてただろうと思い出そうとしても何も思いつかない。
「多分、ここは新しい。まだ行けば何か残っているかもしれない」
雀は予知能力者ではないので、これから起こる事件を先回りして未然に防ぐことはできない。
だが、追っていけば、どこかでそいつらに追いつくことができる。
「ここで止めれば、次は出ない?」
「ああ……」
「わかった。行こう、雀」
斎は立ち上がりカメラを構えなおした。
心霊スポットとして荒らされてしまう前に証拠を押さえる。
「絶対、許さん!」
こんなことになっているのも全ての元凶はその男たちだ。
『あ! こんなところに血痕がある!』
酷い棒読みで雀が床の一点を指さしている。
そこには乾いて黒くなってはいるが、それなりの出血量があったと思われる血痕が残っていた。
『引きずったみたいなあとがあるよ!』
棒読み2号こと斎がカメラで血痕が引きずったような血痕を追う。
『ここにはタイヤの跡が!』
続々と現れる暴行現場の証拠を棒読みのセリフで追いかけて行く二人――
「雀! それ消してよ!」
斎はそう言うと、ソファに寝そべり盃を片手に酒を飲みながらスマホで動画を見ている雀にクッションを投げつけた。
クッションはばふっと音がして床に落ちるが、そのクッションは雀には触れていない。雀も涼しい顔をしてこちらを見ている。
「いいじゃないか、ホラージャンルで100万再生は高評価なんじゃないのか?」
「……そりゃいいかもしれないけどさ」
そう言われると少しニヤニヤしてしまう。
雀と斎はあの後、心霊スポットで暴行現場の証拠を動画に収め、警察に提出した。
その情報をもとに犯人たちが捕まったのだが、犯人たちは未成年者だったという事もありネットでは話題となったのだ。
話題作りのために警察に提出していた証拠動画の一部を公開していたのだが、それらに一気に注目が集まり、雀と斎のチャンネルは一躍有名になってしまった。
しかも、次の動画は次の動画はまだかと言う最速まで集まり、斎が以前に雀と心霊スポットへ行った時の動画を編集して公開すると、全く怖がらない雀と怖がりまくりの斎の様子がまた評判となり――二人は今やマイナーながらもそこそこリスナーを抱える動画配信者となったのだ。
「でも、実際は何もできなかったしな……」
斎たちは犯人逮捕に役立ったが、事件は起こってしまった。
被害者は生き返らないし、犯人たちの余罪は立証できずに、斎たちが提出した証拠の分だけしか裁かれなかった。
もちろん無事に助かって生きている斎の件も事件化されなかった。
被害者は一人、犯人たちは未成年、社会の処罰感情は高かったが、それでも極刑となることはない。
「せめて、全員の分の罪が裁かれてほしかったよ……」
廃ラブホテルの女も廃病院の男も、どちらもその存在すら明らかにされることはなかったのだ。
多分、被害者はもっといるだろう。でも、それが明らかになる日は来ない。
「もっと殺してることもわかってるのに」
TVで逮捕された犯人たちの映像を見た時に、その犯人たちにこびりつく「記録」を見た斎はこの数の多さに固まってしまった。
仲間内で集まりイキって盛り上がってるうちに、暴力と殺人の快感にはまっていった犯人たち。
後悔もせず、謝罪もせず、数年で出所できる日を待っているのだ。
斎にはそれがわかっていてもどうしようもない。
どんなに記録を読み取り事態を知らせても、そこに証拠はもう残されていないのだ。
現に今回の件もぎりぎり死体の一部が発見できたから立件できただけだ。
「大丈夫だ。そういう時のために俺がいる」
暗く表情を落とした斎を見て、雀は真顔になって言った。
「その罪が何に値するかは、記録に基づいて決められるだろう」
「……どゆこと?」
「奴らに沢山の記録が残されているのは見えただろう?」
「うん」
犯人たちの周囲と言うか体に、例の蛍光塗料のようなものと黒い影がみっちりとついていた。
あの黒い影は心霊スポットで見たあの影と同じものだった。
「司法に裁かれずとも奴らは間違いなくそれだけの記録を作っているんだ」
影の数だけ、人が死んでいる。
「俺はその記録をもとに、奴らを『呪う』ことができる」
「あ……」
呪殺に場所は関係ない。
相手がどんな場所に居ようと、その呪いから逃れることはできない。
「……この先は斎が気に病むことはない」
斎にはそれはどういう意味かとは聞けなかった。
少年刑務所での記録はほとんど公開されない。
心霊スポット殺人事件と呼ばれた少年たちによるリンチ殺人の犯人たちは、みな3~5年の不定期刑となり収監されたと言う記事が小さく新聞に載ったことが最後の表に出た情報だ。
しかし、法務省の矯正施設における死亡事案の全件公表の書面には、その事件の関係収容者全員が病死したことが記載された。
呪殺士は動画配信者になりたい!? 貴津 @skinpop
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