ロータス回収代行サービスからのお知らせ

片栗粉

case1 田中ナオト表

ようやくここまで来た。

 目の前にはこの世界の悪の元凶がいる城。

 魔王アスタロト。

 俺は後ろに控える仲間達を鼓舞する為に声を掛けた。


「みんな、大丈夫か?」


 エルフの女剣士、リリアが白皙の美貌を緊張に強張らせて「ええ」と頷く。猫の半獣人であるランが「救世主サマの力があれば楽勝っしょ!」と尻尾を揺らしながら俺の腕に絡みついた。


「ちょっとラン! レオにくっつきすぎ!」


 パーティで唯一の術使いマハルが可愛らしい眼を吊り上げて声を荒げた。

 そう、俺はこの世界では救世主と呼ばれている。

 数年前に俺は20××年の日本から神の力でやって来た。

 いわゆる転生者って奴だ。

 神は魔族たちによって荒廃した世界の救世主になってほしいと俺にそう言った。

 強大な力を授かった俺は、その日から魔族たちを狩り、人々を救う為に奔走した。

 旅の途中で頼もしい仲間達も出来た。

 辛い事も沢山あったが、ここまで来れたのは仲間たちのおかげだ。

 とても感謝している。

 俺は門の前で仲間達を振り返った。


「ここまで来れたのは皆んなのおかげだよ。ありがとう」


 彼女達が笑って頷く。本当にいい仲間を持ったと思う。


「じゃあ、行こう」


 大きな、重たい門を押し開ける。

 最後の戦いを前に、俺の血は酷く熱く滾っていた。

 後ろで誰かの息を呑む音が聞こえる。

 ぎぎ、と嫌な音が響き渡って、俺たちはそれぞれの得物を構えながら中に入った。


 禍々しい玉座に座る影を見て、俺は剣を向けた。


「魔王アスタロト!!」


 俺の声が広間に響く。だが、玉座に座っていたのは、俺の予想を超えたものだった。


「よぉ。お疲れさん。遅かったな」


 まるで、部下をお使いに行かせた上司のような飄々とした口調。

 燻んだ黄色地に白のピンストライプのスーツに、黒いシャツと紫色のネクタイ。艶やかなクロコダイル柄の革靴。正直言ってやばいセンスだ。転生前の世界だったら、絶対に関わりたくない職業の人間だ。

 白髪混じりの灰色の短髪、それなりに皺の刻まれた相貌は四十から五十くらいだろうが、人好きする笑みに反してその眼光は剃刀のように鋭い。


「え……誰??? このおじさん」


 ランが誰もが思っていた事をそのまま口に出した。


「おお。すまねえなお嬢ちゃん。自己紹介もしねぇで。俺はロータス回収代行サービスの【蓮田】だ」

「カイシュウダイコウ?? ハス……ダ???」


 リリアがクエスチョンマークを飛ばしながら首を傾げる。

 蓮田が玉座から立ち上がって、こちらへ近づいて来た。

 なんだろう、おかしい。

 怖い。

 意味もなく、怖い。


「魔王くんはちょっと席を外してもらってんだわ。今日はキミに用があってよ。な? 田中ナオトくん?」


 蓮田が俺の肩をポンと叩いた。何故かぶわり、と汗が吹き出した。


「田中……ナオト??? この人は救世主、レオ・セレスティア様ですよ!!」


 マハルが混乱したような声を上げたが、俺の耳には何故か遠くに聞こえた。


「戦いに向かない女達を無理矢理連れ出してはべらして英雄サマごっこか? 十年も引きこもった末にデリヘルの女と無理心中した奴がよ」


 どくん、と胸の音がいやに大きく感じた。


「……何を言ってるんだ」


 蓮田を睨みつける。そう、今の俺は違う。


「だからさ。クズはどうなっても所詮はクズだって事。お分かり? じゃあ聞くが、お嬢ちゃん達は【好きで】コイツにくっついてるのかい?」


 振り返って仲間達を見る。

 みんななら分かってくれる。

 そうだよな?








「……村長が、救世主様に付いて行けと命じたから。信じてたんです。彼を。でも……」


 マハルが無表情で言った。


「奴隷商人から助けてやったんだからって言われて……従わないと怖かったから」


 ランが苦しそうに言った。


「争いを止める為だと最初は仰っていたのに……。無益な殺生ばかり増えて……。止めたら酷い事をされました」


 リリアが自分の身を掻き抱くようにして言った。


 違う。

 違う。

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!


「黙れェ!!! マキシフレイム!!」


 全部燃えろ。骨も残さず燃え尽きろ!!俺の世界を脅やかす奴は燃えちまえ!!


 パチン。


 男が無造作に指を鳴らした。

 男を灰すら残さず燃やし尽くすはずの魔法の炎は、幻のように消え去った。

 それだけじゃない。纏っている鎧がまるで鉛みたいに重くなって、後ろにひっくり返った。


「な……んで?」


 蓮田がスーツのポケットからタバコを取り出し、吸い始めた。

 無様に這いつくばる俺を冷たい目で見下ろしている。

 怖い。

 怖い。


「俺はこの世界の神サマから依頼を受けたんだよ。田中ナオトくん。お前に与えた力を取り立てて、元の世界に帰してやってくれってな」


 タバコを咥えたまま、蓮田が手品みたいに右手を翻した。小さな長方形の紙切れが人差し指と中指の間に挟まっていて、俺の目の前に差し出した。


 【債権、能力、肉体、何でも回収代行致します。

 ロータス回収代行サービス

 代表取締役 蓮田】

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