拾弐 二歳の悪戯

 しかしそれはそれで思いの外簡単ではなかった。


 ここ数日、起きている間は隠遁を実践しつつ魔力運用をこなしている。

 ほんの数日程度の実践でしかないが、朝起きてから寝るまでの間これをこなしているだけではどうにもさほど消耗しなくなってしまったようなのだ。


 初めて魔力を発現させてから数日は魔力を扱うたびに若干の消耗を感じはしたものの、ほんの数日のうちにそれはなくなった。

 感覚的には慣れたとも違うので、恐らくそれだけで基礎魔力量が微増したと考えられる。

 当該の数日、いつもより食欲があったのも関係しているか? ごく幼少期の成長スピードは凄まじい。


 ともかく、現状の実践では若干の進歩こそあるものの、時間対効果で効率は既にあまりよくなさそうである。



 は使ってみようか。




………




 「あれ? お嬢様? お嬢様~?!」



 ここ数日、書庫でよくお嬢様を見失う。

 ミストお嬢様は以前は心配になるぐらい大人しい子だったが、最近は身体を動かすのが楽しくなってきたのか、唐突に活発に動き回ってはメイドたちを驚かせるようになった。



 「マーイラっ!きゃはは」


 「あ!そんなところに!」



 勢い任せの無邪気な動きは二歳児の身のこなしそのもの。

 加減を知らない幼児はふとしたことで怪我をし得るので、本来私たちメイドは片時たりともミスト様のお側を離れてはならない。


 が、そんな事情など知る由もないミスト様は私や他のメイドたちの目を易々掻い潜っては遊んでいるのだ。


 動きは確かに辿々たどたどしい。なのに不思議なことに見ていてまるで危なげがない。

 たまたまだろうが転びそうな場所やぶつかりそうな箇所を避けてゆとりある動線で動いているので、せいぜい転びそうになったとて咄嗟の魔法での救助が間に合いそうではある。

 それも十分驚きだが、メイド服で動きが制限されているとはいえというのはやはり異常である。それこそ二歳児の体躯と運動能力であれば魔力で肉体強化でもしていない限りはあり得ないが、その痕跡も見えない。



 そもそも撒き方が不可思議なのだ。

 数歩先を走っていたはずのお嬢様が、ほんの一瞬本棚の死角に入った途端に忽然と消えてしまう。

 かと思えば次の瞬間には不自然に離れた本棚の影や、私たちの後ろから突然現れる。本棚をすり抜けて動いているとしか考えられないような挙動である。


 しかし、物質を透過する魔法など存在しないし、何らかの魔法或いは魔力運用による介助をもって高速移動したとして、やはりその痕跡もさっぱり見えない。何かよく分からないが異常なことだけは分かる。

 原理が分からないのと、仮にも傍付きがお嬢様を見失っているなどと報告すれば厳罰は間違いなく、当主様には報告できないでいる。


 もしこれが魔法或いは魔力運用によってなされている悪戯であるのなら――

 当主様が連れてきた魔法師――確か魔法院の重鎮でもある彼の老師は二歳で魔力を発現したお嬢様がいずれ大成されるというようなことを仰っていたが、ややもすればお嬢様は当主様に並ぶか、それよりも大成なさる潜在性を秘めているのではないだろうか。

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