くノ一令嬢暗躍譚~転生した現代のくノ一は貴族社会で暗躍する~

金沢美郷

零 路傍の石

 「慶太! ダメ!!」



 ほんの微かな綻び。

 信号のない横断歩道を無邪気に駆けた幼児に、死角からバイクが迫っていた。



 別に今ここで私が助けなくともよかった。

 まぁでも通り縋った縁だろう。私は駆けた。


 幼児を小脇に抱え上げ、迫るバイクを避ける。


 刹那、地面を蹴った脚を通過するバイクがはじいた。

 この程度ならまだ問題なかった。銃弾を食らった時を思えばそれこそかすり傷のようなものだ。


 だが駆け抜けたその先、あり得ないスピードで歩道に乗り上げようとする一台のセダン。

 運転席には目と口をこれでもかとかっ開いた見るからに後期高齢のご老人。


 そうか。そう来たか。


 まさかその瞬間、不運が重なった。

 このスピードは避けられない。この重量、車体の高さも丁度不味い。どうあがいても頭が割られるだろうな。


 せめてこの子だけは。


 もはや自分が避けることは叶わない。

 全膂力を以って車の動線から外れるよう幼児を横に転がす。

 雑でごめん、でもこれで死にはしない。



 迫る鉄塊と重くて鈍い衝撃。



 実に面白くない記憶を最後に私は息絶えた。




 多分この後、アレコレあって私の死体はこの場から消えるし、誰かが轢かれて死んだ事実もうやむやにされる。

 轢いた老人も「痴呆が~徘徊が~」とか何やかんやあって消されるだろう。まぁこの度やっちゃったから仕方ないね。十分長く生きたろう。





 生まれたのだから


 生まれに、この生の意義に特に不満はない。そう教育を受けて育ったから。

 俗世に生きる平和な人々は歯車として命を賭す私の生をきっと哀れむのだろうが、私は特に哀れまれる謂れはないと思っている。

 命落とすその時まで成してきたこと、同志がそうしたように、それらが積もり積もって保たれている平穏を尊く思っているから。


 私は礎の一部。一片欠けても綻ばないような小石の一つ。

 我々しのびは皆、そんな小石の生涯に誇りを持っていたから。



 とはいえ、徳を積んできたつもりはない。汚れ仕事も随分やった。

 というのに、信じていたわけではないがどうやら輪廻を果たしたらしい。



 芯まで染みついたさがというのはもはや切り離せるものではない。

 何より、忍として受けた教育が、習得した技術が、こと生存戦略において他に比肩するものがないくらい信頼に値する。

 いざと言う時が来なければいいが、備えるだけ備えて後は静かに生きよう。


 望むことと言えば……………………そう、落ち着いて美味しい物が食べられれば一先ずはいいかな。




 


 そう思っていた。


 どうやらこの生でも私が忍の性を手放せないように、しつらえられた舞台はそれを活かすのにおあつらえむきだったようだ。




 今風に言えば「異世界転生」というやつだろうか。


 西洋風な世界に新たな生を受けた私は、静かに生きたいというささやかな願いも虚しく、王位を争うやんごとなきお方に見初められ、政争の世界に巻き込まれていくことになる。



 

 

 これは魔法で栄えた或る世界で、元くノ一令嬢が暗躍する物語。




※ ※ ※


お読みいただきありがとうございます。

次回更新は翌0時予定です。

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