第14話 怒り

 週が明けての月曜日。いつも通りダラダラと講義を受けて、なんとなくノートを取って講義室を出ようとした時、扉の前で誰かとぶつかった。

「すみません」

陰キャの俺は小さく謝って扉を通ろうと思ったのだが、

「おい、待てよ」

と深い声の男子に肩を軽く押された。

「あの、なんでしょうか……。僕、何か気に障ることしちゃいましたか……?」

いきなり肩を押されたものだから怖くて顔も上げられず、震えた声でその男子に聞く。

「気に障る? あぁ、気に障るね」

男は大層苛立っている様子だ。声色と、腹の前でグッと強く握られた拳からそれがひしひしと伝わってくる。

「あの……。それで、僕は何を」

「お前、星川さんとどういう関係なんだよ」

男は強い声でそう聞いてきた。俺と星川さんの関係……。そうか、この人は金曜の正門の前で起こった出来事に対して苛立っているんだ。ということは、この人も星川さんのことが好きなのか。

「あの、たまたまバイト先が一緒で……」

細い声でそう答えると、男は間髪入れずに

「バイト先が一緒ってだけで一緒に帰ることにはならねぇだろ」

そう言ってきた。ごもっともだ。バイト先が同じだというだけで、星川さんが正門で待っているわけがないし、俺の隣なんかを歩くわけがない。

 じゃあ、どうして……。改めて思い返してみると、そんな疑問の言葉が浮かび上がってきた。バイト先が同じというだけの関係であの行動は間違いなくおかしい。となると、俺と星川さんはバイト先が一緒という関係よりも深い関係にあると認識してもいいだろう。だとするならば、俺と星川さんの関係は

「本当に、ただのバイト仲間です」

そう、バイトだ。単にバイト先が同じというだけでなく、共にバイトをしているという関係。これが現状の俺と星川さんとの距離。少し縮まった距離に喜びが溢れてくる。

「おい、聞いてんのか」

「あの、すみません。もう一度お願いします……」

歓びに浸り過ぎて彼のことを忘れていた。これはさらに怒りが増すやつだ。

「じゃあ、こないだどうして一緒に帰ってたんだ? バイト仲間は一緒に帰るようなことはしねぇよな」

明らかに怒りメーターが上がった大きい声で俺を問い詰める。

 一緒に帰ってた? あのとき俺は一緒に帰ったんじゃなくて、ただ単に一緒にバイト先に行ったんだ。この人は勘違いしている。これは正さねば。

「あの、一ついいでしょうか」

「なんだよ」

「あの日はですね。僕と星川さんのシフトがちょうど被る日でして――」

丁寧に事の顛末を説明すると、彼の腹の前で握られていた拳の力が抜けた。

「そうか。一緒に帰ってたわけじゃなかったのか。すまん。俺の勘違いだったみたいだ」

いきなり柔らかくなった声色。そこにはアイドル系の顔立ちをした青年が立っていた。

「誤解が解けたみたいで良かったです」

いきなりのイケメンに面食らった俺は、視線を宙に彷徨わせてフラフラな声でそう返した。

「そっか。なんでもなかったのか。よかったよかった」

小さな声が聞こえるけど、何を言っているのかは分からない。

「何か言いました?」

「いや、何でもない。今日は本当にすまなかった。じゃあ、また」

イケメンはそう言うと、くるりと踵を返して爽やかに講義室から出て行った。

「イケメンだな……。ああゆう人が星川さんと付き合うんだろうなぁ」

遠ざかる背中にボソッと小さくそう零して、自分も講義室を後にした。

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