くびれ鬼

やざき わかば

くびれ鬼

「くびれ鬼」という悪鬼がいる。取り憑いた相手を縊死させる鬼で、他に縊鬼と書き「いき」「いつき」と呼ぶこともある。恐ろしい鬼だ。


俺は先祖代々続く、鬼退治の家系である。始祖はあの有名な桃太郎。人知れず、人に仇なす鬼を退治している。悪というものは、人間の世が続く限り存在する。


もちろんそれは人間にとって悪というだけで、彼らには彼らの正義があるのだろう。だがそれが人間にとって都合の悪いことであるなら、俺はそれを排除せねばならない。それが我々一族だ。


さて、冒頭で話したくびれ鬼が今回のターゲットだ。

こんな恐ろしい鬼は即刻排除せねばならない。

何しろ、「殺される」のではなく「首吊り自殺」をさせてしまうのだ。


こんな存在が犯罪組織に捕らわれて利用されたりすると、人間社会に多大な混乱を巻き起こしてしまう。


しかし、捜索は困難を極めた。噂は聞こえてくるのだが、一向に足取りを掴めない。

何より、あまり動いている形跡がないのだ。警戒をしているのか、それとも元々人間を殺すことに興味が無いのか。とにかくこれでは埒が明かない。


二年探した。そしてやっと数日前、ある高級住宅地の一角にある家に行けば何か解るかもしれない、との情報を怪奇現象専門の情報屋から入手した。


ただ、残念ながらその情報屋は昨日、首をくくって亡くなっているのが発見された。

遺書はなく、動機は不明である。原因はくびれ鬼だとすぐにわかった。


早くくびれ鬼の悪行を止めなければ。手に入れた住所に行ってみた。

そこにあったのは、豪邸とも呼ぶべき歴史ある洋館であった。


まさにその佇まいは名家のそれである。俺は緊張しながらも扉をノックした。


出てきたのは侍女だったが、話は通っているらしく、ある広い一室に通された。

罠か。ここで俺を始末するつもりか。俺は最大限の警戒をしながら待った。


扉が開いて、一人の女が入ってきた。

「おまたせいたしました。当家当主の凛と申します…」


俺の身体の中に一筋の緑風が走った。


美しい。美貌もさることながら、スタイルの良さも今まで見たことのないレベルだった。そんなことを言うと今の世の中、ルッキズムだなんだと叩かれそうだが、こればかりはどうしようもない。


現代に生きる美の女神だった。コルセットを使ったとしてもここまで細くなるかといわんばかりの腰のくびれ。妖艶だがいやらしくなく、性を感じさせるも清廉であった。


「あの…当家に何か御用でしょうか…?」


凛の一声に我に返った。俺は再び警戒し、戦闘態勢を取った。


「ひとつお伺いいたします。貴方は『くびれ鬼』ですか?」

「はい。私はくびれ鬼です。ああ…貴方がオーガハンター様ですね?お話は伺っております」


何の悪びれもせず凛はそう答えた。しかし…見た目は完全に人間である。

「申し訳ないが、どうしても人間にしか見えないのだが…」


凛は、ああ、と気付いたような表情をし、髪の毛を分けはじめた。

「ほら、こちらとこちら。ツノがあるでしょう…」


たしかにツノがある。髪の毛で隠れていたのだろう。


「確認した。俺は貴方のような人に害をなす鬼を退治する一族。済まないが、貴方を討伐する」

「あらあら、困りました。私は人間など殺しておりません…」


大抵の鬼が嘘をついても、我々一族は見破ることが出来る。オーラがゆらぐのだ。

だがこのくびれ鬼、凛にはゆらぎがなかった。嘘はついていない。


「どうやら嘘はついていないようだ。なら何故、貴方と関わった人間が首をくくるのだ」


凛は侍女を呼び、何かを話している。そしてこちらに向き直った。

「わかりました。私もそろそろ働かなくてはならないので、同行してはいただけませんか?」

「は?」


…ということで、俺、凛、侍女の三人が向かったのは、ある大きな展示会場。恥ずかしいことだが、俺はこういったところにとんと接点がない。


「今からショーが行われますの。こちらの席でご覧になって」


俺は最前席に通され、そのショーとやらを観ることになった。ファッションショーだった。各モデルがスポンサーの名前を背負い、話題の服を着る。


絢爛豪華、綺羅びやかであり、俺には一切関わりのない世界だ。


そして、モデルとしての凛が入場してくると、空気が一気に変わった。

全ての耳目が凛に集まる。今まで出てきたモデルは全て過去のものとなってしまった。ど素人の俺でも理解出来る。もはやこの会場は凛のものとなったのだ。


それからのファッションショーは空虚であった。凛以外のモデルは意気消沈、阿鼻叫喚である。思い詰めた顔をしてヨタヨタと会場を後にする者が絶えなかった。


さて次はドラマの撮影だということだ。ただ、凛の役はエキストラのようなもので、メイドの服装をして主人役の役者に「はい」と言うだけのもの。


モニター越しに観ても、凛の存在感は凄まじかった。このドラマは、あるテレビ局が何十周年だかなんだかの特別ドラマで、莫大な制作費をかけて名だたる役者を揃えたものだったのだが、凛が動かず画面にいるだけで全てが脇役に見えた。


「はい」


どこの誰が、この台詞一つだけで撮影現場全てを虜に出来ると思うのだろうか。

女優は膝から崩れ落ち、男優は全て凛に心を奪われているようだった。言い寄る剛の者もいたが、軽くいなされていた。役者さんよ、そいつは鬼だよ…。


考えてみたら、今日、凛が着ていた衣装やアクセサリーは、世界中で有名なものばかりだった。それを身に着け、メディアに出るのが凛の仕事のようであった。


一日を終え、家に戻る。


「くびれ鬼…いや、凛さん。俺にもわかったよ。要するにアンタは『何もしていなかった』んだな」

「わかっていただけて良かったですわ。そう、私が仕事をすると、一緒に仕事をしていた方々が自殺してしまうんです…。ですので、仕事は必要最低限に留めております」

「それはわかった。だが、それで女が首をくくるのはわかる。問題は男も凛さんが原因で首をくくることだ。これは一体何故だい」

「そりゃあ、私だって恋はいたします。ですがお付き合いしているうちに、合わないな、と、お付き合いをお断りさせていただくこともございます。そのときお付き合いしていた方々は、全て首を…」


これ…くびれ鬼である凛は単なる被害者なのではないだろうか。

見てくれが良すぎるのは別に本人のせいではないし、本人はそれを気にしている。

くびれ鬼は、非常に可哀想な存在なのだろう。


「わかった。凛さんは人間に害をなすどころか、出来る限り被害を抑えようとしている。そういった存在を手にかけるのは、我々一族の本意ではない。俺は帰るよ」


「待ってください」

凛が引き止めてきた。


「はしたないと思われましょうが、私は貴方を気に入ってしまいました。もしよろしければ、お夕食などご一緒出来ませんか…?」


上目遣いで、頬をほのかに紅潮させて俺に訴えかける凛。オーラはゆらがない。

嘘はついていない。


そりゃ俺だって男だ。この誘いにまんまと乗ってしまった。

どうやら俺もくびれ鬼に取り憑かれてしまったようだ。


俺も他の男同様、首をくくることにならなければ良いのだが…。

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