第7話 追ってくるかつての仲間たち
研究所への突破事態は、ラッツが想定していたよりも少ない犠牲で済んだ。
侵入する際に入り口で戦闘はあったものの、奇襲だったため、大した損害もなく倒すことができたのだ。
それと反体制派の兵士たち。ラッツの居たアルファ部隊のエリートほどではないが、後処理専門のガンマ部隊や後方支援のデルタ部隊並みの実力があった。
おそらく彼らの中には、軍部上がりがいる。特にリーダーのイーサンは、間違いなく人を殺すことに慣れていた。
なおさら、彼の正体が謎に包まれた。
「どうやら中は手薄みたいだな」
研究所は洋館の地下に何層にも分けられており、研究の内容によっていくつかのブロックに分けられている。今回は上から下に向かう形で探索をしているのだが、今のところ誰にも遭遇していない。
「なにか、様子がおかしい」
廊下を駆け抜けながら、ラッツは呟くようにしてそう言った。周囲に人の気配はなく、罠も見当たらない。
そんなことを考えているうちに、ひとつの扉の前へと辿り着いた。イレイヌの研究室と金庫はここにある。
事前にイレイヌから聞いていたパスコードを入れ、重厚な金属扉を開く。研究室の中には無数の試験官やフラスコ、そして解析装置などの機器類が設置されていた。
機械音以外の物音は一切せず、不気味だ。まるで嵐が来る前のような――。
「全員、今すぐ退避しろ!」
次の瞬間。部屋の奥から、ソウルドライヴ弾由来の光線が何本も、ラッツたちに向けて一斉に放たれた。間一髪のところで気づいたラッツは、ギリギリのタイミングで回避することができたが……その威力は凄まじく、味方の十数名が死傷してしまった。
男はニヤリと笑みを浮かべると、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「こんな無謀なことをするなんて、さすがはラッツ隊長。……いや、元隊長と言った方が正しいですかね?」
「……グランタか」
ラッツは苦虫を噛み潰したような表情でそう呟いた。かつて同じアルファで副隊長をしていた男だ。彼は元々軍人家系の生まれであったのだが、高い実力を買われて入隊した経歴を持つ。
それ故にプライドが高く、他人を見下す傾向にあった。実際問題として、その性格は非常に
その歪んだ性根のせいで幾度も問題を起こし、部隊長になる実力がありながらも昇進できなかったのだ。
「どこから情報を得た? 他の連中もいるみたいだが」
「……さぁ? 情報部隊じゃないですかね?」
「そうか……」
その言葉を聞いた瞬間、ラッツの表情が変わった。それは怒りとも悲しみとも言えぬ、複雑な表情だった。情報源はかなり限られる。身近な人物から漏れたとしか思えない。
しかし、それも一瞬のことで、すぐにいつもの
「ま、それが組織のやり方だもんな。どうせお前らも『ソウルカクテル』を飲まされているんだろ?」
視線はグランタに向けたまま、手だけでソウル銃器の残弾を確認しながら時間を稼ぐ。
「……えぇ、そうですよ。ですが貴方と違って、俺は自らこの任務に志願したんでね」
「待ってください、お二人とも!」
突然割り込んできた声に、二人は同時に振り向く。するとそこには、数人の男女が立っていた。彼らもラッツのかつての部下たちである。一様に怯えた表情を浮かべながらも、その瞳には確かな意志が宿っていた。
そのうちの一人、茶髪の新人兵であるマヨニカが一歩前へ出た。
「隊長は私たちの命を何度も救ってくれた恩人なんですよ!? それを殺すなんて私――」
二十歳を過ぎたばかりの少女兵は、グランタに向かって抗議の言葉を発する――が。それは途中で遮られてしまった。なぜならば、グランタの右手に握られたソウルナイフが、彼女のか細い首筋に振るわれたからだ。
「マヨニカ! ――クソッ!」
「他に文句がある奴はいるか?」
グランタは周囲を見渡しながら言う。その表情はまるで悪魔のようだった。
「――ないようだな」
彼は再び笑みを浮かべ、勝ち誇った様子で言った。
それからグランタは間髪入れずに懐からソウル拳銃を取り出し、躊躇なく発砲する。ビーム音と共に放たれた弾丸は、一直線にラッツたちへと向かっていく。
「お前がそういう気なら、仕方がない。俺は目的を果たすだけだ」
「ふん。相変わらずですね、貴方は。そういう自由なところ、昔からちっとも変わらない」
「黙れよクソ野郎。俺はお前みたいに、恵まれた生まれじゃねぇんだよ」
実験台の一つに身を隠していたラッツは、そう言ってソウル煙草を口に咥えると、内部の薬剤を一気に吸い込んだ。
途端に彼の身体をソウルドライヴが流れ出し、全身に力が漲っていくのが分かる。同時に視界がクリアになり、感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。
そしてラッツもお返しとばかりに銃器の引き金を引き、ソウルドライヴ弾が発射される。
だがグランタはその動きを読んでいたのか、照準の先には既にいなかった。
(速い……!)
刹那の間に距離を詰められ、ラッツはそのままグランタのソウルナイフで切りつけられる。
「――ぐあっ!?」
痛みに悶えながらも、左手に銃を持ち換え、発砲する。弾丸は彼の頬を掠めたものの、命中には至らなかった。
追撃を避けるために距離を取ろうとするも、痛みのせいで思うように動けず、膝をついてしまう。
そんな隙を見逃すはずもなく。グランタの剣がラッツの喉元を貫かんとする。
「終わりだな」
勝利を確信したのか、彼の顔には笑みが浮かんでいた。
「じゃあな、ドブネズミ」
その言葉と共に、鋭い刃が振り下ろされた――が。
それがラッツの体を貫くことはなかった。代わりに、激しい爆発音が部屋中に響き渡る。
それと同時に凄まじい衝撃波が発生し、二人は吹き飛ばされてしまった。
「くっ……なんだ!?」
突然の事態に動揺しつつも、何とか受け身を取って着地に成功するラッツだったが、その顔には焦りの色が浮かんでいる。
なぜなら、目の前にあったはずの機器がほとんど吹き飛んでいたからだった。
まるで地獄の入り口のような雰囲気を漂わせており、奥の方では赤い炎が燃え盛っているのが見える。そこから立ち上る熱気によって周囲の気温は急激に上昇しており、汗が流れるほどだった。
「――すみません、助けに来るのが遅れました」
不意に聞こえてきた声の方に視線を向けると、一人の青年が立っているのが見えた。彼はゆっくりとこちらに近づいてくると、倒れているラッツの前で立ち止まった。
「イーサンか?」
あらかじめ、強敵との戦闘になったらラッツが担当するという手筈だった。だから反体制派のリーダーである彼には金庫にあるデータの回収を優先してもらっていたのだ。
「ソウル爆薬を使わせていただきました。それと、探していたデータの方はミカに」
「そう、か。助かったよ――」
イーサンの言葉を聞きながら視線を上げる。そこには口から大量の血を吐き出し、力なく項垂れるグランタの姿があった。彼はラッツと違い、爆発の直撃を喰らったようだった。
四肢が曲がってはいけない方向へ捻じ曲げられており、誰がどう見ても致命傷だ。これではもう助からない。
それでもなお、ラッツは這うように床を移動していく。転がっていたグランタのナイフを残った左手に無理やり握らせると、今度は彼の心臓目掛けて突き刺した。
「……あ……あぁ……う……」
かつての部下は、もはやまともな声すら上げられないほど衰弱しており、目の焦点も合っていない。
――が。そんなことはお構いなしとばかりに、ラッツは何度も何度も執拗に刃を突き立てた。その度に鮮血が飛び散り、辺り一面を赤く染めていく。
やがてピクリとも動かなくなったことを確認すると、ようやくその手を止めた。辺りに静寂が訪れる。聞こえるのは自分の荒い息遣いだけだった。
「……終わりましたか? ……って、今度はどこへ向かう気ですか!」
イーサンがやや気遣うようにそう呟くと、ラッツは新たなソウル煙草を口に含み、よろよろとどこかへ歩き始めた。イーサンが慌てて声をかけるも、ラッツは返事をする力も無さそうだ。
「俺は最期のケリをつけに行く。お前も……いろいろとありがとうな」
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