13日目「ε-N論法について解説する話」

高校で数列の収束、発散、振動について取り扱った人も多いだろう。しかし、数列の発散振動収束は、自然言語のふわっとした定義しか高校では扱わない。今回は、それがなぜかを考察しつつ、ε-N論法を学ぼう。


まず、a_nがαに収束することは、高校数学では「nが十分に大きければ、αに十分近づく」と表現されていた。この定義の正確さは大体40パーセントくらいである。直感的には理解しやすいが、いささか、というより大分厳密さに欠ける。しかしながら、この定義というよりイメージも、役立つときがある。それは、初歩の方の命題が理解しやすいということだ。例えば、ε-N論法を用いて証明できる事柄として、a_n、b_nが収束すれば、

lim(n→∞)(a_n b_n)=lim(n→∞)a_n lim(n→∞)b_n

が成り立つということがある。この定理は、ε-N論法から証明するとすると、少しテクニカルであるが、直感的なイメージを持っていれば、いかにも成り立ちそうな感じがする。命題を証明するとき、合っていそうという直感を持つことは結構大事である。そもそも、命題が成り立たないときがあるからだ。ただし、直感的に正しそうでも、正しくない命題もあるので注意が必要だ。

高校でε-N論法をやらない理由として、高校や大学受験の際、あまり厳密な定義が必要でなく、イメージだけでも十分であるということが浮かび上がってきた。確かに、ε-N論法は大学受験では使える場面はほぼなさそうであるし、使える場面がほぼないものに時間を割くというのは難しい。

では、なぜ大学ではε-N論法を使うのだろうか。厳密性などの意味合いも確かにあるが、他にも、整数論の命題において、「十分大きな自然数」で、などのε-N論法を理解していると簡単に理解できる言葉があるからだとも考えられる。


ながながと書いてきたが、結局大事なのは定義である。定義を紹介する。


数列a_nがαに収束するとは、∀ε∈R+ ∃N[n≧N→|a_n-α|<ε]

これをlim(n→∞)a_n=αとかく。


もう、高校で習わない理由がわかった気がしてくる。難しそうなのだ。定義が。

一般的な高校生は∀や∃なんて記号を知らないし、そもそも集合論を詳しくやっているわけでもない。つまり、たとえε-N論法をやろうとも、そもそも、現在の教育現場はε-N論法に不向きなのである。

実際にはε-N論法は全然難しくないのだが、如何せん記号がごつすぎる。

先ほどの定義を、自然言語に直してみよう。すると、


数列a_nがαに収束するとは、どんな正の実数εに対してもある自然数Nが存在して、nがN以上であれば、|a_n-α|<εがなりたつことである。これを、lim(n→∞)a_n=αとかく。


と書き換えられる。

自然言語に書き換えただけで、かなりわかりやすくなったと思う。数学で理解しにくい定義が出た場合、自然言語に訳して読んでみるのが最短の道であると思う。

収束と同様に、発散も定義される。


数列a_nが正に発散するとは、∀S∈R ∃N[n≧N→a_n≧S]

これを、lim(n→∞)a_n=∞とかく。


数列a_nが負に発散するとは、∀S∈R ∃N[n≧N→a_n≦S]

これを、lim(n→∞)a_n=-∞とかく。


今度は、自らの力で、これらの定義を理解してみてほしい。これが、難しげな定義を理解するための入門編であるからだ。


理解すれば本当にどうってことのないほど自然な定義である。先入観というのは理解を妨げることが多い。じっくりと読み解こうとすれば、早さに差があれども必ず理解できる。



演習問題としてε-N論法を用いて示せるさまざまな定理や、ε-N論法を使って収束値に収束することを示す問題を書いておこう。


問1 lim(n→∞)n=∞を示せ。

問2 a_nが収束するとき、|a_n|≦Mとなる定数Mが存在することを示せ。

問3 |x+y|≦|x|+|y|を示せ。

問4|x|-|y|≦|x-y|を示せ。

問5 a_n、b_nが収束するとき、lim(n→∞)(a_n+b_n)=lim(n→∞)a_n+lim(n→∞)b_nを示せ。

問6 cをある定数として、a_nが収束するとする。このとき、lim(n→∞)ca_n=clim(n→∞)a_nを示せ。

問7 a>1のとき、lim(n→∞)a^n=∞を示せ。

問8 a_n、b_nが収束するとき、lim(n→∞)(a_n b_n)=lim(n→∞)a_n lim(n→∞)b_nを示せ。

問9 a_n≧b_nが常に成り立っているとする。ここで、lim(n→∞)b_n=∞であるならば、lim(n→∞)a_n=∞であることを示せ。

問10 a_n≦b_n≦c_nが常に成り立っているとする。ここで、a_n、c_nがともにαに収束するならば、b_nもαに収束することを示せ。

問11 a_n≧b_nが常に成り立って、a_n、b_nがどちらとも収束すれば、lim(n→∞)a_n≧lim(n→∞)b_nが成り立つことを示せ。

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