始動する邪悪

 焼けげた廃村はいそん鼻歌はなうたまじじりで歩く人が一人いた。

 彼女はメアリ。低い背丈せたけに女盗賊のようなセパレートの衣装をした元聖杯を継ぐ者の斥候せっこう役。ショートの銀髪に黒い瞳を持つ彼女はある所まで歩くと足を止めた。

 彼女がそれを見上げるとそこには一つの教会があった。


「くそったれな教会っ! 」


 血がにじむほどに拳をにぎるが「ふぅ」と息を吐き落ち着く。

 この教会にはもう誰もいない。

 何故ならば彼女達が供物くもつとしてささげたからだ。


 しかし込み上げてくる、——教会に対する怒りはどうしようもない。

 それは彼女の過去に起因きいんする。


 彼女はその昔教会が運営している孤児院で育った。

 上には世話好きな姉的存在がおり下には弟的な存在がいる、いつもニコニコと優しい院長が運営するまずしいながらも平和な孤児院。


 しかしある時教会のえらい人が護衛をともなって教会を訪れた。

 何やら大事な話があると彼女達は違う部屋で待機させられ不安になる。

 悲鳴のような物が聞こえ部屋を出ると、そこにいたのは男と院長だったもの。

 そして彼女達は男によって奴隷として売られた。


 奴隷として売られる途中、メアリ達は襲撃を受ける。

 そしてもう何も気が起きない表情で彼女達を助けた者を見上げると、その者が一言。


 『おおお。これは素晴らしい絶望だ。どうだね、君達。私と一緒に来ないかね? 』


 これがメアリと邪神教団との最初の邂逅かいこうであった。


 メアリが教会を見て憎悪ぞうおを燃やしている中一人の男が彼女に近寄る。

 メアリも気が付き振り向くと、そこには黒い司祭しさい服を着た男性が一人いた。


「この世界は間違っている。そう思わないかね? 敬虔けいけんなる使徒メアリ」

「全くもってそう思うよ」


 メアリが言うと男は更に近付きメアリ同様に教会を見上げた。


「確かに神々は世界を作られた。しかしそれは間違った」


 無言でメアリは男の話を聞く。

 メアリにとって彼の説法せっぽうはどうでもいい。

 任務に忠実ちゅうじつなことから他の教団員から『敬虔けいけんなる使徒』と呼ばれているが、その実は説法も神もどうでもいい。

 何故ならば——。


「そもそもヒトと言う存在を、知的生物を作った時点で誤ったのかもしれないね。何せ世界を間違った方向に導くのだから」

「イビルガルド。僕がその話に興味がないのは知ってて言ってる? 」

「おおお。そうだった。話せる同志どうしが少ないものでね。ついつい話せる相手がいるとこうして話してしまうのだよ」

「……正直迷惑だからやめてよね。僕はこの間違った世界を壊せればいいだけなんだから」


 彼女は世界の滅亡を願っているだけだから。


 メアリにとって邪神教団は世界を滅亡させるための道具に過ぎない。

 確かに最初に助けてもらった恩はあるが、もう返したと思っている。

 彼女にとって邪神は世界を滅亡させるもっとも効率の良い存在。

 それさえ成せれれば邪神教団でなくても良いのだ。


「さ、行こう。同志メアリ」


 そう言いながらローブの男は歩き出す。

 メアリは彼について行き、そしてある場所に辿たどり着いた。


 ★


 メアリとイビルガルドは薄暗い地下を行き広い空間に出る。

 そこには大きな長方形の机があり二人は椅子に座った。


「むむむ……。やはり実験体の数が少ないせいか研究が進まない」

「あまり供物を実験に使わないでください。邪神様へ捧げるものが少なくなってしまいますので」

「ドク。本当に自重じちょうしてよね。供物を手に入れるのだって大変なだから」


 メアリにドクと言われた男は汚れた白衣を着ているのがわかる。

 その不清潔な様子にメアリだけでなく他の団員も顔をしかめるが本人は気にしていない。

 徹夜てつや明けなのか眠たそうな顔をして倒れるように椅子に座り、少しパーマがかった茶色い髪をいた。


「しかし人工的にダンジョンを発生させるのは教団の目的にそくしているはず。やはりこちらにももう少し分けていただきたい」

「確かにそうですが」

「イビルガルド。この男の口車くちぐるまに乗ったらダメだよ。いつもの手じゃないか。自分の無能をたなに上げて、研究が進まないというのは」

吾輩わがはいは無能ではない!!! 」


 ドン! と机を叩き怒るドク。

 しかしメアリも抗戦こうせんする。


「無能だよ。何かと理由をつけて自分の失敗を違うものになすり付けるんだから」

「そのようなことはない!!! 事実アルメス王国では成功したじゃないか! 」

「その後簡単に攻略されたけどね」

「発生させることは出来た! これを成功と言わず何という!!! 」

「邪神様を降ろせていない時点で、不成功だよ」

「なにをぉ! 」

「ドクもメアリも落ち着いてください」


 イビルガルドがそう言うと二人はにらみ合ったまま口を閉じた。

 イビルガルドはこの場の最高責任者。

 考えは違えど、邪神教団に所属している以上彼には逆らえない。


「ドク。確かに貴方はダンジョンを人工的に発生させることが出来ました」

「そうだ。吾輩は決して無能ではない! 」

「ええそうです。しかしそれに費やす供物の量も考えてください。我々が村を襲いせっかく手に入れた邪神様への供物をこうも早く消費されては、我らがしゅに捧げるものが無くなってしまいます」

「むむ……」

「村を襲うごとに我々の行動もとりづらくなるのは、貴方の回転の速い頭ならわかりますよね? 」

「……そうだな」

「これからも供物をそちらに渡します。なので可能な限り消費を抑えてください」

「……善処ぜんしょしよう」


 ドクの言葉に少し落ち着いた様子で今度はメアリの方を向く。


「そしてメアリ。調子はどうですか? 」

「成功したみたい」


 メアリの返事を聞いて大きく目を開けるイビルガルド。

 ドクも食いつき顔を寄せた。


「それは素晴らしい! 」

「今はどんな感じだ? 体調は? 体の動きは? 魔法の発現の有無うむは!!! 」

「あぁあ、もう! ドクうるさい! 」

「短剣の開発は私がやったんだ! 更なる機能の向上を目指し君の体について聞くのは不思議ではなかろう! 」

「ドク、落ち着いてください。しかし一部、一瞬とはいえ邪神様の力をその身に宿やどした感覚は私も気になりますね。メアリ。教えていただいても? 」


 イビルガルドの言葉にメアリはニヤリと笑みを浮かべるた。


「絶好調だよ」


 それを聞き更に好奇心に駆られるドク。

 イビルガルドはうらやましそうにしながらも「今の所は我慢しておきましょう」と言いドクとメアリのやり取りを見る。

 彼は少し口角を上げて天井を見ながらぽつりと呟いた。


「あぁ。お会いできる日が楽しみでございます。邪神様」


———

 後書き


 こここまで読んでいただきありがとうございます!!!


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