『悪神』ロキと『死神』ヘル

「そこで大人しくしていろ!!! 」


 男騎士は手足を縛られたロキをろう屋に放り投げ、「ガシャン」と音を鳴らして閉じ込めた。

 カシャン、カシャン、カシャンと騎士が遠のいていく音がする。

 同時に見張りの騎士と交代する声が彼の耳に入った。


 (ん~全くひどいよね。ボクを閉じ込めるなんて)


 酷いと思いつつも彼は余裕な様子。

 少し動くも、「動くな! 」と交代した看守かんしゅに怒鳴られて動きを止める。


 ここはアルメス王国王城下にある特別監獄かんごく

 極悪人を入れるこの国で最も堅牢けんろうな監獄なのだが、今は彼一人しかいない。

 それもそのはず。

 ここに入れられる程の極悪人はロキが久しぶりなのだから。


 目を隠されているロキだがその向こうを見ることができる。

 目だけを少し動かして周りを見た。

 すると彼の目には石でできた部屋とちょっとした、凍死とうしを予防するための毛布もうふが一つ。

 上に動かすも窓のようなものは見えず正面に鉄格子てつごうしがあるだけ。

 換気かんき用の窓がないのはここが地下であるからで、鉄格子は彼を逃げ出さないようにするため。


 (思っていたよりも清潔せいけつだね)


 簡素な監獄だが率直そっちょくにロキはそう感じた。

 幾ら極悪人を殺さず情報を吐き出させるためとはいえ掃除が行き届いている。下手をするとちょっとしたぼろ宿よりも豪華かもしれない。

 ロキはそれを今一人めしているわけで、彼は今この状況を楽しんでいた。


 (こっちに来る時何も食べ物を持ってこなかったからね。こっちで買った物しかアイテムボックスに入れてないけど……、何かあったかな? )


 少し時間が経ちロキはそう思った。

 頭の中を巡らせて買った物を思い出す。


 (あぁ。パンとかいいね。それにしよう)


 硬くしばられていたはずの手はするりと縄を抜け何もない所を探る。

 そしてそこからバケットを取り出しパンを手に取った。

 

 ここから逃げれるはずがない、と思っていたのか看守はウトウトしていたがパンの匂いですぐに起きた。


「! いつの間に縄を?! 」

「ん? どうしたの? あ、もしかして君もパンが欲しいのかな? 」


 パンをもぐもぐと食べながら言うロキに看守は剣を取り構える。

 ロキが何もなかったかのように、まるで友達にパンを上げるように差し出すが「違う! 」と言い剣を抜いた。


みょうな術を使うとは聞いていたがまさかあの縄を抜け出すとは」

「うんうん。良い縄だったと思うよ。縄をしている間、スキルを封印するような効果があったみたいだね。グレイプニルの真似事まねごとかな? 」

「グレイプ……良くは分からんことを」


 あせる看守。

 今彼は個々を離れる訳にはいかない。もし離れてしまったらロキが逃げてしまうかもしれないからだ。

 逆に彼が再度縄を巻き直すことはできない。

 彼自身かなりの実力者であるが相手はいつのまにか縄を解いた人物。彼の直感が「絶対に勝てない」と言っている。


「どうしたの? あ、もしかしてボクと遊びたいのかな? 」

「そんなことはない! 」

「えええ~。ボクは遊んでくれると嬉しんだけどな。お兄さん」


 そう言われた瞬間看守は腕輪の魔道具を発動させて精神攻撃に耐える。


「へぇ。あれを防ぐんだ」

「ここがどこだと思っている。極悪人を入れる監獄だぞ? そなえくらい常識の範囲……だ」


 ロキに言いながら彼はぱたりと倒れてしまった。

 するとその奥からカツカツカツとヒールのような音が聞こえる。

 ロキもそれに気が付いたのか顔を上げて手を振った。


「おおおーい。ヘル。ここだよ」

「……どこに行ったかと思えば。こんなところで何をしているのですか? お父様」

「冒険者ごっこに、今は犯罪者ごっこ? 」

「お父様も良い歳なのですから遊ぶのもほどほどにしてください」


 ロキの前まで来てヘルと呼ばれた女性が言う。

 彼女は肩まである黒髪に黒目のおっとりとした女性だ。

 しかしどこか冷たい雰囲気をまとっている。

 それもそのはず、彼女は地獄の女王にしてロキの娘・死神『ヘル』なのだから。


「しかし人に捕まるなど……ワザとにしては行き過ぎてないですか? 」

「いやぁ、それがそうでもないんだよ」


 その言葉にヘルは首をコテリと傾げる。

 そしてロキが説明を始めた。


「冒険者ごっこをしていた時にね、神殺しの肉体を持つ奴と出会ってさ。まずいと思って一旦こうして捕まってみたんだよ」


 とほほ、とコトンと首を下に向けなていうロキ。

 それを聞きヘルはあることを思い出す。


「……神殺しの肉体。そう言えばこの前おじ様に死神の分体を寄越すよう言われましたが、今度はおじ様がらみでしょうか? 」

「え! 義理兄にいさん何か面白いことしているの?! ボク聞いてない」

「お父様に話すと問題を起こすと思われているのでは? 」

「ボクはそんなに問題児じゃないのに酷いもんだ。……ヘルも何気なにげにボクの事を問題児と思ってるよね? 」

「そのようなことはありません。しかしもう少し大人しくしてもらえればとは思いますが」


 ヘルが言うとロキは文句を言う。

 彼は少し溜息をつきながらヘルに聞いた。


「で、義理兄にいさんが何をしているのか聞いても良い? 我が可愛い娘の事だ。分体を渡す代わりに何か教えてもらっているんじゃないのかな」

「……隠しても仕方ないのでお伝えしますが、この世界はもう少しで滅亡するらしいですよ? 」

「ええええーーー!!! ボクまだこの世界で遊びきってない!!! 」

「でその——恐らくお父様とあった——人物に試練を与えて滅亡を回避すると……、はぁ。やっぱりお父様はお父様ですね」


 両手を広げながら倒れ込みバタつき不満を言うロキ。

 それを見てヘルは大きく溜息をついた。

 しかし何か思いついたのか、ロキはすぐに体を起こす。


「ならボク達がその試練の一端いったんになってあげようじゃないか! 」

「もう試練は終わっているのですが? 」

「いやいやヘル君。世界滅亡の危機ならば戦力は多いほうが良いと思わないかい? 」

「確かにそうですが」

「ボクとしてもこの世界遊び場が無くなるのは困るもんだ。うんうん。だから積極的に頑張ろうじゃないか! 」

「……止めても無駄なようですね。私はお父様を連れて帰ろうと思いここまで来たのですが、私はここで」

「何を言っているんだい? ヘル。君も一緒に試練を担うんだ! 」

「え? 」

「後はトールも一緒に遊ぶのが良いよね。仲間外れは嫌だもんね! 」

「今遊ぶって」


 困るヘルにはしゃぐロキ。

 ロキの言葉を聞いて「もしかして世界が滅亡する原因はお父様では? 」と思ったが止めるのを諦めた。

 結局の所彼女にとってもこの世界は多くある世界のたった一つの世界に過ぎないということで。


 ともあれこうして『悪神』ロキが世界に解き放たれた。

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