第57話



「先輩。」



 ギルバートは、監察庁の自分のデスクで顔を顰めていた。そのあまりに恐ろしい表情にどの職員も近寄りがたく遠くからギルバートの様子をちらちらと見ていた。そんなギルバートに近寄り、気軽に声を掛けるのは一人しか居ない。



「先輩!」



 ジェフリーの声掛けに、いつもならすぐ反応するギルバートだが今日は返事が無い。手にしている書類を一心に見ている、ように見えるが実際には違うことを有能な補佐官だけは気付いていた。




「またアンちゃんのこと考えているんですか?」



「……っ、な……。」



 漸く視線が合った上司に、ジェフリーは屈託なく笑った。



「先輩が考え込むことなんて、アンちゃんのことしかないでしょう。」



 大きく吐かれた溜息に周りの職員たちはびくりと警戒しているようだが、ジェフリーはけらけらと笑い声を上げた。その溜息が肯定の意味だと分かっているからだ。鬼の監察官と呼ばれるギルバートは、ここ最近愛する婚約者との結婚式の為に奔走している。



「ドレスの注文も済んでいるんですよね?」



「……ああ。」



 王都一のデザイナー、アベールへ結婚式のドレスをオーダーすると「ああん!腕が鳴るわ!」と腕まくりをし屈強な腕を見せつけた。




「先輩のご両親との顔合わせも無事終えられたって聞きました。」



 ギルバートは頷いた。ギルバートの両親へ挨拶することとなりアンはガチガチに緊張していた。侯爵家のギルバートの家族に受け入れてもらえるのか不安に思っていたようだったが、ギルバートの両親も兄夫婦もアンを歓迎し可愛がってくれておりアンも嬉しそうに笑っていた。



「他に何か心配事でも?」



「……っ、何か抜けていることが無いか考えていただけだ。」



「まさか。」



 この几帳面すぎる鬼の監察官が何か忘れているなんて天と地がひっくり返ってもあり得ないことだ。だが、ギルバートは首を振った。



「些細な失敗も許されない。」



 結婚式という幸せな話題と似つかわしくない恐ろしい表情にジェフリーは噴き出した。式の準備にここまで熱を入れているのは、この上司がそれだけ婚約者を想っているということだ。




「何か失敗があっても、アンちゃんは笑ってくれるでしょう。」



 ジェフリーの言葉にギルバートはぴくりと反応した。例えドレスが間に合わなくても嬉しそうに笑っているようなアンの顔が浮かんだからだ。


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