第20話



 それから、アンの生活は少しだけ変わった。



 まず、社交やマナー、ダンスの家庭教師がねこのパン屋に来るようになった。移動時間だけでも減らし、アンの負担を軽くしようというギルバートの配慮だった。レッスンは週三回、時間は一時間以内だ。


 平民のアンですら、これは少なすぎることに気付き、もう少し増やしても良いと伝えた。だが、これ以上レッスンが増えることを、ギルバートが反対した。




 そして、神殿と魔術協会に週半日ずつ行っていたのを、週一日ずつに増やした。これはアンから希望したものだ。デニスから聖女の癒やしの力が受けられずに困っている存在を聞き、力になりたいと思うようになったからだ。これにギルバートは苦い顔をしていたが、アンが説得を重ね、絶対に無理しないという約束をし、漸く了承してくれた。



(ギルバートさん、心配してくれているんだよね。)



 レッスン時間も、聖女としての仕事のことも、全てアンのことを心配してくれているからこそのことだ。ギルバートの一つ一つの思いに、アンは心がぽかぽかしてくるのを感じた。





◇◇◇




 神殿や魔術協会に来る時間が長くなったことで、グレッグやロナルドは大喜びだった。今日は神殿でのお仕事の日、来る人の手を握り、癒やしの力を込める。



「今日は終わりですよ。」



 グレッグに声を掛けられ、アンは息を吐き、伸びをした。



「ふぅ~お疲れさまです。そういえば、デニスさんの娘さん、最近見ないですね。」



 誘拐未遂を起こしたデニスは、情状酌量が認められ、罪には問われなかった。デニスの安全を守るためにも、現在は神殿の敷地内で娘、レイと共に暮らしている。デニスの妻は随分前に他界したと聞き、父娘二人きりで病魔と戦っていたデニスの心中を思うと、アンは胸が締め付けられる思いだった。


 デニスから、病に罹患している娘がいると聞いたその日の内にアンは、レイの元へ行き、病を治した。十歳の娘だと聞いていたが、年齢よりも随分小さく見え、病が想像以上に侵食していたことが伝わってきた。そして、レイは、自身を苦しめていた病を、あっという間に治してくれたアンによく懐き、アンが神殿に来る日は必ず顔を見せに来ていた。



「レイは、最近治療士になりたいって必死で勉強しているみたいですよ。」


 本当はアンのように聖女になりたいと、レイは訴えていたが、父デニスによって聖女というものは努力してなれるものではないことを教えられ、病気を治す治療士を目指すようになったようだと、グレッグに聞きアンは思わず笑みを溢した。



「アン。もう終わりか。」



「おや。婚約者様のお迎えの時間ですね。」



 グレッグは穏やかに笑った。そう、生活の変化はもう一つあった。アンが、神殿と魔術協会に行く日はギルバートが迎えに来るようになった。多忙を極める鬼の監察官に迎えに来てもらうなんて、とアンは辞退しようとした。しかし。


「婚約者として過ごす時間を設けなくてはならない。」



 いつものように決まりを伝えるかのように、真面目にそう言い放ったギルバートに、ジェフリーは顔をしかめていたが、アンはギルバートらしいと笑ってしまった。週三回、監察庁に行くのは続いているが、それは監察官と聖女として会うためのものだ。堅物な監察官との帰り道は、アンのお気に入りの時間となった。

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