第8話



 カフェからの帰り道。ソフィアは以前からハロルドに聞こうと思っていたことを、思いきって尋ねた。




「・・・・・・ハロルドは、どうして私に声を掛けるのですか。」




「ソフィアが好きだからだよ。」




 いつも通りの綺麗な笑みを浮かべて、ハロルドは真っ直ぐ伝えてきた。いつものソフィアなら、ここで面倒になって話を切り上げてしまう。だが、今日はまだ帰り付くまで時間がある。正直ソフィアは、ハロルドの好意をあまり信じ切れてはいない。揶揄われている、それくらいの捉え方だ。好き、の言葉は流して、更に質問を重ねる。





「・・・・・・ご家族から結婚するように言われたりしません?」




「うーん、俺は三男だからね。好きにしていいって感じかな。」




「・・・・・・そうですか。ハロルドには結婚願望は無いのですか?」




「あるよ。」




 ソフィアは一筋の光を見つけ、目を光らせた。そんなソフィアを見て、ハロルドは笑みを溢した。




「ソフィアとの結婚願望だけ、ね。」




「む・・・・・・。」




 ソフィアの顰めっ面に、ハロルドは吹き出した。眉間に皺を寄せた顔すら、可愛らしい。ハロルドはソフィアの表情を楽しんだ後、ハロルドからソフィアに聞きたかったことを尋ねた。





「ソフィアは結婚願望って」


「ありません。」




 ソフィアは食い気味に答えた。





「どうして?」




「・・・・・・ハロルドも家の家系が美形揃いなのは知っているでしょう。」




「ああ。」




「それで幼い頃は、婚約話が相当来ていたんです。だけど、私が美形ではないと分かって顔を見ては断られて、悪態をつかれて。」




「・・・・・・。」




「それから、婚約とか、容姿のこととか、もう嫌になってしまったんです。」





「・・・・・・。」





「ハロルド?」



 つい話しすぎてしまっただろうか。ハロルドは立ち止まり、俯いて黙り込んでしまった。ソフィアが、ハロルドの顔を覗き込むとハロルドの顔が怒りで塗れていたーーーいつもの、薄汚いことをするハロルドよりも、ずっと恐ろしい表情だ。





「・・・・・・ハ、ハロルド?」




「・・・・・・せない。」



「へ?」





「許せない。ソフィアを傷付けたのは、どこの家の者ですか?全員教えてください。」



 いつもの落ち着いた口調とは違い、早口でソフィアに迫ってきた。




「ちょ、ちょっと、ハロルド、そんなこと聞いて、どうするのよ?」




「然るべき処置を施します。」




 ハロルドの処置、それは恐ろしい報復を意味する。当時、婚約話を持ってきた者は、ソフィアの家と関係が深い家も多い。どうにかこの冷徹執事を止めなければ。ソフィアは全身の血の気が引いた。





「ハロルド、もう当時のことは良いんです。傷付いてもいないです。」




「だって、そいつらのせいで、ソフィアは俺の言うことを信じてくれないじゃないか。俺は、ソフィアのこと、本当に可愛くて、好きだって!本当に思っているのに!」



 ソフィアは、ハロルドが声を荒げる様子を初めて見た。ハロルドは、仕事中は冷徹だし、ソフィアを口説いている時は甘い王子様のようだ。こんな風に感情的になることはなかった。






「ふふっ。」




 ソフィアは笑い声を漏らした。ハロルドは驚きの余り、怒りを忘れた。





「ハロルド、ありがとう。」




 ソフィアの容姿を手放しで褒めてくれたのは家族だけだった。ハロルドはいつも褒めてくれていたけれど、ずっと信じられなくて聞き流していた。



 だけど、今日のハロルドの叫びはソフィアの胸に響いた。ふわりと笑ったソフィアに、ハロルドは目を奪われていた。

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