第2話
「お嬢様、おはようございます。」
「ソフィア、おはよう。」
十五歳とは思えぬ、洗練された美しい微笑みを溢す彼女は、ソフィアが誠心誠意仕える、ハワード公爵家の長女シャーロットだ。
王子妃候補として、王宮に通うこと五年。シャーロットは、日々王子妃候補らしく素晴らしい淑女に成長しており、そんな彼女に仕えられる事こそが、ソフィアの誇りだった。
「ふふふ。」
急に笑いだしたシャーロットをソフィアは少し怪訝そうに見た。
「どうされましたか?」
「さっき、ハロルドが来たのよ。」
ソフィアが言葉を失っていると、シャーロットは「珍しいでしょう。」と笑った。ハロルドは、シャーロットの父の執事だ。シャーロットの所へ来ることは殆ど無い。
「そしたら、何て言ったと思う?〈ソフィアは、ミルフィーユが苦手なので食べさせないで頂けると助かります。〉って言ったの。」
シャーロットは可笑しそうに笑っているが、ソフィアは絶句した。ソフィアはシャーロットからの要望で、一緒にお茶をする機会も多く、その時にスイーツが出される。ハロルドはそこでソフィアがミルフィーユを食べる機会を無くし、ハロルドからの誘いにソフィアが頷く可能性を上げようとしているのだ。
ソフィアが「ミルフィーユは苦手ではありません。」と伝える前に、シャーロットが「ハロルドとソフィアは同期だものね。仲良しなのね。」とふわふわ笑った。王子妃候補でありながら、純粋なところがあるお嬢様へ、ソフィアは事実を伝えることが出来なかった。
◇◇◇
「ソフィア。」
今日も飽きもせず帰り道で待ち伏せていたハロルドから、一輪の薔薇を嫌々ながら受け取る。
「ハロルド。貴方、ルール違反ですよ。」
いつも以上に冷たい視線で見据えられても、ハロルドは嬉しそうに笑った。
「ルール違反?」
ハロルドはとぼけた顔をしており、そこがまた癪に障る。
五年前、ハロルドからの熱烈なアプローチが始まった時、昼夜問わずハロルドからの接触があり、ソフィアはハロルドファンのメイド達からやっかみを受けた。それが暫く続き、静かに激怒したソフィアは淡々と、ハロルドの主であるハワード公爵へ業務妨害をされていると告げた。
公爵はハロルドに厳重注意し・・・・・・もっとも、ハロルドには響いていなかったが・・・、業務時間中の接触は禁じられ、時間外のアプローチも、常識の範囲内で、最低限の時間で、ソフィアの意向を最優先すること、と定められた。ソフィアは、アプローチ自体、禁止にしてほしかったのだが、ハロルドが公爵を言いくるめたのだろう。結局、アプローチ禁止には出来なかった。
それ以降の五年間、ハロルドは決められたことを守り、一日に一回、帰り道に話しかけるだけになった。あの帰り道の待ち伏せも、ハロルドにしてみれば相当我慢しているのだ。シャーロットに接触することなんて今までに一度もなかったのに。
「業務時間中にアプローチはしない、という決まりです。」
お嬢様に変なことを言ったでしょう、とギロリと睨み付けると、ハロルドは思い出したように笑った。
「ソフィアには、接触していないじゃないか。」
「お嬢様にも業務以外、接触しないで下さい。」
ハロルドは、にんまりと笑った。
「ソフィア、もしかして嫉妬?」
「違います。」
いつものように一刀両断されたハロルドは、やはりいつものように嬉しそうに笑っていた。
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