冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ

第1話



「ソフィア、俺と結婚しよう。」



 ソフィアが仕事を終え、使用人用の宿舎に向かって歩いていると、誰もが見とれる、絶世の美男子ハロルドが『いつも通り』待ち構えていた。ハロルドは美しく微笑み、一輪の薔薇を差し出す。ソフィアは、渋々と受け取り、表情を変えずに、冷たく答えた。




「お断りします。」




「じゃあ、次の休みにデートしよう。」




「お断りします。」



 ソフィアが一刀両断し大きく溜め息をついても、ハロルドはにこにこと嬉しそうに笑う。ソフィアはもう一度大きな溜め息をつく。ソフィアは、五年間毎日続くプロポーズにうんざりしていた。






◇◇◇◇




 二人は、十八歳の頃、同じときにハワード公爵家に勤め始めた同僚である。公爵家に勤めるには、かなりの能力が求められる。二人とも、別々の学園で優秀な成績を修め、公爵家に勤め、五年が経過していた。




 ハロルドは、テイラー子爵家の三男であり、現在二十三歳。ハワード公爵の専属執事を務めている。大変な美丈夫で、女性に好かれ、声を掛けられることばかりの人生である。



 一方で、主であるハワード公爵にすら、切り捨てた物言いをする冷酷無慈悲な性格だ。その性格すら、眉目秀麗な見た目にはプラスにしかならないようで、より女性人気を高めている。




 そんなハロルドに、何故か言い寄られているソフィアは、リドリー子爵家の長女であり、ハロルドと同じ二十三歳。ハワード公爵の娘であり、王子妃候補のシャーロットの専属侍女を務めている。






「はぁ。」



 ソフィアは、自室に戻るとまた溜め息をついた。ハロルドから渡された薔薇を花瓶に差す。毎日受け取っている一輪の薔薇は、花瓶いっぱいになっている。



 どうせ断るのだから、薔薇は受け取らないでいたいのだが、ハロルドが受け取らないと薔薇を処分するようなことを匂わすので、花に罪はないのだからと渋々受け取っている。




「なんでハロルドは、こんな女にプロポーズするのかしらね。」



 薔薇に話しかけながら、ソフィアは髪の毛先をくるくると弄んだ。ソフィアの髪色も、瞳の色もミルクベージュでこの国では地味な部類だ。体型も一般的で、なぜこんなにも地味な自分に五年間もプロポーズし続けるのか理解できない。



「ハロルドなら、引く手あまたでしょうに。」



 それこそ、高位貴族の女性と結婚することだってできるだろう。ソフィアは、ハロルドの優秀さはよく理解しているし、ハロルドのことが嫌いという訳ではない。彼が幸せな結婚をするなら、お祝いしたいと思うくらいには、同僚として認めている。だが。




「私以外でお願いしたいわね。」



 ソフィアは、十年以上前から結婚しないと決めていた。それは、ハロルドに何度甘い言葉を囁かれようと、変わらなかった。





◇◇◇◇





 ソフィアの生家であるリドリー家は、代々美形が生まれる家系である。親戚一同、美形揃いで、それはソフィアの両親も弟も同様である。




 髪色も瞳の色も綺麗なブロンド色で、目鼻立ちもハッキリしている。対して、ソフィアは平凡な髪色と瞳の色で、目は小さいし、鼻は丸っこい。リドリー家の女性は、皆スタイルが良く凹凸のある体型だが、ソフィアは普通体型のぺったんこである。




 そんなソフィアを、両親も弟も「可愛い」と昔から、しつこいほど言ってくるが、ソフィアは物心ついた頃には自分の容姿のレベルをよく理解していた。というのも、リドリー家の長女ということで、どんなに可愛らしい娘だろうと期待して近付いてくる人たちが、ガッカリした顔を見せることは幼い頃から日課のように頻繁にあったからだ。




 ガッカリするくらいなら良い。聞こえよがしに、ソフィアの容姿を馬鹿にしたり、酷いときは母親の不貞を疑う者もいた。ソフィアに会わずに婚約を申し込み、実際に会ったらあちらから断るような無礼なこともしょっちゅうあった。





 両親は、ソフィアを愛してくれていたが、それ故に「うちの娘は可愛いから!」と外で断言しており、それを聞いた人はソフィアの容姿に期待してしまい、婚約話が余計増えてしまっていた。





 こんな幼少期を過ごしたソフィアは、婚約話にうんざりし、学園に入学する頃には「絶対に結婚しない。」と断言し、漸く婚約話は持ち込まれなくなった。一人で生きていくことを決めたソフィアは、上位貴族の侍女を目指し、学園でも必死に勉強していた。







◇◇◇◇





「ソフィア。」





 今日も宿舎への帰り道に、待ち伏せていたハロルドに声を掛けられる。ソフィアは知らんぷりして歩き続けるが、ハロルドは気にせず後ろを着いてくる。





「今から、飲みに行かない?明日休みだろう。」




「いえ。お酒は飲まないので。」




「じゃあ、新しく近くに出来たカフェに行こう。ミルフィーユが美味しいらしいんだ。」




 ソフィアは一瞬静止した後、また歩き始めた。その様子を見たハロルドはにんまりと笑う。



「・・・いえ。行きません。」




「皆に評判みたいだよ、ミルフィーユ。」




「いっ、行かないですから!」




 ソフィアは、走り出し、止まらなかった。ハロルドの声が聞こえるが、聞こえない振りをして、自室まで振り向かなかった。




◇◇◇◇




 ソフィアは、シャワーを浴びながら、一瞬でもミルフィーユに心を揺るがせてしまった自分に苛立っていた。




(はぁ~・・・次からは気を付けないと。)




 せっかく五年もの間、隠していたソフィアの好物がバレてしまった。以前、ソフィアがマスカットが好きだとハロルドに知られた時も大変だった。美味しいマスカットを探してきては、プレゼントされるので、ソフィアはマスカットを食べ過ぎて嫌いになった程だ。


 今後はミルフィーユの美味しい店を探して、揺さぶってくるだろう。用意周到なハロルドに、流されないようにソフィアは毎回必死だった。






 コンコン。



 ドアのノックの音が聞こえて、慌てて駆け寄る。この時間帯、よく管理人が預かった郵便物を持ってきてくれる。その為、ソフィアはドアの外に誰がいるか確認もせずにドアを開けてしまった。






「ソフィア。」



 嬉しそうなハロルドの顔に、ソフィアは眉間に皺を寄せた。




「急に来てごめんね。これを渡すだけだから。」



 ハロルドから手渡された紙袋には、先程話していた新しく出来たばかりのカフェの店名が書かれている。





「あ、ありがとうございます・・・。」



 ハロルドのことだ。受け取らなければ、また処分することを匂わすだろう。ソフィアは諦めて渋々受け取った。





「お風呂上がりだね。可愛い。」



 ハロルドは、ソフィアの短く切り揃えられた髪の一房を手に取った。




「止めてください。」



 ハロルドの手を払い落とすと、ソフィアはさっさとドアを閉めた。こんな失礼な態度を取られても、ハロルドは全く気にしていなかった。






 ソフィアは部屋に戻り、ぱくぱくとミルフィーユを口に入れながら、改めて思った。もう美丈夫には関わりたくない、と。そして、ドアの外にいる人間は必ず確認しよう、と。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る