内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<3日目・夜 川岸>

 赤橋に辿り着いた三人は、夜の秋風に揺れる木々に覆われた茂みを通って、川岸に出た。


 半分、雲に隠れた月が、水面を照らしている。静寂した周辺には夜行性の野鳥と蛙の鳴き声が響いていた。


 さらさらと流れる透明度の高い川に骨を流してゆく。灰となった骨は川に流され、形を残した欠片は石の間に沈んでいった。


 流れゆく川に流されていく骨を見つめる健也がポツリと言う。

 「人間も焼いてしまえばただの骨。そう思うとルックスの良し悪しなんかどうでもよくなる。結局みんな骨なんだから」


 真人は言った。

 「だったら理科室の骨とでもヤッてろ」


 「直美」健也は直美に目をやった。「お前コイツに騙されてるよ。直美はリアルなダッチワイフ」


 「何言ってんの? 意味わかんない」直美は不愉快な表情を健也に向けた。「バッカみたい」


 真人は健也に言い返した。

 「そうだよ。こんなバカな男の話を聞く必要はない。オレ達は愛し合ってるんだから。僻みもいい勘にしろ」


 直美がふたりに言った。

 「言い争ってる場合じゃないよ! 『ローン地獄』がルーレットを回した!」


 二人は自分達のスマートフォンの画面を祈るような気持ちで見つめた。


 ルーレットを回した『ローン地獄』が出した数字は<5>


 三人はその数字にほっとした。


 ローン地獄の駒は4マス進んで、ゴール地点で1マス多い為、5マス戻った駒が直美の駒と同じマスに停止したので、直美同様に白のままなのかと思いきや、黄色に変化し、円マークが表示された。同じマスに泊まったからといって、同じ色とはかぎらない。


  【『ローン地獄』


 ゴールまで5マス


 所持金 964,097円


 身体状況 右足首捻挫<軽傷>


 左人差し指 刺し傷<軽傷>】



 【お金を稼ぎましょう!】


 酒が入ったコンビニの袋を手にしたほろ酔いのおじさんが、陶然として夜道を歩いています。


 お金も減ってしまった事ですし、ここはスリで稼ぎましょう。


 ♪財布をスってお金をゲッドする♪


 【END】



 暫く無言が続いた後、真人のスマートフォンの画面にルーレットが表示された。


 次こそいい数字出してやる! と気合を入れて【スタート】ボタンをタップし、【ストップ】ボタンをタップした。


 ルーレットが示した数字は<10>


 「やった! 10だ! オレと直美は『ローン地獄』と同じマスに止まった」


 健也の駒は、三人の2マス後ろにある。たった2マスでも焦った。


 「くそ!」


 10マス移動した駒の停止位置の色がピンクへと変化し、ハートが表示された。


 「ハート?」


 まさか……


 健也とヤるとかじゃないよな……


 「恋愛……」と呟いた直美は、唇をギュッと噛んだ。


 自分が他の男とセックスするより、愛する真人が他の女と寝るのは絶対に許せない。


 まだ指示が表示されていないのに、沸々と嫉妬の感情が湧き上がった。


 (あたし以外と寝るなんて、許せない! 絶対イヤ!)


 画面に表示された指示に目をやった。


 【『獣医師』


 ゴールまで5マス


 所持金 940,877円


 身体状況 治りかけのたんこぶ<軽傷>


 全身包帯ミイラ男<重傷>】



 【恋をしましょう!】


 昨夜より、月が出てますね。


 川岸でロマンチックなセックスをして、愛を深めましょう。


 『獣医師』さんは『食いしん坊』さんと愛を再確認します。


 『ゲーマー』さんの見ている前で開放的なセックスを楽しみましょう。


 【END】



 「あっはっはっは! やれよ! 早く、やれって! 最高のショーだぜ!」真人と同じ考えが頭に浮かんだ健也は、男同士の戯れではなかったと安堵し、哄笑した。「直美、お前の感じてる恥ずかしい顔を拝んでやるよ! いいねリアル恥辱系のAV!」


 しかし、直美は平然とショーツを脱ぎ捨て「他の女とヤル指示じゃなくて安心した。見たきゃ見なさいよ。しっかり見なさいよ」と言って、四つん這いになった。


 真人は直美に覆い被さり、獣のように後ろから攻めた。


 夜のしじまに、淫靡な音と喘ぎ声が響く。


 二人は健也の予想を裏切り、平然と野外セックスを始めた。


 直美は喘ぎ声を上げながら、鋭い目で健也を睨みつけていた。腰を振り乱す真人も同様に、視線だけは健也だった。


 健也はふたりに対して強い恐怖心をいだいた。

 「……」


 (オレは……この2人に殺されるかもしれない! ここから立ち去った方がいいのでは? 二人から姿をくらました方がいいかも……それより、やられる前にやった方がいいのかも……)


 行為を終えてパンツを穿いた直後、直美のスマートフォンの画面にルーレットが表示された。


 ゴールを狙い、ルーレットを止める。


 <3>


 「3? なんなのよ!」


 駒が移動し、3マス先のマスに停止する。マスの色は変わらず白いままだった。



 【『食いしん坊』


 ゴールまで5マス


 所持金 5,000円


 身体状況 瘡蓋<軽傷>】


 【白マスです。自分の順番が巡ってくるまで暫しお待ちを】


 「やったわ!」笑が込み上げた。「あたし、ついてる!」


 健也が言った。

 「お前は次確実に死ぬ!」


 真人は健也に言った。

 「つべこべ言ってないでルーレット回せよ」


 「うるせー! 言われなくても回す!」


 健也はルーレットを回した。


 神経を集中させ、ルーレットの【ストップ】ボタンをタップする。だがゴールまでのマスの数である7は出ず。


 <5>


 「ちくしょう!」


 駒が5マス進み、停止位置のマスの色が緑へと変化し、木が表示された。


 「そ、そんな! 一回休みだ! 嘘だ!」


 真人は高らかに笑った。

 「あっはっはっは!死ぬのはお前だ!」



 【『ゲーマー』


 ゴールまで2マス

 

 所持金 0


 身体状況 風邪】


 【森の中でリラクゼーション 『ゲーマー』さんは1回休み】



 そして、『ローン地獄』がルーレットを回した。


 運命のルーレットが示した数字は<5>


 一同は血の気が引いた。


 5マス進んだ駒がゴールに入ると、画面内に花火が上がり文章が表示された。



 【『ローン地獄』さん! 1着おめでとうございます!】


 よくここまで頑張りましたね!


 賞金の1億円は翌日、通帳に振り込ませて頂きます。


 それでは良い夢を♪


 【END】



 真人は気合いを入れた。

 「ローン地獄が1着。オレも負けてられない!」


 「頑張って、真人」


 真人はルーレットを回した。【ストップ】ボタンをタップする。


 ルーレットが示した数字は<4>


 「くっそ! 惜しい!」4マス進んだ駒が停止した位置のマスの色は直美同様、白いままだった。「よかったぁ!」



 【『獣医師』


 ゴールまで1マス


 所持金 940,877円


 身体状況 治りかけのたんこぶ<軽傷>


 全身包帯ミイラ男<重傷>】


 【白マスです。自分の順番が巡ってくるまで暫しお待ちを】



 続いて直美がルーレットを回した。


 集中し、【ストップ】ボタンをタップする。


 ルーレットが示した数字は<5>


 「うっそ! きゃあ! やった! ゴールよ!」


 焦燥に駆られた健也はスマートフォンの画面を凝視する。


 5マス進んだ駒がゴールへと入り、勝利を祝う文章が表示される。



 【『食いしん坊』さん! 2着おめでとうございます!】


 よくここまで頑張りましたね!


 賞金の5千万円は翌日の早朝、枕元に用意させて頂きます。


 それでは良い夢を♪


 【END】


 「あっはっはっは! やったわ! 真人も頑張って!」


 直美が真人にエールを送った直後、1回休みの健也は自分のスマートフォンを石の上に放り投げ、真人に襲い掛かった。


 「殺してやる!」


 真人は体に傷を負っている。風邪をひいているだけで五体満足な自分なら、真人を殺せると思った。


 「放せ! このやろー!」


 健也は真人の上に覆い被さり、スマートフォンを奪おうと、手を伸ばす。


 石を手にした直美は、それを阻止する為に健也に駆け寄った。


 「死ねー!」


 素早く上半身を翻した健也は、直美の腹部に拳を当てた。


 健也の拳が当たった直美は、膝から崩れ落ちるように倒れ、気を失った。


 真人の上に馬乗りになり、頬を殴りつけ、怯んだ隙にスマートフォンを奪い取った。


 「がっはっはっは! お前は死ぬ! オレが生きる! 1か10は出る確率が少ない!


 適当に押してやる! どうする!? 止まったマスが流れ星に変化して20マスが出たら、お前はゴールから20マス遠ざかることになる!」


 健也は、真人のスマートフォンを掲げ、大笑いしながらルーレットを回した。


 「くたばれ!」


 愉快な気持ちで【ストップ】ボタンをタップする。


 が―――


 ルーレットが示した数字は皮肉にも<1>だった―――


 「ウソだ――――――!」


 殴られた頬を腫らした真人は大声を張った。


 「あっはっはっは! ざまあねえな! お前が死ねー!」


 真人の駒は1マス進み、ゴールへと入っていった。


 【『獣医師』さん! 3着おめでとうございます!】


 よくここまで頑張りましたね!


 賞金の2千5百万円は翌日の早朝、枕元に用意させて頂きます。


 それでは良い夢を♪


 【END】



 その直後、石の上に落ちた健也のスマートフォンの画面に戦慄の文章が表示された。



 【ルールに則り、『ゲーマー』さんの人生を頂きます】


 真人に馬乗りになった健也の身体が、死んでいった二人の友達のようにバラバラに砕け散り、黒い灰となって宙に消えていった―――


 『リアル人生デスゲーム』が終了した瞬間、不思議な事に殺伐した心だった真人は、平常心を取り戻していった。


 横たわる直美を揺する。

 「おい! 直美しっかりしろ!」


 「うう……」直美が瞼を開いた。「真人……」


 殺意が剥き出しだった直美もいつもの優しい心を取り戻し、背を起こす。

 「健也は……」


 自分達は友達の健也を殺そうとしていた。


 あの時、自分とは別の人格に……何かに取り憑かれていたような気がした直美が頬を濡らし、真人にしがみついた。


 「あたし達は、本当に恐ろしいことを平気で……」


 親友を失った真人も涙を流す。


 「怨霊にでも取り憑かれていたみたいだ……ボナンザ……人の心の奥に棲む闇と本能が剥き出しになる恐ろしいゲームだ―――健也……」


 『ローン地獄』が結局どこのどいつなのか、わからないまま、3日間に渡る恐怖の『リアル人生デスゲーム』が終わった―――

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