内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<1日目・夜 自宅>

 健也が真人の自宅冷蔵庫の扉を開けた。


 「コーラはないのかよ」


 「安売りの炭酸飲料を買っておいた」


 「これかぁ……」


 「文句があるんなら飲むなのよ。せっかくお前らが来るともって用意したのに」


 ソファから腰を上げた直美は台所にいき、グラスにジュースを注いで、お盆に載せた。


 真人が笑みを浮かべた。

 「ありがとう、直美」


 「いいの。何かしてないと落ち着かないから」


 「……。そっか」


 手を震わせ、聖那が不安を口にした。

 「この中で確実に一人死ぬ。オレたちみんな一緒にいていいのかな? ここで一人殺したら三人助かる、それでも他のギャンブラーに追い越されそうだったら、またここで一人消せばいい。そう思っちまうんだよ……いまのオレ、精神的にヤバいかも……サイコパスになりそうだ」


 三人は聖那の発言に驚き、健也が怒号した。

 「お前、何考えてんだよ!? 友達を殺せるのかよ!?」


 「だって、オレ怖いんだよ。お前みたいにメンタル強くないしさぁ」泣きながら胸中を打ち明けた。「オレだって最低なこと考えてるって思っちゃうよ、でもぉ……」


 真人も声を張った。

 「みんなだって怖いんだ。みんなだってログインしたの後悔してるよ! まさかこんな非現実的な事が起きるだなんて夢にも思わなっかったんだから!」


 聖那が落ち込みやすくて、メンタル面が弱いことも知ってる、友達なんだから当たり前だ。


 だが……不安がよぎる。


 聖那をここに置いといていいのだろうかと―――


 彼はいま恐怖で頭が混乱しているのだろう。そのうち我に返るだろう……思い詰めて考えると、こっちまで気が狂いそうになる。


 10マス進んで黄色いマスに止まっていた『ローン地獄』から、真人の順番が巡ってきた。

 「『ローン地獄』に何があったの気になるから、ルーレットを回す前に見てみよう」


 真人はローン地獄が止まっているマスをタップした。


 【『ローン地獄』


 ゴールまで39マス


 所持金 100万円


 身体状況 右足首捻挫】



 【黄色】



 【お金を稼ぎましょう!】


 殺人依頼でスナイパーに!


 ♪依頼主から報酬として100万円をゲットする♪


 【死体処理方法】


 こちらで死体処理の方法をチョイスします。


 その間死体は誰にも見つからない場所に保管してください。

 【END】



 真人は青くなった。

 「殺人依頼!? そんなことまでさせらるのかよ!? 冗談じゃない!」


 健也が言った。

 「そんなことより、死体処理ってなんだよ!?」


 「怖いよぉ! オレ、怖い!」聖那は震えながら恐怖を口にした。「やめたい!」


 直美は頭を抱えた。

 「もう無理……」


 黄色いマスに止まり、現金を得た真人も直美も、もし自分達が殺人依頼を受ける指示だったらと考えると、もはや人ごとではない。この先、もっと過激な指示が来るのではないかと、恐怖と不安に駆られた。


 健也が真人に顔を向けた。

 「順番だ。ルーレット、回さないと……」


 真人は言った。

 「オレ、ガチでビビってる」


 「みんなそうだよ。でもログアウトしたら死んじゃうから続けるしかないんだ」


 真人は震える指先でルーレットを回し、【ストップ】ボタンをタップすると<10>で止まった。


 駒が10マス移動し、白マスがピエロの顔に変化した。



 【『獣医師』


 ゴールまで33マス


 所持金 9826万円


 身体状況 たんこぶ


 【困っている人を助けましょう!】


 お隣に引越してきた若夫婦が棚の組み立てに悪戦苦闘。


 不器用さんみたいですね。


 器用な『獣医師』さんはお手の物!棚の組み立てのお手伝いをしてあげましょう!


 ですが、旦那さんに怪我を負わせてしまいます。


 ロシアンルーレットで怪我の重度を選んだら、今すぐ、お隣のチャイムをピンポーン。



 真人は息を呑んだ。

 「……。なあ、見られてるみたいで気持ち悪いし、怖い」


 直美がたずねた。

 「隣、引越しして空室だったよね?」


 真人は答えた。

 「いや、今日、引越してきたんだ。ここに表示されてるように若夫婦がね」


 「ホントに?」


 健也は言った。

 「なんなんだよ、このゲームは! あり得ないじゃん!」


 「オレ、もう精神的に限界だ」聖那は泣きながら言った。「やだよ」

 

 真人はロシアンルーレットを回した。


 【ロシアンルーレット】


 1・スペシャルサービス・無傷


 2・軽傷


 3・重傷


 4・重体


 5・即死


 【END】



 真人は祈るような気持ちでロシアンルーレットを止めた。

 「頼む! 無傷、せめて軽傷を!」


 だがその願いを嘲笑うかのように<重傷>を示した。

 「ウソだろ!? イヤだよ、他人を傷つけるなんて絶対に!」


 虚ろな目をした聖那が口元に笑みを作った。

 「よかったね、他人で。自分が重傷なら痛いもん」


 「お前、何言って……」


 (明らかに様子がおかしい……確かにメンタルは弱いが、こんなこと言うようなヤツじゃなかったのに)


 「しっかりしろよ!」健也が聖那の頬を張った。「どうしちゃったんだよ!」


 聖那は平手打ちされた頬を押さえて泣いた。

 「怖いと強く思う度、自分以外の命はどうでもいいって頭の中で声がするんだ」


 直美が恐ろしいことを考える。

 「ねえ、このゲーム。人間の汚い部分が恐怖によって引き出されるんじゃないかな……助かりたいと思えば思うほど、他人を蹴落としたくなる。一種の暗示にかかってしまうような気がする。

 もしかしたらそのうち殺人すら正当化して、仲間を殺しても、指示で他人を殺せと命じられても何も感じなくなっちゃうんじゃ……

 気をしっかり持たないと、自分さえ助かればいい、そんな恐ろしい闇に心が支配されてしまう気がする」


 真人が言った。

 「恐怖に苛まれてから、徐々にゲームの指示の内容もエスカレートしてるかもしれない」


 健也が聖那の肩を揺する。

 「なあ!しっかり気を持たなきゃダメだ!」


 「うん」頷き、涙を拭った。「努力する……」


 重苦しい溜息をつき、真人が立ち上がった。

 「怪我をさせない方法はないのだろうか? 隣の旦那さんも奥さんも凄くいい人そうだった」


 「そーだ!」健也がふと閃いた。「指示は棚の組み立てを手伝え、なんだよな? 怪我を必ず負わせろとは表示されていない。だったらそれを阻止すればいい。一人で解決しろとも命じられていない。だったらこれまた……」


 二人で十分だと思ったが、おかしくなりつつある聖那と女の直美をここに置いておくわけにはいかない。


 万が一ということがあるので、「みんなで行けばいい」と言った。


 直美も賛成した。

 「そうだね! いいアイデアよ!」


 うまくいくことを願って真人は言った。

 「みんなで行こう! オレが旦那さんを傷つけそうになったら阻止してくれ」


 聖那は頷く。

 「オレ、怖いけど、しっかりしなきゃな」


 直美は聖那に言った。

 「そうよ、その調子。きっと助かる道があるはずよ」


 「旦那さんの名前は英治さん、奥さんは留美子さんだ」真人が夫婦の名前を教えた。「行こうか」


 四人は玄関を出て、隣の203号室のチャイムを鳴らすと、鍵が外れる音がした。


 「はい」留美子がドアを開けた。


 「こんばんは」


 「あら、真人君」


 「友達と一緒に引越しの手伝いをしたくて来ました。何か困っていることはありませんか?」


 「手伝ってくれるの? 嬉しいわ。実はあたし達不器用で棚の組み立てに困っていたの。お店の店員さんに頼めばよかったねって、今話していたところだったの」


 「そうなんですか。オレ、日用大工とか得意ですよ」


 「ホント? じゃあお願いしちゃおうかしら」


 一同は、開封していない荷物がたくさん置いてあるリビングへと上がった。


 「あの……棚は?」と、それが指示だったから、訊いてみた。


 「寝室なの。お洒落なピンク色の棚よ」開きっ放しの寝室を指した。「ほらね」


 英治が組み立て途中の棚の前で、付属品の釘を手にし、首を振る。

 「あー、苦手」


 「こうゆうのって得意不得意ありますよね」英治に歩み寄る真人。「コツさえ覚えれば簡単なんですよ」


 「やってくれるの? 悪いね、助かるよ」


 「ウチの母も苦手なんで、この手のものは全部自分が組み立ててるんで慣れてますから」


 英治から釘とドライバーを受け取った真人に全員が歩み寄った。


 留美子は組み立てのコツを覚える為に真人に近寄ったが、他の仲間達は言うまでもなく、英治の怪我を阻止する為だ。


 極度の緊張でカタカタと震える真人の指先を見た留美子が、「ホントにできるの? 手が震えてるよ」と苦笑いした。


 「どうしちゃったのかな? 歳かな? でもコイツはガチで器用だから安心して任せていいっすよ」健也が冗談混じりのフォローをする。「頑張れ、真人」


 健也の発言に思わず吹き出す夫婦。

 「あなた達で歳ならあたし達は、棺桶に片足突っ込んでる。17歳なんて10年前よ、嫌になっちゃう」


 「若く見えるからいいっすよ」


 「そう? ありがとう」


 場を和ませ、笑いを取り、笑みを浮かべた健也の心は顔と裏腹だった。


 真人は棚を繋いだ部位にある小さな穴に釘を合わせ、ドライバーを回し始めた。釘で固定する単調な作業を繰り返す。


 緊張しているせいでやたらと喉が渇き、口腔内が粘っこくなってしまった真人は、一段落ついたところでドライバーを持ちながら、「すいません、水もらえますか?」と留美子にお願いした。


 「お水でいいの? ジャスミンティーもあるけど」


 「ジャスミンティーは苦手なので、お水お願いします」


 床に座っていた英治が「オレが淹れるよ、真人様」と冗談を言いながら立ち上がった瞬間、足を滑らせバランスを崩し、真人が握っていたドライバーに右手の手のひらが突き刺さり、手の甲を抜けて貫通した。


 「うわぁぁぁぁぁ!」悲鳴を上げる男達、と「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」女達は慌てて英治を囲んだ。


 激痛に顔を歪めた英治は、床に真っ赤な血が滴り落ちる手のひらを押さえた。

 「留美子……救急車呼んでくれ……」


 「今呼ぶわ!」留美子は救急車を呼ぶ為に、リビングを出た。


 必死で謝る真人の双眸に涙が浮かんだ。

 「す、すいません!」

 

 「真人君のせいじゃない。オレが足を滑らせたんだよ。気にするな」


 立ち竦む聖那がブツブツと呟き始めた。

 「『リアル人生ゲーム』のマスに表示されたのは……予言……予知……みんな死ぬ……」


 直美が聖那の肩を揺すった。

 「ちょっと、しっかりして!」


 悶えるような激痛に耐える英治は蹲っている。聖那の不気味な独り言は耳に届いてないようだった。


 留美子にも謝りたいと思った真人は立ち上がろうとするも、他人を怪我させてしまっという罪悪感から眩暈を感じて立ち上がれなかった。


 直美と健也が真人を支えながらリビングに出ると、カーテンを少し開けて夜空を眺める留美子の姿があった。


 照明を反射した窓ガラスはまるで鏡のように留美子を映し出す。彼女は口元に笑みを浮かべていた。


 それを目撃してしまった三人は窓ガラスから目を逸らし、同じ事を考えた。


 “仮面夫婦”


 だが、たとえ仮面夫婦だったとしても、旦那が怪我をしたのに笑が込み上げるなんて普通じゃない。留美子の心の深淵に棲む魔物が表面化したように感じたのと同時に、異常性を感じた。


 自分と同じ高校出身であり、学生時代から交際で結婚し、親近感を覚えた素敵な隣人さんから、関わりたくない隣人へと、真人の心の中で変化した。


 留美子はいましがた見せた微笑みではなく、深刻な表情を浮かべて真人を見た。

 「救急車を呼んだから大丈夫よ。あたしは英ちゃんに付き添うわ」


 「あ、はい」凄い演技……この人、怖い。「オレたち帰りますね」


 「ごめんなさいね。せっかく手伝いに来てくれたのに」


 「い、いえ」


 健也が聖那を呼びに寝室へと足を踏み入れた。英治の隣で直立不動でぼーっと突っ立ている聖那はどう見ても普通ではない。


 精神が崩壊した聖那は、わけのわからないことを小声で呟きながら小さな笑い声を立てていた。

 「今日もルーレット、明日もルーレット、赤い血、赤い死、まっかっか……ヒヒヒヒ……」


 床に膝をつく英治が健也に訊く。

 「彼、さっきから様子がおかしいんだけど……大丈夫なの?」


 咄嗟にごまかした。

 「す、すいません。血が苦手なんですよ。もう恐怖症に近いくらいで。少し休めばよくなりますから」


 怪我を負っているのに、聖那の心配をしてくれた。

 「そうか、それならいいけど」


 「帰るぞ、聖那」


 聖那の腕を引きながら思った。


 こんなに優しい人なのに、留美子さんはどうして……


 愛情が醒めたとはいえ、怪我をした人に対して笑うだなんて尋常じゃない。


 そして、更に尋常じゃないのは、コイツだ。


 

 聖那に目をやった。

 「お前どうしちゃったんだよ」


 「怖いよぉ」今度は泣き出した。「怖いよぉ」


 聖那を連れてリビングに戻った健也が、留美子の顔見て会釈した。

 「僕たち帰りますので、お大事に」


 「ありがとう。ホントごめんなさいね、嫌な思いさせちゃって」泣きじゃくる聖那を見た。「怖かったわね、血が噴き出しちゃって」若干口元を緩ませた。「あたしも驚いたわ」


 真人は顔が引き攣ったまま頭を下げ、玄関に出た。


 旦那が大怪我したのに笑いを堪えた表情で“嫌な思い”って……どんだけ英治さんが嫌いなんだよ。


 アパートの通路に立った直美が、ブツブツ呟き続ける聖那の頬を張った。

 「しっかりして!」


 泣きながら頬を押さえる。

 「なんだよ、みんなしてオレのほっぺ叩きやがってぇ、痛いじゃん、痛いじゃん!」


 「だって聖那、ヘンだよ! さっきから様子がヘン!」


 「そんなことないよ……オレは普通」背を向けた直美を凝視し、「後で見ていろ……覚えてやがれ……」と小声で囁く。


 「は? なんか言った?」振り向いて聖那を見上げた。


 「別に……」


 真人の自宅に入った一同は、ソファに腰を下ろした。

 「はぁ……」


 真人重苦しい溜息をついた後、顔を伏せて泣き出した。

 「オレ、疲れたよ。英治さん痛そうだった。それにおしどり夫婦と思っていたのに……なんかショックだ」


 直美が真人の背中を優しく摩る。

 「他人にはわからない、男と女にしかわからない事情があるのよ。泣かないでよ……真人が泣いたら、あたしも悲しいよ」


 健也も疲れた。

 「そうだけどさ、見ちゃいけないものを見てしまった気がするよ」


 「……。ルーレット、ルーレット、回して、回して、楽しいな、楽しいな……まっかっかなドライバー」聖那は完全に正気を失っている。「まっかっか……死体……まっかっか」


 真人は立ち上がり、冷蔵庫から牛乳と炭酸飲料を取り出し、リビングのテーブルに置いた。


 聖那のグラスに牛乳を注ぎ、差し出す。

 「ミルクには精神をリラックスさせる作用があるから、気休めかもしんないけど、飲めよ」


 グラスを手にした聖那は一気に牛乳を飲み干し、口周りを白くして真人を見る。

 「大好き、真人、好き、好きぃ」


 背筋がぞわっとした。

 「やめろよ、気持ち悪い」


 「大好き、好き、好き、真人の死体はまっかっか……イヒヒヒヒヒ……」


 健也はソファーから腰を上げた。

 「いい加減、シャッキっとしろよな!」


 真人は健也の胸に手を置き、首を横に振る。“何を言っても無駄だ”と真人が伝えると、健也は黙ってソファに腰を下ろした。


 正気を失った聖那に恐怖を感じながら、2番手の直美がスマートフォンの画面に目をやった。


 ルーレットが自分を待ってる。

 「この双六って全部白マスで先が見えないから止まりたいマスを選ぶこともできないし、先が見えない。せめて、行く手のマスに何が表示されているのかがわかれば、ルーレットを回す際に狙いやすいのにね」


 真人が言った。

 「だけどさ、たとえ同じマスに止まっても、表示れる指示も違うから、たとえ先がわかったとしてもランダムに変化すると思う。結局、先が見えようと見えまいと同じこと」


 「それもそうだね……」


 直美は【スタート】ボタンをタップし、【ストップ】ボタンをタップした。


 ルーレットが示した数は<6>


 駒が6マス進み、停止位置のマスが白からピンクへと変化し、ハートが表示された。


 「恋愛だわ」


 【『食いしん坊』


 ゴールまで37マス


 所持金 5千円


 身体状況 切り傷】


 【恋をしましょう!】


 どうしよう! 浮気したい! 


 偶には違う男とエッチしたいですね。


 ちょっと危険な男にドッキッドキ!


 クレージーボーイになってしまった『小心者』さんと開放的なエッチを楽しみましょう。


 イって、イって、イきまくりなアバンチュールは最高です。

 【END】



 「うそ……いや! 真人以外とするなんて絶対イヤ! 死んだ方がマシよ!」


 それに正気を失った聖那が怖い。


 動揺した真人が声を張った。

 「なんで、聖那とやらなきゃなんないんだよ!? 冗談じゃない! オレの彼女なのに!」


 健也が真人の肩をグイッと引く。

 「慎司みたいに灰になるよりマシだろ!? 親からもクラスメイトからも存在自体を忘れてしまったアイツよりマシじゃん!たった一回のセックスなんてなかったことにすればいい! な、そうだろ!? オレ、直美に死んでほしくない!」


 「どうせこの中で死人は出るのよ! あたしでいい! あたしでいいのぉ! いやぁ!」


 聖那が号泣する直美を見て大笑いした。

 「ぎゃっはっはっは! 脱童貞! さっきオレのほっぺをビンタしたお返しだ! ぐっちょんぐっちょんにしてやる!」


 「てめー!」真人は聖那の襟首を鷲掴みにする。「ふざけんじゃねぇ!」


 狂い始めているとはいえ、優しい聖那がこんな酷い暴言を吐くなんて信じられない健也は、今にも殴りかかりそうな真人の腕を掴んだ。


 「真人、よせ! 直美の命は聖那にかかってるんだ!」


 「離せ! 離せってば!」


 「オレを殴ったらエッチしてあげないんだ~ 灰になっちゃうよ、灰、灰、灰」


 「くっそ!」


 聖那の襟首から手を放し、一呼吸置いてから、自分にしがみつき震えながら涙を流し続ける直美の髪を優しく撫でた。


 「寝室……行ってやってきて」


 「なに言ってんの!? 真人はいやじゃないの!?」


 「イヤだよ! イヤだけど、直美が灰になって消えちゃうよりマシだよ」

 

 股間を膨らませた聖那は、強引に直美を抱き上げた。

 「直美とエッチ」

 

 「い、いやぁぁぁぁぁぁ! 触んないで! 真人! 真人! 助けてぇぇぇ!」


 直美に背を向けてギュッと拳を握った真人の気持ちを察した健也は、無言でソファに座り、頭を抱えた。


 直美を抱えて寝室に入っていった聖那がドアを閉めると、直美の悲鳴が聞こえ始めた。


 『きゃあぁぁぁぁ! いや!』


 耳を塞ぐ真人。

 「ごめん、直美」


 「もし、オレに彼女がいたらオレもそうする」真人の背中を擦る。「さっき言っただろ? 命の為だし、なかった事にすればいい」


 「でも、女と男は違うんだよ……アイツ、スッゲー傷つくよ」


 「慎司みたいな無残な消え方するより……いいんじゃねえか? ごめんな、気の利いたセリフが言えなくて」


 「いいんだ。気の利いた台詞なんか今は求めてないから」


 寝室からレイプされる直美の声が聞こえた。

 『いや! あ! あ! 真人!』


 『いや、いや、言って感じてるんじゃん! 真人じゃなくてもイク。ヌレヌレだ!』わざとらしく真人に聞こえるように大声で言った。『真人、直美のアソコ触ったら濡れたから入れるね~』


 『いやぁ!』


 『ああ! スッゲー気持ちいい! 挿入したよ、真人! 真人じゃなくても感じる淫らなアソコだね』


 『あぁぁ! いやぁ! あぁぁぁぁぁぁ!』


 『あ~もしかして、またいっちゃった?』


 『あぁぁぁぁぁ!』


 『指示どおり、直美は “イって、イって、イきまくり”! ああ、オレもいく!』


 クチュクチュと淫靡な音がリビングまで届き、込み上げる怒りのやり場すらない真人は、ガツンとテーブルを叩いた。


 「調子に乗りやがって!」


 「なあ、真人……」ソファから腰を上げる。「オレ、リビングから出るわ。直美……オレに聞かれたくないと思うし」


 「……ああ」


 リビングを出た健也はトイレの手前にあるドアを開けた。脱衣所に足を踏み入れ、浴室のドアを開け、浴槽の端に腰を下ろし、深刻な表情を浮かべて考え込む。


 あの優しい聖那が暴言を吐き、嫌がる直美を喜んで犯すなんて信じられない。まるで、別人だ……


 隣人の自宅に行く前の直美の台詞が頭を過る。

 

 “このゲーム。人間の汚い部分が恐怖によって引き出されるんじゃないかな……助かりたいと思えば思うほど、他人を蹴落としたくなる。一種の暗示にかかってしまうような気がする。


 もしかしたらそのうち殺人すら正当化して、仲間を殺しても、指示で他人を殺せと命じられても何も感じなくなっちゃうんじゃ……


 気をしっかり持たないと、自分さえ助かればいい、そんな恐ろしい闇に心が支配されてしまう嫌な予感がする”



 闇に支配される……


 何かに取り憑かれたみたいに人格が変貌し崩壊する。


 恐怖や憎しみを感じる度、直美が言ったようにゲームに取り憑かれていくのだとしたら……


 もし、『金の亡者』や『ローン地獄』を負かせたとしても、四人のうち誰か確実に死ぬわけで、ゴールする以外助かる道はないように思えてならない。


 愁眉が開くことのない現状に頭が悶え、脳みそがミッシングされるような感覚を覚えた。ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き毟った時、泣き腫らした顔の直美が全裸で飛び込んできた。


 まさか健也がいるとは思わなかった直美は咄嗟に胸を覆ったが、全身につけられた鬱血したキスマークまでは隠しきれなかった。


 「あ」驚いた健也は顔を逸らして、慌てて浴室から出る。「ごめん」


 廊下に出ると浴槽で泣きじゃくる直美の声が聞こえた。


 『いや―――!』ザーとシャワーの音が廊下に響く。『消えないよ! 消えない!』

 

 キスマークを消そうと必死で洗っているのだろうと悟った健也がポツリと呟く。

 「かわいそうに……」


 廊下にもう一つの音が響いた。

 『殺してやる!』


 『痛い! 痛い!』


 バキ! と何度も強打する音を聞いた健也は、血相変えて足の裏を滑らせるようにリビングに飛び込んだ。


 聖那の上に馬乗りになり、顔面を強打し続ける真人の姿が目に映った。


 慌てて真人の脇の下に腕を入れ、羽交い絞めにし、顔面を腫らした聖那か引き離そうとした。しかし、怒りに支配された真人の力は予想以上で、引き離すことができなかった。


 「真人! やめろ! 死んじまうだろ!」


 血走った眼を見開き殴り続ける。

 「こんなヤツ死んだって構わねえ!」


 「た、たしゅけてぇ」


 自分より力が上回る真人を止めるには……本当はやりたくなかったが、背中を思いっ切り蹴り飛ばした。


 転倒した真人は大声を上げて健也を怒鳴りつけた。

 「なにしやがる! テメーも殺されたいか!」


 「真人! しっかりしろ! ゲームに取り憑かれるな! 気をしっかり持て!」


 真人は健也の大声にはっと我に返った。

 「オレ……」


 「もう大丈夫だな?」


 「あ、ああ。わりぃ……」


 「いや、いいんだ。オレもお前の立場なら同じ事していたと思うし」


 鼻血を垂らし、前歯が欠け、ぼっこりと顔面を腫らし、気を失った聖那が床に横たわる。


 「ここに放置していたら、直美が嫌がる」


 真人は聖那の腕を掴み、開きっ放しの寝室へと引きずるように放り込んだ。


 「聖那が目を覚ましたら、この家から出てってもらう。じゃないと、オレの気が狂いそうだ。


 それに、直美もアイツの顔は見たくないと思うし」


 マスの指示で命を落とすよりも、真人に殴り殺される確率の方が高いので、健也も同意した。

 「その方がいいかもな」


 真人は直美にバスローブを渡そうと、滅多に入らない真美の寝室のドアを開けた。


 どこに何があるのかわからない。取敢えず、クローゼットの隣にある箪笥の引き出しを開けてみると、丁度バスローブが入っていた。


 寝室からリビングへと戻った真人は、脱衣所に足を踏み入れた。シャワーを浴びてるはずなのに水の音がしない。


 嫌な予感がした。


 (まさか!? 自殺したんじゃ!?)


 「直美!」


 浴室の扉を開けた瞬間、驚愕の光景が目に飛び込んできた。全裸の直美は手首に剃刀を押し当て、自殺しようとしていたのだ。


 「なにやってるんだよ!?」直美から剃刀を取り上げた。「お前が、お前が死んじゃったらオレがどれほど悲しむのかわかんないよかよ!?」


 ポロポロと涙を零し、真人に抱きついた。

 「だったら、真人が今ここで……今すぐにあたしの身体を消毒してよ」


 「直美……」


 真人は直美の首筋についたキスマークに唇を寄せ、吸い上げる。


 「これでオレがつけたことになったから、もう泣かないで。もうこんなバカなことしないでくれ……直美がいなきゃ、オレ、生きて行けない」


 「うん……」コクリと頷き、静かに言った。「抱いて―――」


 直美の全身に点々と着いたキスマークに唇を押し当て、優しく体を重ねた―――


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