第6話



「エミリー?」



 えぐえぐと泣き続けるエミリーを、アランは優しく抱き締め続けていた。




「絶対に単身赴任するなんて言わないから、話をしたい。」




「・・・っ、ほ、ほんとう・・・?」



 弱々しくすがり付くエミリーの涙を丁寧に拭い上げ、アランは力強く頷いた。エミリーに果実水を飲ませ、一息つかせると、またアランは腕の中にエミリーを閉じ込めた。




「どうして、単身赴任するなんて思ったんだ?」



「・・・この前、トニーと同僚の方に市場で会ったの。それで、貴方が単身赴任すると言っていたと聞いて。」



 アランはトニーの名前が上がると苦々しく顔を歪めた。




「アラン?」




「悪い。それで、エミリーはどう思ったんだ?」




「私は・・・どうしてもアランと離れたくなくて、聞かなかったことにしたの。引っ越してしまえば、もう単身赴任するとは言えないと思って。・・・貴方には申し訳ないと思ったけど。」



 アランは首を振り、目で次の言葉を促した。



「引っ越すまでは、貴方に単身赴任を言い渡されないようにわざと忙しくしていたの・・・本当は引き継ぎなんて無かったのよ。狡いことをしてごめんなさい。」



 アランは小さく息を吐いた。そして、より強く、ぎゅうぎゅうと抱き締められ、エミリーは戸惑った。




「えっと、あの、アラン?」




「悩ませてしまって、ごめん。俺のせいだ。」



 アランの声は震えており、悲しみに満ちていた。




「アラン、・・・どうして単身赴任すると言っていたの?」



 トニーは兎も角、トニーと一緒にいた同僚も頷いていたということは、アランが”単身赴任”という言葉を口にしたのは事実だろう。エミリーは、意を決してアランに尋ねた。





「私は、アランと一緒に行きたいわ。だけど、アランに何か単身赴任をしたい理由があるなら教えてほしいの。」








 アランは、エミリーの問いに困ったような表情を浮かべ、暫く言葉を選んでいるようだった。



「・・・エミリーは今の仕事を大切していただろう。とてもやりがいを感じているようだった。」



「え、ええ。そうね。」



 アランは、懐かしそうに目を細め、言葉を続けた。




「手先が不器用で、工作の時間にいつも泣いていたケニーが、初めて工作に取り組めた日。」




「え?」




「喧嘩が多いジャンが、初めて友人にごめんね、と言えた日。」




「そ、れは・・・。」



 エミリーが食卓で語っていた子どもたちの何気ない日常だ。アランは言葉数が少ない為、エミリーが殆どおしゃべりしている。聞き流されているかな、と思っても、アランが時折頷いてくれる食卓で話すことが、エミリーは大好きだった。



 みんなでかけっこをした日。大嫌いな人参を初めて食べられた日。花の種を植えた日。弟が生まれてお兄ちゃんになった日。子どもたちから貰った数えきれないプレゼント。アランは、ひとつひとつ覚えてくれていた。





「・・・そんなに覚えているとは思わなかったわ。」

 




「エミリーは、子ども達の話をしている時が一番キラキラしているからな。」



 自分の宝物を、アランも一緒に大事にしてくれていたようで、エミリーの目にはじんわりと涙が浮かんだ。





「だから、俺の都合で仕事を辞めさせるのは申し訳なくて、単身赴任をしないといけないと思ったんだ。」





「アラン・・・。」





「異動の話をした時に、エミリーが迷わず俺に着いてくることを考えてくれて、すごく嬉しかった。だけど、エミリーに退職して本当に良いのか、と、しっかり気持ちを聞くべきだとも思っていた。それを分かっていても聞けなかったんだ。”やっぱりこっちに残るわ”、と言われるのが怖かった。」



 ごめん、と謝られ、額に口づけを落とされる。エミリーは、アランの真意が分かり、漸くホッと息をついた。アランがエミリーの仕事を大切にしてくれている事が嬉しかった。




「アラン。私は確かに仕事にやりがいを感じているし、子どもたちのことも大切だわ。だけど、私はアランと離れるのは耐えられないの。ずっと一緒にいたい。」





「ああ。俺も隣にエミリーがいてほしい。きっと苦労を掛けると思うけど、どうか着いてきてほしい。」



 エミリーの真っ直ぐな気持ちに、アランも真剣な眼差しで応える。どちらともなく、唇同士が合わさり、離れた後は暫く微笑みあっていた。



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