旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
第1話
「辺境騎士団へ異動?」
夕食後、些か重たい表情をした夫アランに異動を告げられた、エミリー=ターナーは目を丸くした。
アランは、王城第一騎士団で副団長として勤めているエリートだ。優秀な副団長だと、交際前から耳にしていた。無口だが真面目な夫は、仕事熱心だろう、とエミリーはいつも鼻が高かった。
今回の異動は、栄転ということらしい。現在の辺境騎士団では団長が退職することが決まっており、その後釜としてアランが指名されたのだ。
「栄転なんてすごいじゃない!おめでとう!」
満面の笑顔でお祝いするエミリーだったが、アランの重たい表情は変わらない。
「三ヶ月後には、辺境へ行かなくてはならない。」
「分かった。三ヶ月後なら余裕もあるし、私の仕事の方は問題ないわ。明日には職場に退職すると伝えるわね。」
エミリーがそう伝えた瞬間、アランは呆気に取られた顔をした。
「・・・っ、その、大丈夫なのか。」
アランが心配しているのは、エミリーが退職しても良いのか、ということだろう。エミリーは王城内の託児所に勤めている。待遇が良い為、人手不足では無いし、求人を出せばすぐエミリーの代わりは見つかるだろう。
「何も問題ないわ。心配してくれてありがとう。辺境に行けばまた仕事探しするから大丈夫よ。」
「そうか・・・。」
アランの表情は浮かないままだ。エミリーは徐々に心配になってきた。
「アラン?異動について何か心配事があるの?私に出来ることはある?」
「い、いや。大丈夫だ。」
アランは首を振り、エミリーを引き寄せた。アランの胸の中に閉じ込められ、エミリーの胸は高鳴った。結婚して二年経つが、アランからのスキンシップは珍しい。嬉しさの余り、笑みが溢れた。
「アランは引き継ぎで忙しくなるでしょう。荷造りは私に任せてね。」
アランの胸の中から、エミリーはアランを見上げ微笑んだ。アランは、重要な役割に就いている人間だ。新しい場所へ異動し、また新たな役割を持ち、人間関係を構築していくことにナイーブになっているのかもしれない。エミリーは、アランの浮かない表情の理由をそう結論付け、自分に出来ることをしようと意気込んだ。
「・・・ありがとう。」
低く掠れた声でそう囁かれたら、エミリーは何だって出来る気がした。
◇◇◇◇
翌日、いつも通り朝早く出発するアランをエミリーは見送った。二人とも職場は王城内だが、出勤時間が違うので別々に出勤することが殆どだ。
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
「ああ。行ってくる。今日から引き継ぎ業務を始めるから遅くなる。」
「分かったわ、無理しないでね。」
アランは少しぎこちなく、優しく口づけてくれる。エミリーが、結婚時にお願いした『行ってらっしゃいのキス』をアランは律儀に守ってくれている。そんなアランがエミリーは大好きだった。玄関の外まで出て、見えなくなるまで見送っていると、アランは時折振り向いて、手を上げてくれる。
「よーし!私も仕事行くぞ~。」
大好きな夫の見送りで心を充電したエミリーは、家事と身支度を終えると、職場の託児所へ向かった。
◇◇◇
「そう、旦那様が異動するのね。貴女がいなくなるのは悲しいけど仕方ないわね。」
エミリーは出勤すると、所長のポーラへ時間を作って貰い、退職を願い出た。
「ご迷惑をお掛けしてすみません。」
「ううん。ただ、貴女がいなくなると寂しがる子どもたちがたくさんいるってこと。」
ポーラはにっこり笑い、エミリーの背中を叩いた。
「旦那様の栄転なんておめでたいことだわ。送別会は豪勢にさせてね。」
「ありがとうございます!」
ポーラの言葉に、エミリーは胸が暖かくなった。
「三ヶ月後には行くのね。退職時期はどうする?」
「それが、夫が引き継ぎ業務が忙しそうで・・・私がメインで引っ越し作業をすることになると思うので出来れば二ヶ月後には退職したいです。」
「旦那様、騎士団の副団長さんだったものね。勿論大丈夫よ。」
「お願いします。」
エミリーは、その後もポーラと退職に関する調整をしていると、痺れを切らした子どもたちが飛び込んできた。
「ねぇ、エミリーせんせい!はやくきて。」
「あらあら、どうしたの?」
「ジャンが、わたしのこうさく、めちゃくちゃにしたのよ!」
「ふん!ケニーのがへたくそだったからな!」
「あらら」
「エミリー、行ってあげて。」
ポーラに見送られ、エミリーは二人の傍に寄った。二人に声を掛けながら、再度工作を再開させるとあっという間に仲直りしていた。もうすぐ、この可愛い子どもたちと会えなくなるのだ。そう思うと、涙が迫り上がってきて、エミリーは慌てて上を向いた。
◇◇◇◇
「エミリー、最近仕事ばかりですまない。」
アランは出勤前、申し訳なさそうに肩を竦めた。異動の話を聞いてから、二週間。アランはいつも夜遅くに帰ってくる。今日だって本当は非番だったのだが、出勤しないといけないと昨夜から頭を下げられた。
「荷造りだって、全く手伝えなくて、申し訳ない。」
「ううん。荷造りのことは気にしないで。それより無理しないでね。貴方が倒れないか心配なの。」
エミリーはアランにぎゅうぎゅうと抱きつくと、アランは遠慮がちに背中に手を添えてくれた。アランは大丈夫だ、と言うが、いつも体力に自信がある彼も流石に疲れが見え、エミリーは苦しかった。
「アラン、夕食は何が食べたい?」
エミリーがしてあげられることは、ほんの僅かなことだ。もどかしく思うが、出来る限りのことはしたい。
「・・・エミリーのビーフシチューが食べたい。」
いつもは「エミリーの作ったものは何でも旨い。」と言うアランが、初めてリクエストしてくれた。エミリーは嬉しくなり、「美味しく作って待っているからね!」と腕を巻くって見せた。アランは口許を綻ばせ「行ってくる。」と、エミリーにいつもの口づけを落としてから出発した。エミリーは、アランの背中を祈るような気持ちで見送っていた。
◇◇◇
エミリーは家事を終えると、市場へ買い物へ出掛けた。アランがリクエストしてくれたビーフシチューの材料を買うためだ。
(お肉は良いものにしちゃおう!)
いつもよりワンランク上の肉を選ぶ。エミリーはアランの喜ぶ顔が浮かび、微笑んだ。
喜怒哀楽が乏しいアランだが、エミリーの料理は気に入ってくれているようで、いつも表情を緩ませて完食してくれる。アランのことを思うと、料理への気合いも入る。
アランほどの立場だと、使用人を雇う事が普通らしい。アランも、共働きだから住み込みの使用人を雇おう、とエミリーの家事の負担を心配してくれていた。だが、エミリーはアランに尽くす事がライフワークなので丁重に断った。
結局週に一回、通いのハウスメイドを雇うことでお互い妥協したのだ。エミリーは、それ程アランの為に家事をする事が好きだった。
(後は、パンも買っておこう。)
アランの好きなパンを選び、漸く帰路に着く途中、「エミリー。」と聞き慣れた声がした。
トニー=ハンソン。アランの勤める第一騎士団で騎士をしている、エミリーの幼馴染みだった。
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