第11話 特別な声

どれだけ時間が経っただろうか。声を「大好き」と言われた佐和は、驚きのあまり固まってしまっていた。


「富永さん?」

「ハッ……?」

「大丈夫?」

「すいません。ちょっと心肺停止してました」

「あははっ、面白いこと言うね」


軽く笑われてしまったが、佐和にとっては冗談でもなんでもなく本当に心臓が止まったかと思えるほどの衝撃だった。


「あのね、自分で自分の声ってよくわからないものだけど、富永さんの声は特別なものだと思うよ」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。少なくとも俺にとってはね。そうだなぁ、まるで星が囁くようなとっても素敵な声」

「星が……囁くような……」


宙の言葉で佐和の瞳に小さな光が宿る。


「だから富永さんが解説したほうが絶対いいよ。逆にやらないなんてもったいないよ」

「そうですか……。じゃあ頑張って……みよっかな」


宙の強力な後押しに覚悟を決めた佐和だった。


「それからさ、こんなのどうかな?」


制服のポケットからスマートフォンを取り出し、宙が慣れた手つきで画面をフリックしてゆく。


「え?何ですか?」

「ちょっと待って。はい、お待たせ」


画面の明かりを消して床に置いた。

少しの沈黙の後、スマートフォンから音が流れ出した。ピアノのイントロがプラネタリウムの星空に広がり、優しく切ないメロディがふたりを包みこんでゆく。


「あ!『ライト・ヒア・ウェイティング』だ!この曲好きなんです」


感嘆の声を上げたきり佐和は曲に聴き入った。


「はあぁぁぁ……。藤村くん、コレすごくいいです!」

「えへへ。だよね?そうだ、床にマットとか敷いてもっと快適にして、ブルートゥーススピーカー置いて好きな曲を聴いてもらうっていうのはどうかな?ずっと解説してたら富永さんも疲れちゃうでしょ。みんなスマホ持ってるから、それぞれ好きな曲を聞いてもらったら喜ぶと思う」

「あ、それいい!とっても素敵。私、小さい頃ピアノ習ってたんですけど、星と音楽のコラボなんて考えたこともありませんでした。藤村くんて意外とロマンチストなんですね」

「え?そんなことないよ。たまたま思いついただけだよ」


満更でもないといった表情で宙が笑った。



「藤村くん、ありがとうございました」

「無事に準備完了だね。良かった良かった。明日は台風がやばそうだけど日曜は晴れるみたいだし、頑張ってね」

「うん。藤村くんも試合頑張ってくださいね」


互いの健闘を誓い、部屋の灯りを消し鍵を締めようとしたとき、宙が「あ」と叫んで両手で服のポケットをポンポンと叩きながら手を突っ込んでゴソゴソと何かを探し始めた。


「どうかしました?」

「スマホが無い。プラネの中に忘れたみたい」

「じゃあ私取ってきます。ちょっと待っててくださいね」


佐和は閉じた部屋の扉を開け、ドームの中へと入っていく。廊下の明かりが差し込む薄暗い中でスマートフォンを見つけ拾い上げた。


「ありました!」


身体を反転させて出口へ向かおうとした時に右肩に掛けていたカバンがコツンと何かに当たった。振り返るとプラネタリウムがほんの少し傾いていた。


『下校時刻になりました。校内にいる生徒は至急下校してください。繰り返します。校内にいる生徒は至急下校してください』


スピーカーから流れてくる校内放送にせき立てられるように、佐和はドアに鍵を締め第二音楽室をあとにした。

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