第21話 女神

それから数年後。


「ナイスシュート!ディミ凄いぞ、今のドリブルはメッシみたいだ!」


土のグラウンドに宙の大きな声が響く。その周りで小学校高学年の子どもたちが歓声をあげていた。

宙は得点を許したキーパーに近づくとそっと肩を叩く。


「点は取られたけどランコーも良く反応したな。並のキーパーじゃ一歩も動けないぞ。ノイヤーみたいな反応だ。次は止められるよな?」

「もちろんさ」


宙の言葉に少年の目が前を向いた。



「よーし、今日はここまで。みんなしっかりストレッチしてから帰るんだぞ」


子どもたちがグラウンドから帰っていくのを見届けると宙はようやくベンチに腰を掛けた。フーっと大きく息を吐くと前髪がふわりと浮き上がった。


「ソラコーチ、お疲れ様でした。はい、お水」


金髪の少女が宙にボトルを差し出した。


「ありがとう、マヌエラ」


宙が笑顔で受け取ると、少女は微かに頬を赤くした。

マヌエラはこのクラブのCEOの娘で事務職として働いている。事務職といってもなにせ小さなクラブなので、営業から広報から財務まで幅広く手掛けている。幼い顔立ちなので十代の少女に見られるが二十代半ばだ。そして他のクラブのスタッフからもその仕事ぶりには一目置かれている。

さらに妖精のような可憐なルックスからサポーターからはクラブのマドンナとして絶大な人気を誇っている。

三年前、セルビアのクラブとの契約を打ち切られた宙を獲得しようとCEOである父に進言したのは彼女だった。

そして宙は選手として試合に出場しながら、クラブが運営するスクールのコーチを務めていた。

イングランドのプレミアリーグやドイツ・ブンデスリーガ、スペインのリーガエスパニョーラなどの大きなリーグに所属するクラブとは違い、東ヨーロッパの小国のそれも2部リーグではサッカー選手が他に仕事を持っているのは決して少なくはない。


「ソラは子どもたちからも大人気ね。来月もまた新しい子がスクールに入るのよ」


マヌエラが横に座る。微かに漂う柔らかな花の香りが心地よい。


「それはマヌエラやみんなが一生懸命頑張ってるからだよ。だからこの街の人たちはこのクラブを愛してるし、誇りに思ってる。いい街だし、いいクラブだ。僕もその一員になれて嬉しいよ」


穏やかな宙の横顔を見てマヌエラも「うん」と頷き、前を向いた。


「そういえばさ」

「何?」

「髪伸びたな。俺が最初にマヌエラと会ったときはショートヘアだったじゃん。あのときは男の子かと思ったもん」


本格的にクラブの仕事を始めてからというもの、マヌエラはずっと髪型はショートだった。とても忙しく、手入れが楽な髪型を選んだのだった。それが今では肩よりも長くなり妖精というよりも女神のような美しい女性へと成長していた。


「仕事を続けることで多少気持ちにも余裕が出来てきたからかな。それに私もいい歳になったし……」


そう言って俯くとマヌエラの頬がどんどん赤くなる。透き通るような白い肌なので、その変化が簡単に見て取れるほどだ。

それを宙に気づかれまいと思い出したように口を開く。


「あ、そうそう。パパが、いやCEOがソラのこと呼んでたの。スクールのレッスンが終わったらオフィスに来るようにって」

「CEOが?何だろう?給料上げてくれんのかな?」

「だといいね」


ふたりは目を見合わせて微笑んだ。

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