第13話 泣いてもいいんだぜ

「キュッ、キュッ、キュッ」


靴底を鳴らしながら『東高祭』と飾りつけられた校門を急ぎ足でくぐる見慣れないジャージ姿。フロントールとの試合を終えてから直行してきた宙だ。

そんな宙の姿を見つけたクラスの友人が声を掛ける。


「おーい宙!試合どうだった?」

「勝ったよ。2対1」

「おー、スゲー!おめでとう!」

「サンキュー」


国内リーグの強豪南川崎フロントールのユース相手に、宙の所属するチームが初勝利を挙げた。宙は後半から出場し1ゴール1アシストで逆転勝ちの立役者となったのだ。


会話も早々に切り上げ、宙は第二音楽室へ向かう。


文化祭初日の土曜日は台風で中止となってしまったが、今日は台風一過の快晴。三年ぶりに入場制限なしとなった東高の文化祭は多くの人で賑わっていた。


――満員で行列が出来てたらどうしよう……。きっと富永さんてんてこ舞いだな。手伝ってあげなきゃ。


一緒に設営をしたこともあり、天文部プラネタリウムの賑わいをその目で見てみたかったのだ。それに現役の部員は佐和ひとりだけなので何か手伝えることがあればと考えていた。

文化祭の喧騒の中、一段飛ばしで階段を駆け上がる。三階の左奥が第二音楽室だ。軽快なステップで三階まで登り、廊下を左へ向かった。

しかし……。


そこで宙の目の前に広がる光景は、それまでの賑わいが嘘のように静まり返り、人の気配の無い冷たい空間だった。


「えっ、何?何だよ、これ?どうしたんだ?」


予期せぬ光景に戸惑う宙。ゆっくりと第二音楽室へ入っていく。

ドームの中を覗くと佐和がぺたんと座っていた。


「富永さん?」

「あ、藤村くん……」


宙の声にゆっくりと顔を上げる。


「どうしたんだよ、プラネは?何かあったの?」

「はい……」


佐和は力なく頷いた。


「あのね、プラネタリウムが動かなくて……」

「動かない?いつから?」

「朝から。全く動かないの。だから何も出来なかった。星を映し出すことも、その下で音楽を聴いてもらうことも……」


佐和は今にも泣き出しそうだ。一人で抑え込んでいた感情が溢れて来たのだろう。


「藤村くん、ごめんなさい。手伝ってもらったのに。ホントにごめんなさい……」


言葉にした瞬間に佐和の目に涙が浮かぶ。


「もう、やだ!」


そう叫んで小さな手でプラネタリウムをパチンと叩いた。

すると突然パッと光りドームに星を映し出すと、「グイ、グイ、ウィーン」と音を立ててプラネタリウムが動き出した。


「お、動いた!」

「何よ、もーっ!」


佐和は床に突っ伏した。小さな背中が小刻みに震えている。


「ひっく……ひっく」


「気持ちはわかるけどさ、元気だせよ。ほら泣かないで……」

「泣いてません。笑ってるんです……。私って昔から大事なところで失敗してばかりなんで」


自嘲気味に笑顔を浮かべる。左手でメガネを外すと涙の浮かんだ両目を右手でゴシゴシと拭き取った。


『まもなく後夜祭が始まります。生徒の皆さんは校庭へ集まってください』


校内放送が流れた。後夜祭ではキャンプファイヤーと花火が打ち上がるらしい。


「富永さん、悪ぃ。前言撤回」


宙が真剣な表情で口を開いた。佐和が顔を上げた。


「本当に悲しい時悔しい時はさ、泣いてもいいんだぜ。無理すんなよ」


その言葉に佐和が崩れ落ちた。


「よしよし、頑張ってたもんな。悔しかったよな。うんうん」


宙は佐和の頭を優しく撫でる。


「あうっ、あうっ」


嗚咽し涙が止まらない佐和は宙の胸に抱きついて泣き続けた。宙は一瞬戸惑いながらも左腕を伸ばして彼女を優しく包み込んだ。そして左手を佐和の左肩にそっと乗せると、泣きじゃくる赤ん坊を落ち着かせるかのようにトントントンと肩を叩き続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る