第7話



 ウィリアムと観劇に行く日。最低限のマナーを守った地味なドレスを身に付けるつもりだったカレンは、母親から怒られてしまい、渋々お気に入りのドレスを身に付けた。



(これじゃあ、私がウィリアムとのデートを楽しみにしているみたいじゃない!)



 プリプリしながら身支度をしていると、使用人がウィリアムの到着を告げた。玄関へ向かうと、花束を抱えたウィリアムが待っていた。




「ウィリアム、それ・・・。」




「カレン。今日は付き合ってくれてありがとう。これはそのお礼だよ。」




 ウィリアムから手渡されたのは、カレンの好きなカスミソウの花束だった。



「ありがとう…………。」




 花束を抱きしめ、思わず溢れた笑顔を見て、ウィリアムは満足そうに頷いた。




「カレン、今日のドレスとても似合ってる。可愛いよ。」



「こ、これは!お母様がオシャレしないと失礼って言うから!仕方なくよ!」




「そうか。カレンの母上に感謝しないとね。こんなに可愛いカレンを見れたのだから。」



 最近のウィリアムには反撃しても全く響かない。それどころか、こんな甘い言葉ばかり囁かれてしまう。カレンは恥ずかしさからウィリアムを見れなくなっていた。




◇◇◇




(ち、近い、近すぎるわ!)



 劇場に向かう馬車の中、ウィリアムはカレンにピッタリと密着していた。




「カレン?どうしたの?」




 ウィリアムは眩しい笑顔で、俯いているカレンの顔を覗き込んだ。




「…………ウィリアム、ちょっと近いのではないかしら?」




「そう?婚約者なら普通だと思うけど?」




 ウィリアムは涼しい顔をして言い退けた。




「いや、これは近すぎるわ!もう少し離れてよ!」




「他の人たちは、これくらいしてるよ?」




 ウィリアムは、カレンの肩に手を添えると抱き寄せた。そしてカレンの眼鏡を取り上げると、ウィリアムの美しい顔を口づけする一歩手前まで近づけて来た。






「い、いじわる…………。」



 なぜこんなに近付くのだろう。ずっと他の令嬢達を軽薄に褒め称えていたじゃないの。その対象が自分に代わったというの?そんなの、そんなのって…………。



 カレンのぱっちりとした瞳に、みるみる内に涙が溜まる。気付かぬ内にキャパオーバーになっていたようだ。 



 それに気付いたウィリアムはパッと離れたかと思うと「ごめん。」と綺麗なハンカチを差し出した。ウィリアムは、カレンの気持ちが落ち着くのを待ってくれていた。






「…………手、繋いでもいい?」



 カレンは少し迷った後、小さく頷く。ホッとしたように頬を緩めたウィリアムは、優しく手を繋いだ。





「嫌なことしてごめん。だけど、意地悪したかったんじゃないよ。」




「じゃあ…………。」




 なんで、と小さく問うと、ウィリアムは暖かく微笑んだ。





「大好きな人と初デートだから、浮かれてたんだ。」


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