第2話 「あの日」と 入れる人 と 入れない人

次の日、

兄さんとおじいちゃんに元気よく、

「いってきます!」

と言って家を出て、

待ち合わせ場所の丁字路へ向かうと、

すでにリアムが待っていた。


楽しく話をしながら歩いているうちに、

学校に到着した。


午前の授業を受けて、食堂でお昼ご飯を

食べて、中庭の芝生に寝転んだ。

「今日は、昼寝日和だ」

満面の笑みで、リアムが言ったので、

「『今日は』、ではなくて、いつもだろう」

僕が笑うと、

「それは、誤解だよ。『今日は』、本気の昼寝日和チャンスなのです」

リアムが、ニヤリとして言った。

「何それ? どういうこと?」

僕が聞くと、

「なぜなら今日は、月に1回のダヤ先生達、AIロボットのメンテナンス日で、学校に1体もいないからです!」

リアムが、得意気に言った。

「なるほど、それは確かに、レーザーを照射されないという点では、チャンスだね。いや、他の授業も……」

キンコンカンコーン。

昼休み終了のチャイムが鳴った。

話は途中だったけど、僕とリアムは、急いで

教室に戻った。


席に着いて、数秒後、

5時間目の授業、数学担当の先生が教室に

入って来た。

さっそくリアムは、ウトウトしていた。

何だか僕も眠たくなってきたな……と思った

その時、突然、

ブォンブォン。

体に響く重低音が、教室中に響いて、僕と

リアムは音に驚いて、一瞬で、目が覚めた。

音の発生源は、携帯電話のようだった。

それぞれが、携帯電話を確認すると、

画面に、「災害メール」と表示があって、

それを押すと、


「避難する人は、各都道府県の役所の敷地に設置してある、避難所へ来てください」


と、記載してあった。

「今から訓練?」

「先生、何から避難するの?」

みんなが先生に質問をした。

先生は、自分の携帯電話の画面を見つめ

ながら、

「訓練なら、事前に学校に知らせが届くはずだし、メールの件名にも、○○の災害を想定した訓練メールと、一文が入っているはずなのに、避難してとしか記載がないのは、どうしてだろう?」

不思議そうにしていた。

ピンポンパンポーン。

「教職員は至急、職員室へ来てください」

校内放送が流れた。

それを聞いた先生が、

「聞いてくるから全員、ここで待機して!」

急いで、職員室へ向かった。


「スカイ」

後ろから声がして振り向くと、

プニッ。

指が僕の頬に、刺さった。

「リ、ア、ム!」

低めの声で言うと、

「ごめん、ごめーん」

ふざけて言ってきた。


その時、

シュワンッ。

何かが一瞬、体の中を通過した気がした、

と思ったら、

キーン。

耳鳴りがして、

ピカッ。

窓の外、教室の中がすさまじく明るくなって

すぐに、暗くなった。


あまりにも眩しくて、

しばらく目が、チカチカした。

「今の、何!?」

みんなが困惑していると、

「外を目て!」

カーナヴォンが叫んだので、

みんなが窓の方を見た。

さっきまで、雲一つない青空だったのが

一変して、急に夜が来たのかな?

と思うくらい、暗くなっていた。

強い風が吹いてきて、

空一面に広がった黒い雲のいたるところで、

雷がひかり、

バキッ、ミシッ。

不気味な音がして、恐怖のあまり、

泣き出してしまう人もいた。

「窓を閉めて!」

学級委員のエレナが、叫びながら窓を閉める

姿を見て、他の人も窓を急いで閉めた。

雷が校庭に植えられている背の高い木や

低木に次々と落ちて、あちらこちらで、

火柱が上がった。

校庭の地面が、ゆっくりと割れていき、強い

風で窓ガラスが激しく揺れて、窓ガラスが

割れないか、不安に襲われた。

「怖いよ!」

僕のクラスの人達も、他のクラスの人達も、

大騒ぎだった。

「そうだ、ママに電話!」

一人が言うと、他の人も、家族に携帯電話で

連絡を取ろうとした。

「あれ? 画面が真っ黒」

「電源がつかない!」

「みんな、同時に壊れるとか、あり?」

口々に言った。


その時、

勢いよく教室の扉が開いて、職員室へ行って

いた先生が、戻って来た。

みんなが一瞬で、静かになった。

「よく聞いて! さっきの災害メールは本物で、これのことだ!」

先生は、窓の外を指でさした。

「眩しく光った時があったと思うけど、携帯電話や他の電子機器もたぶん使えないと、物理のクヴァ先生が電磁パルス? とか言う現象だと言っていた。すぐに家に帰って、家族の人と一緒に避難して欲しい。また避難所で会おう」

先生は、教室を出て行ってしまった。

「え? 先生?」

みんなが、呆然とした。


他のクラスの人達が、移動を始めているのが

教室の廊下側の窓から見えた。

教室の後ろの扉が開いて、

「帰るよ」

隣のクラスのジュールの双子の姉、スノウが

言った。

「私も中学に、妹を迎えに行かないと!」

それぞれ、慌てて教室を出て行った。

みんなが出て行くのを、呆然と見ていた

リアムが、

「僕達も帰ろう」

不安そうな表情で言った。

いつの間にか教室には、僕とリアムしか

残っていなかった。


教室の扉を出たところで、僕は振り返った。

誰もいなくなった教室の中を見た時、

ダヤ先生が、リアムにレーザーの光線を

照射したこと、みんなの笑い声や、体育祭で

飾る看板の制作をしたこと、文化祭の

出し物で、喫茶店をしたこと……

色々な思い出がよみがえってきた。

それらすべてを失った……そんな気がした。

「何、ぼうっとしているの? 帰ろう」

リアムが、僕の手を引っ張った。


みんなが急いで階段を降りて、校舎の外へ

向かっていたので、昇降口が混雑していて、

下駄箱で靴を履き替えるのは無理だなと、

僕とリアムは、顔を見合わせてうなずいて、

上靴のまま、校庭に出た。

3時間目に校庭で体育の授業をやった時には

こんな光景ではなかったのに……

これは本当に現実?

いや、むしろ、夢であって欲しいと思う

くらいの、大惨事だった。

「スカイ、鞄を頭の上に乗せて行こう」

「臨時の傘だね」

僕とリアムは、雷が落ちて火災が発生し、

豪雨によってできた水たまりだらけで、

地割れによってできた穴や滝もある校庭を

気をつけながら、全力で走った。

「え?」

僕の横を走っていたリアムが突然、消えた。

「リアム!」

何度も名前を叫びながら、周りを見渡すと、

リアムが頭にのせていたはずの鞄が、

地面に置いてあるのを見つけた。

そして、一瞬、

その鞄の近くにあった水たまりの中から、

人の手が見えた気がした。

僕は、頭にのせていた鞄を投げ捨てて、

手が見えた水たまりの中に片手を入れて、

水の中を探った。

何かにふれた気がして、

リアムだ! と感じた。

力一杯引っ張ると、リアムの頭部と肩が、

水から出てきた。

「ゲホッ」

「リアム! 大丈夫!?」

僕はリアムの両脇の下に手を入れて、

引っ張った。

中々、水たまりの中から出てきてくれなくて

僕は焦った。

「リアム! 息をしている!?」

引っ張りながら聞くと、

「あぁ……」

返事をしてくれたので、少しホッとした。

「リアム、しっかり意識を保ってね! うおぉ!」

雄叫びをあげて、最大限の力を振り絞って、

引っ張った。

少しずつ体が、水たまりの中から出てきて

くれた。

「リアム!」

僕は、力一杯、抱きしめた。

「ス……カイ。ありが……ゲホッ」

「生きていてくれて、ありがとう!」

僕が言うと、リアムがうなずいた。

安心したせいか、急に体の力が抜けて、

リアムを抱きしめたまま僕はゆっくりと、

地面に倒れた。

リアムは、僕の上から横に転がって、

地面に落ちた。

「ありがとう、もう……死んだって思ったよ、本気で」

リアムが、顔だけ僕の方に向けた。

「声が聞けて嬉しい」

僕は笑ったのに、涙がこぼれてきた。

「よし、気を取り直して、帰ろう」

リアムが笑ったので、僕は涙を袖で拭いて、

笑った。

僕とリアムは起き上がって、ドロドロの

地面に座った。

お互いの泥まみれの酷い姿が、目に入った

瞬間、こんな状況なのにおもしろくなって、

「あははは」

大笑いしてしまった。

「雷が鳴って地面は割れて、雨は容赦なく降り注ぐし、ずぶ濡れで泥まみれ、何なの?」

リアムが言った。

「その通り、何なの?」

僕が言ったあと、

「何なの? この状況!?」

2人で叫びながら、空から降ってくる、

大きな雨粒を見つめた。


「帰ろうか」

リアムが、静かに立ち上がった。

「体は大丈夫なの? 歩ける?」

僕が聞くと、

「スカイは過保護だからね、もう平気だよ。行こう」

リアムが手を出したので、

僕はその手をつかんで、立ち上がった。

「もう、水たまりに、はまらないでね」

「あたり前だろう」

リアムが僕の背中を、たたいてきた。

「加減しろよ!」

逃げるリアムを、僕は追いかけた。


こんな、いくつもの大災害が起こっている

悲惨な状況なのに、リアムの明るい性格と

笑顔のおかげで、僕の心は救われる。


校門を出て、しばらく行くと、わかれ道の

丁字路に着いた。

右に行けばリアムの家、

左に行けば僕の家がある。

「じゃあ、スカイ、僕は……」

リアムが指で、右をさした。

「リアム、僕は……」

僕は、指で左をさした。

リアムが勢いよく抱きついてきたので、

僕も抱きしめた。

もしかしたら、会えるのはこれが最後かも

しれない……言葉を交わさなくても、

言いたいことは分かる、なんせ僕達は、

親友だから。

だけど、最後だなんて思いたくないし、

声に出して、永遠の別れかもしれない言葉を

言うのも嫌だったから、

僕達はゆっくり離れた。

一歩、また一歩とお互いに、目を合わせた

まま、後ろへと下がって行き、

同じタイミングで、

「また、明日ね」

いつも通りの言葉を言って、

二人ともうなずいた。

お互いゆっくりと背を向けて、

それぞれ、家の方向へ歩き始めた。


また、会えますように……と、祈りながら。



地震なのか地割れの振動なのか、

分からないけど揺れを感じて、建物や電信柱

ありとあらゆる物が、倒れてこないか気に

なるし、雷、雨、風、なんかもう色々あり

すぎて、笑えてくる。


いつもなら学校から家まで、歩いて15分

くらいなのに、今日は学校を出てから、

すでに、2時間くらいたっているのに、

まだ家に着けていない。

僕の時計はアナログだったからか、

電磁パルス? とかいう影響を受けなかった

みたいで、時間だけは知ることができた。

だけど、いつまで知ることができるかな?

「そろそろ、時計の電池を交換した方がいいぞ」

おじいちゃんに言われたのを、

ふと、思い出した。

僕はその時、まだ動いているから大丈夫、と

電池を交換しなかった。

今さら何を言っても遅いけど、

おじいちゃんの言う通りに、交換しなさい! この時の自分に、文句を言いたい。


「あれ? 家だ!」


雨で視界は悪かったけれど、

ようやく家が見えた。

今朝、家を出た時にはなかった、幅広の川が

家の前にできていた。

流れは、少し早い渓流のような感じだった

から、踏ん張れば渡れそうな気がするけど、

深さはどうだろうか?

水が濁っていたので、見た目では分からな

かった。

僕は、制服のズボンを膝くらいまで

折り込んで、腕まくりをして、

「よし、行くぞ!」

叫んで、気合いをいれた。


恐る恐る、片足を水に浸けてみると、

すぐに足の裏が底に着いた。

ずっと、これくらいの深さなら渡れそうだ、

僕はホッとした。

川の流れに体を持って行かれないように、

慎重に川底を捉えながら、進んだ。

何度か、足が滑って倒れて、流されそうに

なって、怖かったけど、どうにか、川を渡り

きった。


「着いた!!」


嬉しくて、大声で叫んでしまった。

やっと家に着いたという安堵感と、兄さんと

シータの姿が見えたことで、僕の中で、

張り詰めていた何かが、ポキッ、と折れて、

涙が出てきた。

「兄さん! シータ!」

僕はかけよって、抱きついた。

「スカイ、無事でよかった。本当に、よかった」

兄さんも、安堵した表情に見えた。

「おじいちゃんは、家にいる? 先生が、家族と避難所に行くようにって」

僕が言うと、

「おじいちゃんは、足が悪いから、先に連れて行こうと思って外へ出たら、避難困難者を救命ボートに乗せている消防署の人がいて、一緒に乗せてもらったから、今頃はもう、避難所に着いていると思う」

兄さんが言った。

「それなら、よかった。僕達も行こう! あ、ちょっと待って、上靴で帰ってきたから、運動靴に履き替えてくる」

家の中に入ろうとしたら、

兄さんが、僕の腕をつかんで、

「駄目だ!」

怖い顔をして言った。

「兄さん、腕、痛いよ」

「え、あ……ごめん」

兄さんは、僕の腕をつかんでいた部分を

両手で、優しくなでた。

「履き替えてくるね」

改めて言うと、

「駄目だよ……家の中は、少し前に起きた地震で二階が崩れてきて、倒壊の危険があるから……そうだ! 僕が、とってくるよ」

兄さんが、倒壊の危険があると言った、

家の中へ入ろうとしたので、

「やっぱり、このままでいい。実は、動きやすいから」

僕は、慌てて言った。

兄さんは、本当に上靴で大丈夫?

心配して何度も確認してくれたけど、

「大丈夫!」

僕は、力強く言って、兄さんの手を取って、

家をあとにした。


あの丁字路で、リアムと別れてから、

家にたどり着くまでの間、ひとりぼっちで、

とても心細くて、不安で怖かった。

大災害が起きているさなかなのは、

今も変わらないけど、兄さんとシータが

一緒だから、すごく安心する。



雷や雨、風、地震以外に電信柱や信号機も

軒並み倒れていて、僕と兄さんの行く手を

阻んできた。

「兄さん、僕、シータを入れる鞄を持ってくるのを忘れた上に、シータが入りそうなポケットがなくて……その上着って、内ポケットがついていなかった?」

僕が聞くと、

「あるよ」

兄さんが、ニコッとした。

「シータをよろしくね」

僕は、兄さんにシータを渡した。

兄さんは、そうっと内ポケットにシータを

入れた。


しばらく歩いていると、

家の周辺ではあまりなかった、自転車や

バイク、自動車などが、いたるところに

放置されていて、どこから集まってきたのか

大量のプラスチックのゴミでできた丘が、

あちらこちらにあった。

「役所の方向というか、道って合っているよね? こっちで」

以前の町の面影がまったくないし、

携帯電話も使えなくて、自分が今、どこに

いるのか、不安になってしまった。

「電信柱に住所が書いてある札が張り付けてあって、それを確認しながら、進んでいるから、大丈夫だと思う」

兄さんが言った。

現在地がどの辺か、僕には見当もつかな

かったのに、兄さんは、ここがどこなのかを

確かめる方法を知っていた。

「兄さんは、すご……」

僕の言葉を遮るように、

「電信柱に住所が記載してある札が貼ってあるから、道に迷ったら参考にするといいよって……救命ボートに乗る前に、おじいちゃんが……教えてくれた」

兄さんが、静かに言った。

「おじいちゃんも兄さんも、すごいね。僕がひとりだったら、今いる場所すら分からなかいから、役所にたどり着くどころか、反対の方向へ行っていたかもしれない」

「そんなことないよ。スカイは、ちゃんと学校から帰って来ただろう」

兄さんが褒めてくれたので、

嬉しくなってしまった。

「でも、途中までリアムが一緒だったし、ひとりになってからは、真っ直ぐな雰囲気の方向へ行ってみたら、たまたま着いた感じで」

謙遜すると、

「素直に褒められとけ」

兄さんは、僕の髪の毛を片手で、

クシャクシャしてきた。



何回も、規模の異なる濁流に入って、時には

泳いで渡り、大量のプラスチックのゴミで

できた丘を崩しながら乗り越えて、

電信柱を見かける度に、現在地の確認を

しながら進み、崩れた建物の、

飛び散ったガラスの破片ゾーンは、

プラスチックのゴミを借りて足場を作って、

歩いた。

足腰が健康な僕でも、大変なこの道のり、

足の悪いおじいちゃんが、救命ボートに

乗って、避難することができて、本当に

よかった、と心の底から思った。

それにしても、まったく避難所なる物が

見えてこない。

本当にあるのかな? と思ったりもしたけど

そうなると、おじいちゃんはどこへ避難した

の? となるので、もうすぐたどり着く!

諦めそうになる心を奮い立たせて、

ひたすら歩いた。



もう、どれくらい歩いているのかな?

確か、家を出た時は、17時過ぎだった

ような……時計を見ると、長い針が2の少し

手前で、短い針が5の場所にあった。

5時8分だった。

午前と午後の表示がないから、正確な時の

流れは分からないけど、眠たくなって、

何回か睡眠を取ったし、気持ち的にはもっと

長く感じたけど、まだ24時間しかたって

いなかったのか……と思ったら、

秒針が止まっていた。

電池が切れたのか、防水仕様だったけど、

この豪雨や泥水にやられたのか、

僕のアナログ時計は、

時を刻むのをいつの間にか、止めていた。

ドンッ。

「ごめん、時計に気を取られて、前を見ていなかった」

「見て、あそこ」

兄さんが、指でさした方向を見ると、

少し荒れ果てた雰囲気になってしまった

役所の建物があって、その少し横に、

噂の避難所なるものが見えた。

「兄さん、あったね!」

まだ見えただけだったのに、僕と兄さんは、

到着した気持ちになってしまった。


視界のはしで動くものが見えて、

ふと、そちらを見ると、

ハンモックかゆりかごに乗っているような

動きをしている人が浮いていた。

え?

まさか……目をじっと凝らして見たけど、

どうしても、浮いているように見えた。

おかしいな? 僕は目を閉じて深呼吸を

して、心を落ち着かせた。

よし、確かめてみよう!

目を開けると、誰もいなかった。

人がいたような気がしたけど……疲れすぎて

幻でも見たのかな? と考えていたら、

「うわぁ」

兄さんが僕の腕を、急に引っ張ったあと、

AIキュープが、僕の顔のそばを飛んで

行った。

ケガはしていないと言ったのに、兄さんは、

僕の体を、隅々まで確認して、

「ケガは、ないみたいだな、よかった。それにしてもあのキュープ、危ないな! 障害物を検知するセンサーでも壊れているのか?」

兄さんは、怒り気味に言った。

「本当に、壊れているのかも」

僕が言うと、

「そうみたいだね」

兄さんが言った。

機体から煙を上げて、上昇したと思ったら

急に下降して、左右にフラフラしながら、

かろうじて浮いているといった感じで、

それでも人に近づいて何かをしている姿を

見て、どんな命令を受けているのかは

知らないけど健気だな、頑張れ!

思わず応援してしまった。

その時、

ボコッ。

何かがAIキュープにあたって、墜落した。

「あ、落ちた!」

僕と兄さんが落ちたAIキュープを見に

行こうとしたら、

「イェーイ! 撃ち落としたぜ」

ガレキの丘の中から、髪の毛がボサボサで、

全身泥まみれの人が、急に出てきたので、

僕と兄さんは驚いた。

その人が僕達に気づいて、

「何か文句あんのか?」

と言ってきた。

兄さんは、僕の前に移動した。

「文句なんて、ないよ」

兄さんが言うと、

「いいか、あいつらは、男は助けずに無視して、女ばかりを調べて、レベルが5でも好みじゃなかったら見捨てて、『捜索対象じゃない』とか何とか言って、また別の女のところへ行く。ふざけてやがる! そうだろ!?」

こちらに近づいて来たその人の見開いた目は赤く血走っていて、すごく怖かった。

「あの……僕は、避難所に行きたいだけなので」

兄さんは僕を隠しながら、片手を伸ばして

盾にして、距離を確保しつつ、

横にずれながら移動した。

「あいつの見方なのか!? おい!」

今にもこちらに、飛びかかってきそうな

勢いだった。

その時、

AIキュープが3台、飛んできて、

目線が兄さんから、上空へ移った。

「降りてこい! 何で俺がマイナスなのか、納得できる理由を説明しろ。ふざけるな!」叫びながらAIキュープにガレキを投げて、

追いかけて行った。

僕が兄さんの手を引っ張って、

歩こうとすると、

「もう少し待って。あの人の姿が、見えなくなってから行こう」

兄さんが言った。


姿が完全に見えなくなると、

兄さんは僕の手を握って、歩き出した。

「さっきの人、怖かったね」

「そうだね。こんな状況だし、周りにもっと気をつけて進もう」

兄さんが、少し硬い表情をして言った。



ゴォオォー。

大地や大気がうなり、地面が割れ、崩れた

建物やプラスチックのゴミでできた丘の

向こうから、水が迫ってくる気配がして

とても恐ろしかった。

消防車、パトカー、ビルの火災報知器の

ベルなどが、けたたましく鳴り響き、

そこに人々のざわめきも加わって、

騒然としていた。

役所の周辺には、

高層の建物がたくさん建っていたせいか、

状況が家と学校周辺よりも、酷く感じた。

「すごい、人の数……圧倒される。カオスだな」

兄さんが言ったので、

「カオスって何?」と聞くと、

「説明が上手くできないけど、とにかく、この目の前の状況のことだよ」

兄さんは、真っ直ぐ見つめながら言った。

「そうなのか」

僕は、何となく理解した。

「どこの町でも、こんな状況なのかな? となり町に行ったら案外、いつも通りの日常で、この町だけが、こんな状況なだけだとか?」

僕が言うと、

少し、沈黙したあとで、

「そうだといいね」

兄さんの目から涙が一筋、頬をつたって、

地面に落ちた。

「避難所に行けば、おじいちゃんがいるし、温かいスープがあるかも」

兄さんを、元気づけようと思って言うと、

「温かいスープか……飲みたいね」

兄さんは目を腕で覆って、

声を押し殺して泣いていた。

それ以上僕は、何も声をかけられなかった。



たくさんのAIキュープが、飛び回って

いた。

それが時々、地上の近くまで降りて、

人をつかんで、避難所の中へ、運んでいる

ように見えた。

「ヒューマンレベ……」

ボコッ。

何かがあたって、AIキュープが落下した。

「兄さん!」

「どうした? スカイ」

兄さんは慌てて涙を袖で拭いて、僕を見た。

「また、さっきの人かな、あそこにキュープが落ちたみたい」

「また、あいつが!?」

周りを確認して、兄さんが、

「いないみたいだね」と言ったので、

僕は、安堵した。

「ヒュ……ヒ……」

「ん? スカイ、何か言った?」

「何も……」

「ヒューマン……ジジジ」

僕と兄さんは、恐る恐る、音のする方へ

行ってみた。

そこには、火花が散って壊れかけている

雰囲気の、スピーカーを搭載した

AIキュープがいた。

何を言っているのかな? 二人で聞き耳を

立ててみたけど、まったく分からなかった。

他にも、何かを言いながら飛んでいる

AIキュープがいたら、その時に聞いて

みようということになって、その場を

立ち去ろうとした時、

兄さんが近くに落ちていたボロボロの布を、

そのAIキュープにかけたので、

何をしているのか聞くと、

「何だか傷ついた姿が、かわいそうで……」と言った。

「兄さんは優しいね」

「そんなことないよ。ただ……おじいちゃんに、見えて」

「おじいちゃんが、どうしたの?」

「何でもない。ほら、行こう」

兄さんが笑った。

それ以上は聞くな、と兄さんの笑顔が言って

いる気がして、気になったけど聞けなくて、

僕は笑い返した。



僕と兄さんは、しばらくお互い黙って、

ひたすら歩き続けた。

何だか疲れたなと思った瞬間、めまいがした

ので、僕はその場にかがんだ。

「大丈夫? 歩きすぎたね、少し休憩しよう」

兄さんが、笑顔で言った。

「ごめんね、早く避難所に行かないといけないのに」

「避難所は逃げないし、ずっと薄暗いから日の出も入りも、いつしているのか分からないけど、明日また、一緒に歩こう」

兄さんの気遣いと、自分の体力のなさとで、

泣けてきた。

「あそこに、トラックがあるように見えない? 埋もれているけど」

兄さんの見ている方を見ると、

最近では珍しい窓ガラスが割れていない、

原型を留めていそうな、トラックがあった。

「見に行ってみよう。ほら、背中に乗って」

兄さんが、その場にかがんだ。

「重いからいいよ。あそこまでなら、歩ける」

「いいから、乗って。昔は、背負わせてくれただろう?」

「それは、小さい時だから」と言うと、

「兄さんからしたら、今のスカイも、まだまだ小さいよ」と、笑った。


結局、僕は兄さんに背負ってもらって、

移動した。

トラックは、運転席側の扉の周辺以外は、

ほとんどプラスチックのゴミやガレキで

埋もれていた。

兄さんは、僕を背負ったまま、トラックの

扉を開けた。

長距離トラックだったのか、運転席と助手席

の後ろが、少し広めのベンチシートになって

いた。

「ここで、今日は眠ろう」

兄さんは僕を、運転席の座席におろした。

二人で後ろの席に移動して、寝転んでみた。

「んーん、気持ちいい」

同じことを言って、二人で笑った。

「兄さん、シータをちょうだい」

僕が言うと、

兄さんは、内ポケットからそうっとシータを

取り出して、僕の胸元に置いてくれた。

「久しぶり。こんなフカフカで、背中が痛くないの」

座席をたたいて僕が言うと、

兄さんも座席をたたいた。

「フカフカだね」

二人でまた、笑い合った。

けっして広いとは言えない、お互いの肩が、

ぶつかる幅だったけど、真っ直ぐ足を

伸ばして、背中が痛くない場所で、室内で

寝転ぶ、それだけで、

それだけでもう、十分だった。


自分の部屋で、敷布団の上で足を伸ばして、

冬なら毛布、夏ならエアコンで涼しい環境で

眠る、そんな当たり前が、

その当たり前をすることが、

今はとても難しくなってしまった。


兄さんの言った、カオスな状況というものが

始まってから、いったい何日たったのかな?

時々、時計が止まったことを忘れて、

何時かな?

ついつい、時計を着けている左手首を

見てしまう。

5時8分、また5時8分、

まだ5時8分か……最近すぐに、目に涙が

込み上げてくる。

前はこんなに、

泣き虫ではなかったのに……。



僕はいつの間にか、眠っていたみたいで、

兄さんに起こされた。

「おはよう! と言いつつ、本当に朝かな?」

「そうだね、本当の朝かどうか、分からないなんて、変な世の中」

僕が言うと、

「そうだね」

兄さんが笑った。

「この辺に、飲食店やコンビニがあったから、ガレキの下に食べ物が埋まっているかもしれない、と思って掘ってみたら……驚くぞ!」

兄さんは手招きをして、指をさした。

「何があるの?」

指の先には兄さんが掘った穴があって、

そこを覗くと、

「これって……ポップンマヨストアって、書いてあるのかな?」

僕が言うと、

「正解!」

兄さんが、興奮気味に言った。

「ポップンマヨストアの配送トラックだったみたいで、積んであった食べ物は腐っていて駄目だったけど、缶詰を見つけたよ」

兄さんは、瞬培ホタテの醤油煮の缶詰と、

大豆ミート片の甘辛煮の缶詰を

見せてくれた。

「兄さん、これって……」

僕は驚きのあまり、目が点になった。

まさか食べ物が、壁一枚、隔てたところに

あったなんて、灯台もと暗しとは、

まさにこのことだ。

兄さんに、どっちにする?

と聞かれたけど、どちらもおいしそうで、

決められなかった。

「ひとつは取っておいて、もうひとつを半分ずつ分けて、食べようか?」

どちらを食べるのかは、

指をさして決めることにした。

僕と兄さんは、瞬培ホタテの缶詰を指で

さした。

幸い缶詰のフタには、爪が付いていたので、

手で簡単に開けることができた。

中には、大きなホタテが、四つ入っていた。

ひとつずつ指でつまんで、口の中に入れた。

「おいしい!」

二人で叫んだ。

「今まで生きてきた中で、一番おいしいかも!」

僕が言うと、

「うん! ディラックさんの大豆ミートと培養加工肉のミンチのハンバーグもおいしいけど、今は、これが一番かも」

兄さんが言った。


ひとり、たった二つしか食べられなくて、

量的にはまったく足りないはずなのに、

満たされた気分になった。


「腹ごしらえもしたし、そらそろ行こうか」

僕と兄さんは、お世話になったトラックに、

「食事と寝床を提供してくれて、ありがとう」

お礼をした。

「兄さん、シータをまた預かって」

「もちろん」

兄さんが、ニコッとした。

僕達はまた、歩き始めた。



しばらく順調に歩いていたけど、

地面に大きな穴があいていて、雨水なのか、どこかの川の水なのか分からないけど、

勢いよく穴に流れ込んでいる場所に

遭遇した。

遠回りにはなるけど、穴をぐるりと回って

進むことにした。

穴に落ちないように、慎重にガレキを踏み

しめて歩いた。

少し時間はかかったけれど、無事に地面の

穴ゾーンを通過して、ホッとしていたら、

次に現れたのは、

僕達の背よりも高く積み上がった

プラスチックのゴミとガレキ、放置された

乗り物などが入り混じってできた丘が、

行く手を阻んできた。

プラスチックとガレキが多めの場所は、

足が深く沈んで、足が取られて、

ガレキや放置された乗り物がある場所は、

壊れた乗り物の破片の鋭利な部分に

ふれないように、刺さらないように気をつけ

ながら進むのが、また大変だった。

水深の浅いところ、地面の穴、くぼみが

小さい場所や、ない場所を探しながら、

少しずつ、避難所に近づいて行った。


「ヒューマン……18歳……」

電子音声を流しながら飛んでいる、

AIキュープを見つけたので、僕と兄さんは

耳をすませながら進んだ。

雷の音や周りの雑音が邪魔するのと、

AIキュープが、移動しながら音声を流して

飛んでいることもあって、

一回ですべての内容を聞き取ることは

できなかったけど、何回も聞くうちに、

何となく文章がつながってきた。

「分かったぞ!」

兄さんが言った。

「何て言っていたの?」と聞くと、

「避難所には、ヒューマンレベル4以上の人と18歳未満の人が入れるって、誰でも入れるわけではないみたい。おかしいね、避難所なのに」

兄さんの声が、飛んできたAIキュープの

プロペラの音でかき消されて、最後の方が

聞こえなかったので、もう一度聞くと、

レベル4以上と18歳未満の人だけ入れる、

と教えてくれた。

「僕達はレベル5だから、入れるね」

嬉しそうに僕が言うと、うなずいた兄さんの

表情が、嬉しそうに見えなかったので、

「嬉しくないの?」

感じたまま聞くと、

「嬉しいよ、ただ……」

兄さんは、言葉をつまらせた。

「ただ、何?」

「何でもない、考え事をしていただけだよ。スカイは、些細なことを気にしすぎ。何も気にせず、兄さんにすべて任せておけばいいよ」

と笑ったので、僕は、笑顔でうなずいた。

「そうだ、作戦を思いついたよ。まず、あの群衆に近づこう」

兄さんは、僕の手を取った。


もう、見るのもうんざりする、

プラスチックのゴミで できた丘をいくつも

越えて、幅広だけど幸い浅かった、新しく

できたであろう川を渡りきると、

ついに僕と兄さんは、避難所のすぐそばまで

たどり着いた。



避難所の周辺は、大勢の人でひしめき合って

いて、みんなが口々に、何かを叫んでいた。

「道を切り開くから、後ろをついてきて」

兄さんが言ったので、

僕はうなずいた。

あまりにも人が多くて、少し進んだかな、

と思っても、人の波に押されて、後ろ、右、

左にと最短距離で近づきたいのに、

上手くいかなかった。

それでも数メートル先で、小さく見えている

避難所が少しずつ、大きくなってきている

気がした。

人の波に何回も、押し潰されそうになって

いる僕を見て、

「背負うから、肩を持って」

兄さんが言った。

僕が断ると、

「前にも言ったけど、兄さんにとっては、まだまだ小さな弟だし、周りより目線が高くなった方が、状況が分かるしAIキュープの目にも留まりやすいと思う。作戦だよ、協力してくれないの?」

僕が、気兼ねしなくてすむように、

言ってくれているのが伝わってきたから、

「もちろん、協力する」

僕は言った。

「ここでは、かがめないから、飛び乗って」

僕は勢いをつけて、

兄さんの背中に飛び乗った。

「よし、AIキュープにアピール作戦、スタートだ」

「どうするの?」

「スカイの体を支えるから、両手を高くあげて、思いっきり振ってみて。そしたら、キュープに気づいてもらえて、この群衆の中から抜け出せると思う」

兄さんに言われた通りに、

手を思いっきり振って、

「こっちだよ!」

僕は、周りの声に負けないように叫んだ。

すると思惑通り、AIキュープが反応して

くれたみたいで、近づいて来た。

同時に五台、集まって来て、囲まれたので、

少し驚いて、あげていた手を、

さっと引っ込めた。

僕と兄さんのところには、AIキュープだけ

ではなくて、周りにいた人も集まって来て、

「連れていけ! 降りてこい!」

などと助けを求める人達が、AIキュープに

向かって叫んでいた。

押し寄せる人と大きな叫び声に、

恐怖を感じた。

「兄さん、怖いよ」

「大丈夫。しっかり、つかまっていて」

騒然とした中でも、AIキュープはいたって

冷静で、プログラムされた任務を、

淡々とこなしていた。

僕の斜め上にいたAIキュープから、

「確認します、手首を見せて」

電子音声が流れたので、右手首を見せると、

「ヒューマンレベル5、確認」

電子音声が流れた。

「次は兄さん、確認してもらって」

僕が言うと、

「もう、他のキュープに確認してもらった」と言った。

いつの間に? と思ったけれど、

確認が終わっていると言ったので、

「レベルは5だった?」

と確かめると、

兄さんは静かにうなずいた。

「よかった、おじいちゃんに会えるね」

僕は嬉しくて、

陽気に踊りたい気分だった。

「そうだね……」

兄さんは、静かに言った。

一台のAIキュープが降下して、二本の

アームで、僕の体をつかんで、持ち上げよう

とした。

僕の体が少し浮き上がった時、

「俺もつれていけ!」

周りにいた人が、兄さんの体をつたって、

僕の足をつかみに群がってきた。

「痛い!」

僕が言うと、

「スカイから離れろ!」

兄さんが群衆に埋もれながら、

僕の足をつかんでいる手を、引き離そうと

してくれていた。

AIキュープは、地上で起きている人々の

奮闘には、おかまいなしという感じで、

僕の足に人がつかまっている状態のままで、

上昇をして、180度回転した。

さすがに重量オーバーだったようで、

「重量限界」

警告する音声が流れて、周りにいた他の

AIキュープが、僕の足をつかんでいた人を

自分のアームでつかんで引き離そうとして

くれた……というか、AIの性格を考えると

僕のためではなく、仲間の警告音を聞いて、

ただ単に重量を減らそうとしただけのこと

だろうけど。

引き離し終えた瞬間、警告音が止まった。

すると、引き離した人をつかんで、その場で

ホバリングをしていたAIキュープが

アームの指を広げたので、つかまれていた

人達が落下して、群衆の中に戻された。

僕をつかんでいるAIキュープが、

ゆっくりと避難所に向かって、動きだした。


「大丈夫!?」

僕は、兄さんを探した。

その時、群衆のざわめきの中から、

「兄さんは、大丈夫。スカイ……大好きだよ!」

叫ぶ声が聞こえた。


「大好きだよ」が、

「さようなら」と言ったように聞こえた。


僕は声がした気がする方向に、

体をひねった。

「待って! 兄さんも一緒に運んでよ!」

AIキュープに言ったけど、

無反応だった。

僕は兄さんと一緒じゃないと嫌だったから、

手足をバタバタさせて暴れた。

すると、

アームから僕の体が抜け落ちたのに、

気づかなかったのか、AIキュープは、

そのまま行ってしまった。

「うわっ」

落ちて死ぬ! と思ったら、受けとめられた

感覚がして、そっと目を開けると、

兄さんの顔が見えた。

「ケガは!?」

兄さんは、抱きかかえていた僕を地面に

おろして、隅々まで体を確認した。

「おかげで、また、ケガをしなかったよ。ありがとう」と言うと、

兄さんは、僕の両腕をつかんで、

「約束して欲しい、もう危ないことはしないって。いつも、いつもは、助けて……あげられないよ」

と言った。

「心配をかけてごめんなさい。危ないことはしないって、約束するよ」

「うん。スカイ……その、レベル……嘘を……じゃなくて、先に行って、おじいちゃんを探してくれないか? きっと、僕達の姿が見えなくて、心配していると思うから。スカイが運ばれたのを確認したら、兄さんも運んでもらうから」

「ひとりで先に行くのは嫌だよ。一緒に、二台のキュープに運んでもらおう。兄さんと離れたくない。ところで、嘘って何?」

僕が言うと、

「嘘? そんなこと、言ってないよ」

兄さんが言った。


理由は分からないけど、

漠然とした不安に襲われた。

だから、確かめないと! と、思った。


「兄さんのヒューマンレベルは、5だよね?」

と聞くと、

「……そ、そうだよ。5だよ、5!」

兄さんが自信満々に言ったので、

僕は安堵した。

だけど、

兄さんから目を離したらいけない気がして、

「ゆっくり、二人で歩いて行こう」

僕が、ニコッとしながら言うと、

「僕達に万が一のことがあったら、母さんに会わせる顔がないし、申し訳が立たないって、いつもおじいちゃんが言っていたのを覚えている? だから、先に行って、元気な顔を見せてあげて。分かってくれるよね?」

兄さんが言った。

「話は分かるけど、兄さんを置いて先に行くなんて、できない。僕を心配してくれているように、僕も兄さんのことが心配だから」

「そうだよな。スカイはいつも、僕のことを気遣ってくれる優しい弟だ。スカイの気持ち、嬉しいよ。ありがとう……」

兄さんは泣き出した。

僕は兄さんの頭を背伸びをして、なでた。

「一緒に、行こう」

兄さんの手を取って、歩きだした。



人混みをかき分けて、僕達は、少しずつ

避難所に近づいていき、

ついに、目と鼻の先という場所まで、

たどり着いた。

避難所は、

遠目から見た時の印象とは少し違う、

何だか異様な雰囲気だった。

柵で囲まれていて、出入り口へ行くための

階段は、地震で崩れたのかな?

避難所は、断崖絶壁の上にあった。

階段がなくなっていたので、3mくらいあり

そうな壁を、素手で登ろうとしている人や、

ガレキや壊れた自転車などを高く積みあげて

足場を作っている人もいた。

「他の、壊れていない階段を探す?」

僕が言うと、

「階段はあの一か所しかないと思う。だから、キュープが運んでいるのだと思うよ」

兄さんが言った。

「そうだね。あったら、素手で登ろうとする人もいないし、キュープも運ばないよね」

「さっきの作戦でいこう。ほら、背中に乗って」

僕はまた、兄さんの背中に乗って、

手を思いっきり振った。

するとすぐに、

AIキュープが僕に気づいて、ちょうど

二台、こちらに向かって来た! と思ったら

一台は、僕達を素通りして行ってしまった。もう一台は、僕の頭上でホバリングをして、

「確認します、手首を見せて」

電子音声が流れたので、右手首を見せた。

「ヒューマンレベル5、確認」

音声が流れて、AIキュープのアームが僕の

体をつかんで、ゆっくりと上昇を始めた。


二人分くらいの重さなら大丈夫じゃないかと

思って、兄さんの脇の下に腕をいれて、

自分の左手で、右手首をしっかりと

にぎった。

「わっ! 離して」

兄さんが、僕の腕から逃れようとした。

「危ないよ!」

僕と兄さんが暴れたせいで、

AIキュープから、

「揺れを確認」

警告音が流れてきた。

その音に驚いて気が緩んだ隙に、兄さんは、

僕の腕から逃れた。

とっさに兄さんの片手をつかんだけど、

兄さんは僕の手を、いとも簡単にふり

はらった。

重量が軽くなったAIキュープは、

急に上昇して、避難所の方向へ向きを変えて

柵に近づいた。

兄さんは、僕をじっと見つめていた。

その目が、

何かを訴えているような気がして、

また、不安を感じた僕は、体をひねった。

すると、

アームの指が一瞬、緩んで、体が落下した

けどとっさに柵が目に入って、つかむことが

できたので、地面にぶつからずにすんだ。

僕は、ゆっくり柵をつたって降りて、

足が崖をとらえた時、

兄さんの声がした。

「そのまま手を、柵から離さずに降りてきて。下で受けとめるから」

「うん、分かった」

僕はゆっくりと、体を下へ下へとずらした。

「足をつかんだから、もう手を離していいよ」

と言われたので、

手を離すと、兄さんが僕の体を受けとめて、

地面におろしてくれた。

僕の両腕をつかんで、

「危ないことはしないって、約束したよな!?」

少し怖い顔をして兄さんが言ったので、「ご、ごめんなさい……」

僕は謝った。

「頼むから、おとなしく避難所の中へ入ってくれ! お願いだから……」

兄さんは、

目に涙を浮かべながら言った。

「ひとりで中に入るのは、嫌だよ」

僕が訴えると、

「分かった、こうしよう。スカイの足をつかむから、それなら二人で行けるし、いいだろ?」

兄さんが言った。

「それなら、いいよ! 絶対に、手を離さないでね」


ちょうど、話がまとまった時に、

「今、落ちた人?」

電子音声が聞こえて上を見ると、

AIキュープがいた。

「そうだよ」

兄さんが言うと、

「確認します、手首を見せて」

また言われた。

さっき落としたレベル5の僕だと判明すると

アームが僕の体をつかんで、持ち上げた。

その時また、周りの人が僕の足をつかもうと

集まって来て、兄さんは、つかまれない

ように、守ってくれた。

地上で起きている人々の奮闘には相変わらず

無関心なAIキュープは、上昇して行き、

人の手が届かない高さになる寸前、

兄さんが、僕の足をつかんだ。


AIキュープは、避難所の方向へ向きを

変えて進みだした。

避難所の門の上には、列ができていた。

ヒューマンレベルを確認している

AIキュープがいて、

「ヒューマンレベル5、確認」

電子音声が流れると、

人をつかんでいるAIキュープが、

柵の中へ入って行った。

そして、つかんでいた人をおろして、

また飛んでいった。

僕達の順番がきて、

「ヒューマンレベル5、確認」

電子音声が流れた。

僕達を運んでいたAIキュープが、

柵の中へ入る寸前、兄さんが手を離した。

「大丈夫!?」

「うん、大丈夫! 手が疲れて、滑った 」

兄さんは、先ほどの僕のように、

柵につかまっていた。

僕をおろしたAIキュープに、

「兄さんが落ちてしまって」

柵の向こうにいる兄さんを、指でさして

教えたのに、上昇して回転すると、

兄さんの方ではない方向へ、

飛んでいってしまった。

「そっちじゃないよ!」

「スカイ、来て」

兄さんが呼んだので、かけよった。

「あのキュープ、兄さんに気づかなかったみたい。僕が手を振るから、キュープが来るまで絶対、柵から手を離さないでね」

僕が手を振ろうとしたら、

兄さんが柵の間から手をだして、

僕の腕をつかんで、

「そんなことは、しなくても大丈夫。スカイ、シータを返すよ」

兄さんが、柵の間からシータを渡してきた

ので、僕は受け取った。

「兄さん、横に移動できる? 内側から開けてもらうよ」

避難所の出入り口の門の方へ移動しながら、

僕が手招きをすると、兄さんは、

「僕のために、色々とありがとう。大好きだよ、スカイ。おじいちゃんにも……伝えて」

兄さんが柵から手を離したので、

僕は慌てて兄さんに近づいて、

両手をどうにかつかんだ。

「兄さん、何しているの!? 伝えるなら、自分で伝えてよ! 少し気になっていた……時々、様子が変な時があったよね?」

僕が言うと、

兄さんは今にも泣き出しそうな、

不安気な表情をした。

「何かあるなら、教えて。言ってくれないと、分からない」

僕の目にも、涙が溢れてきた。

兄さんは、黙って下を向いた。

「何とか言ってよ……」

兄さんはゆっくりと顔を上げて、

僕を見つめた。

「スピーカーを付けたキュープが、言っていただろう? ヒューマンレベル4以上と18歳未満の人だけ入れるって。それはつまり、誰でも避難所に入れる、というわけではないってことだ。僕には……僕には、ここに入る資格がない。罪を犯した人間は、天国へは行けないだろう? だから、入れない」

「どういう意味? 入るのに条件があるとしても、兄さんのレベルは5だから、入る資格はあるでしょう!?」

僕が言うと、

兄さんは突然、笑いだした。

「あはは。そうか……なんだ、そういうことか! あはは。そうか」

「兄さん、何が面白いの? どうしたの? 一体?」

「何って……すべてだよ! ヒューマンレベルなんて言うものが、何で始まったのかが、今、はっきりと分かった。スカイみたく善良な人と、僕みたいな罪人とを分けるためだ。あはは」

笑いながら話す兄さんは、

どこか別人のようだった。

「どうしたの? 何を言っているのか、まったく分からないよ」

僕が言うと、

「僕のヒューマンレベルは……5じゃない。マイナスだよ」

兄さんが言った。

「え!? マイナス? 何で? 兄さんは5でしょう!?」

「マイナスだよ……スカイ、ごめん」

兄さんは急に、真顔になった。

そして、

僕の手を優しくはらいのけて、


「元気でね」


笑って、柵から離れて、

器用に地面に着地した。


「兄さん!」


後ろ姿に僕が叫ぶと、一瞬、立ち止まって

くれたけど、振り返ることなく、

群衆の中へと走って行って、

姿が見えなくなってしまった。

「兄さん! 兄さん!」

姿が見えなくなっても僕は、

柵にしがみついて叫んだ。

叫び続けて、声がかすれて、小さな声でしか

叫べなくなった。

兄さんは一体、何を言っていたのだろう?

ヒューマンレベル5のはずなのに、なぜ、

マイナスと言ったのか……罪を犯したとは

一体、何のことなのか……。

僕にとっての兄さんは、僕とおじいちゃんの

ことをいつも想ってくれている優しい人で、

僕のために缶詰を見つけてくれるし、

眠る時は、見守ってくれて……

こんなに、こんなに優しい人なのに、

何の罪があるというの?

分かるように説明してよ……兄さん、

戻ってきて……。


ブーンッ。

音がして振り返ると、AIキュープが人を

降ろしているところだった。

僕は、そのAIキュープのアームをつかんで、

「外へ、連れていって! 兄さんを探したいから、外へ出してよ!」

と訴えていたら、

「重量限界」

警告音を鳴らした。

「何だよ!」

僕は、AIキュープを投げ飛ばした。

自由になったAIキュープは、

何事もなかったかのように、体制を整えて

上昇して、避難所の外へ飛んでいこうと

していた。

「兄さんを、探してこい!」

僕は、AIキュープに向かって叫んだけど、

当然のように無視して、兄さんが走って

行った方向とは反対の方向へ飛び去った。

その態度に、すごく怒りを覚えた。

なんだか今、すごく、イライラする。

ムカつく、あのキュープ! と思った瞬間、

僕は、あの人を思い出した。

あの人が言っていた、女しか助けないは、

男の僕が助けられたし、他にも男の人を

運んでいるのを、何回も見たから、

勘違いだと思うけど、いや……女の人しか

助けないキュープが絶対にいないとは、

言いきれないか。

理由は別にして、AIキュープに腹を立てて

いる、という部分では共通しているから、

あの人が、ガレキを投げていた気持ちは

理解ができる、僕はそう思った。

だからって僕は、本当には投げないけど、

気持ち的には投げまくっていて、

すでに数百台は墜落させている。

だって、非情だよ……AIキュープは。



僕は、避難所の門の柵の間に顔を押しつけて外を眺めた。

この状況は一体、何なのだろう……どうして

あんなに、雷が落ちて、火災が発生して、

地震が起きているのか。

ここの階段さえ壊れていなければ……門の

外側の階段が、地震で崩れ落ちたであろう

場所に、視線を移した。

ん?

何だか、おかしい?

地震で出入り口へと登る階段が崩れたから、

AIキュープが人々を運んでいると思って

いたけど、門の下に階段が崩れ落ちたらしき

破片が、ひとつも、落ちていない。

それに、崩れ落ちたとは思えないくらい、

階段があったであろう接地部分が、

キレイだった。

むしろ、初めから階段のない設計だった、

と言われた方がしっくりくる、そんな印象を

受けた。

それでも、ここの門さえ開けば、

自由に出入り口できるのに……。

勝手に開けてもいいかな? 門の構造は、

どうなっているのかな、とよく見たら、

門のはずなのに、開閉部分がなくて、

一枚の柵みたいだった。

え? 何で?

その時、僕の頭の中に、


「誰でも入れるわけではない。このためのヒューマンレベルだった」

兄さんの声が、聞こえてきた。


そんな、はずはない! と思いながらも、

兄さんの言葉が避難所の門の構造と重なって

なんだか怖くなってきた僕は、

へばりついていた柵から後ろへ一歩、

また一歩と少しずつ、離れていき、

180度、向きを変えた。


今まで背中を向けていて見えていなかった、

柵の内側が見えた。

AIヒューマンが何体かいて、

AIキュープが運び込んできた人にまた、

手首を見せてと、声をかけて、

ヒューマンレベルの確認をしていた。

いや、本当に、何回確認するの!?

僕は心の中で、ツッコミを入れた。

確認した人に、どこかに行くように案内を

しているように見えた。

何を言っているのか、耳をすませて聞いて

みると、

どうやら、三つの行き先があるみたいで、

ヒューマンレベル5の人は、左の扉、

ヒューマンレベル4の人は、右の扉、

18歳未満の人は、中央の扉の中へ入る

ようにと、言っているみたいだった。

まだ、声はかけられていないけど、

僕は左かな……行けって言われる前に、

自力で脱出ができないかを、試してみること

にした。

少し怖かったけど僕は、柵に近づいて、

まず左手を出してみた。

腕も出せた……でも、肩で引っ掛かった。

また柵の向こうの景色が、目に入ってきた。兄さん、これはカオス……だよね。

柵の向こうを眺めていると、

AIヒューマンが、僕の右手を勝手に

スキャンして、

「あなたはヒューマンレベル5なので、左の扉から中へ入って」

と声をかけてきた。

僕は腕を引っ込めて、

「レベル5の兄さんが、まだ外にいます! 探してください! というか、僕が探すので、ここを開けて!」

門を両手でつかんで、前後に激しく揺らすと

AIヒューマンは、耳を疑うことを言った。


「ここは、開きません。状況を確認します」


右目から緑色の細いレーザーの光線を出して

僕の額に照射した。

「え? ここが開かないって、それ、どういうこと!? だって、ここは避難所へ出入りするための門でしょう? 」


頭の中にまた、兄さんの声がしてきた。

「誰でも入れるわけではない、そのためのヒューマンレベルだ」


本当に始めから、入れる人が決まっていたと

いうこと?

条件を満たしていない人が、勝手に入らない

ように、階段も門も、なかったということ?

推測が、確信へと変わった瞬間だった。


「怖い……本当に、怖いよ、兄さん……」


恐怖と不安でいっぱいの僕に、

やはり無関心なAIヒューマンは、淡々と

作業をしていた。

僕の額に、レーザーの光線を照射するのを

やめたAIヒューマンは、

「状況を確認した結果、お兄さんのヒューマンレベルは、確認済み。ヒューマンレベル4と5と18歳未満の人だけ、連れてきている」

と言ったので、やはりマイナスは勘違いで、

レベルは5だったから、連れてきてくれて

いたのか、と思って、恐怖と不安がいっきに

どこかへ飛んでいった。

「会いたいので、居場所を教えてください。もう左の扉から入ったのですか?」

嬉しくなって聞くと、

また耳を疑う言葉が返ってきた。

「お兄さんのヒューマンレベルは、マイナス。あなたは、左の扉から中へ入りなさい」

AIヒューマンが言ったので、

「え!?」

僕は、唖然とした。

「さっき、兄さんのレベルは確認済みで、連れてきているって、言ったでしょう!?」

AIヒューマンにすがりつきながら言うと、

「早く移動しなさい」

AIヒューマンは、空を見上げて、

AIキュープに指示を出した。

「兄さんを探して! もう一回レベルの確認を。僕が見た時は、レベル5でした!」

必死に訴えて続けたけど、

「確認はもう、終わっている」とだけ言って

AIヒューマンは、立ち去ってしまった。


「待ってよ! うわぁ」

AIヒューマンを追いかけようとしたら、

急に体をつかまれて、僕は浮いた。

AIキュープがまた、僕の意思を無視して、

移動させようとしていたので、抜け出そうと

暴れたけど、今度は、まったく駄目だった。


そうこうしているうちに、左の扉の内側に、

降ろされてしまった。

「ここに、順番に並んで、中へ入って」

AIヒューマンが、左の扉の中へ入ってきた

人々に、次の行き先を案内していた。

ここも柵で囲まれていて、先ほどよりも

高さが2倍くらいあって、柵の隙間は、

指がどうにか入るくらいの幅だった。

もう、絶望的に逃げられないな……

諦めの気持ちが、ついに芽生えてきた。

どうしよう……うなだれていると、


「スカイ!」


名前を呼ばれた気がして、振り向くと、

頬に何かが刺さった。

こんなことをするのは、

リアムしかいない……と思ったけど、

家を出てから一回も、知っている人に

会わなかったので、自信がなくなって、

ドキドキしながら振り返ると、

そこには、馴染みの顔があった。


僕達は、大泣きして再会を喜び合った。


「リアム、行くよ!」

「うっ、うぐっ……母さんだ」

リアムが言った。

「うっ……リリアさんがいるの?」

「うん。スカイと別れて家に帰ったら母さんが、玄関の前で待っていて、僕の上に木が倒れてきた時に、あの伝説の右手で木を支えて守ってくれたから、ナイス、サイボーグ! って褒めたら、右手で殴られたいの? と脅されて……」

リアムがいつの間にか泣き止んで、

楽しそうに話をしているのを見て、

なぜか、いたたまれない気持ちになって、

耳に、リアムの話が入ってこなくなった。

だから、聞いているフリをした。

話し終わったリアムが、辺りを見渡して、

「兄さんは?」

と聞いてきた。

僕は、何と言えばいいのか分からなくて、

うつむいた。

すると涙が地面に、

ポタッ、ポタッ……と落ちた。

リアムは、何かを感じ取ってくれたらしく、

黙って頭をなでてくれた。

「とりあえず、僕と一緒に行こう。母さんが来た」

リリアさんに心配をかけてしまうから、

僕は急いで涙を拭いた。

「また会えてよかった」

僕を見たリリアさんが、抱きついてきた。

「あら、シータだわ。久しぶり会えて嬉しい。灰色に磨きがかかっているわね」

僕が抱えていたシータの頭をさわりながら

リリアさんがニコッとした。

「僕達と同じく、しばらくお風呂に入れていなくて」

僕は苦笑いをした。

「お兄さんとおじいさんは?」

リアムと同じように、辺りを見渡したあと

リリアさんが言った。

それは、今は禁句! とばかりにリアムが

話を変えてくれた。

「母さん、いいから行くよ」

リアムが、僕とリリアさんの手を

引っ張った。

なぜか今、リリアさんに言われるまで、

おじいちゃんの存在をすっかり忘れていた。兄さんのことばかりを考えていた僕は、

酷い孫だね。

おじいちゃん、ごめんね、今から探すから

待っていて!

心の中で叫んだ。

「おじいちゃんを、探してから行くね」

僕が言うと、

「一緒に探すよ」

リアムが言った。

「いや、でも、ひとりで大丈夫だよ」

僕が断ると、

「遠慮は駄目よ。母さんは先に中へ入って、おじいちゃん達を探すわ。見つけたら知らせに来るから、二人も見つけたら知らせて」と、リリアさんが言ってくれたので、

お言葉に甘えることにした。


僕とリアムは、リリアさんと別れて、

左の扉の敷地内を、端から端までくまなく

歩いて探してみたけど、

おじいちゃんは、見つからなかった。

でも、念のためにもう一度探してから、

次の行き先へ行きたいとリアムに頼んで、

僕は右側、リアムは左側を見ながら、

もう一度、歩いて探した。

「スカイ、スカイ!」

リアムが、僕の腕を引っ張ってきた。

見つかった!? と、てっきり思ったら、「見て、あのキュープが運んでいる女の人、顔色は悪いけど、すごくキレイ」

リアムは、上を見上げて言った。

おじいちゃんを探しているのに、女かよ! と思って見上げたら、

「本当だ……」

僕もつい、言ってしまった。

それほどに、キレイな女の人だった。

リアムがその人を目で追いながら、

「モデルさんとか、だったのかな?」

と言った。

「そんなの知らないよ。僕は探すから!」

少し、リアムの態度に、

イラッとしてしまった。

「ごめん、僕も探すよ」

女の人を目で追うのをやめて、

リアムが言った。


2回探して見つからなかったので、

ここにはいないと納得できた僕は、リアムと

次の行き先へ入るための列に並んだ。

そこではまた、AIヒューマンが、

ヒューマンレベルを確認していた。

「また、やっているよ」

僕とリアムは、同時に同じことを言ったので

クスッと笑った。

「ここにはいないと思うけど、探し忘れた場所があったりした時には、ここへ戻ってこられるかな?」

僕が言うと、

「もちろん戻れるよ。その時はまた、一緒に探そう」

とリアムは言ってくれたけど、なんとなく、

一度入ったら、出られない気がして、

少し不安になった。

そんな僕に、

「手首を見せて」

ヒューマンレベルの確認をしに、

AIヒューマンが声をかけてきた。

「ヒューマンレベル5、確認」と言われた。でしょうね!

知っているよ!

心の中で僕は、叫んだ。

前の人につらなって、アーチ状の出入り口の中へ入ると、

少し薄暗い、下り階段になっていたので、

足元に気をつけながら、階段を下りた。



○次回の予告

『布と綿でできているけど、ぬいぐるみに、「魂」が欲しい』
























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