獅子の行方 4 *

 自分はスパルタ人の体力や回復力をよく知らず、誤診をしたのか、との疑いを持ってしまい、じっとりと額に冷や汗のにじみはじめたティリオン。


 そんなティリオンに、アフロディアが力なくもたれかかる。


「ティリオン、ティリオン……


 きっと兄上さまをおたすけできる時が来るであろう?


 私たちでおたすけできる時がくる。


 そしてまた、兄上さまと一緒に……」


 ひとりで苦しい考えを巡らしていたティリオンは、はっとした。


 アフロディアの様子がおかしい。


 声が苦しげになり、肩で息をしている。


 額に手をあてると、熱い!


「姫、また熱が!」


 どうやら今日の一連の出来事で、病み上がりの体に負担がかかりすぎ、また熱を呼んでしまったようだった。


「兄上さまをたすけにいかねば……


 たすけに、早くたすけに……兄上さまを……」


 うわごとのように繰り返すアフロディアを抱き上げ、ティリオンは子供部屋の寝台へ急いで運んだ。


 しっかり者のレジナが、手回し良く持ってきてくれた水で薬を飲ませようとすると、アフロディアはティリオンの服の胸をつかんですがりつき、涙をにじませて哀願した。


「ティリオン、兄上さまをたすけて。


 私と一緒にたすけに行って……お願い」

 

「無論です、姫。必ず」


 ティリオンの返事に安心したのか、アフロディアは薬を飲み、間もなく眠った。 


 寝台の横の椅子に座り、アフロディアの寝顔を見ながら、暗い表情でひとり考え込むティリオン。


 アフロディアの発熱のぶり返しは、ダリウスらの密談を聞いて大きく心を乱され、外に行こうとして興奮して暴れたり、ティリオンに叩かれて泣いたりしたせいであろうことは、間違いのないところだった。


 それに加えて……


 ダリウスらがやってくる前に、ふたりで初めてとこで愛し合ったことも原因かもしれなかった。


  もちろんふたりは、互いの愛で自然に結ばれたのだった。


 しかしティリオンにすれば、ある意味、患者に手をつけてしまった、それで具合を悪くさせてしまった、という罪悪感まで生じさせてしまっていた。


 薬が効いてきて深い眠りについた、まだ幼さの残る恋人の顔。


 その額や髪をそっと撫でて、ティリオンが呟く。


「ごめんなさい、アデア、本当にごめんなさい。


 私が悪かったです。どうか許してください。


 あなたを幸せにしたいと言ったそばから、こんなことになってしまって。


 クレオンブロトスさまのことは、私が必ず調べますから」


 彼は、あの重傷ではクレオンブロトス王は生きてはいない、という医師としての判断と、兄王の生を信じるアフロディアへの罪悪感の間で、早急に事実を確かめなければならない、という焦燥にかられ始めていた。



――――――――――――――――*



 ここで『ギリシャ物語』の時代について、ごく簡単に説明させていただきます。

(ご考までに、です。

 以下、お読みにならなくても、ストーリーに差しつかえありません)


 紀元前433年頃 ペロポネソス戦争が起こる。

(ペロポネソス同盟盟主スパルタ VS デロス同盟盟主アテナイ)

   ⇩

 長い戦争なだけに、色々なポリスがからみあい、紆余曲折あり。

 ペロポネソス戦争の途中で、アテナイの指導者ペリクレス、疫病で死亡。

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 紀元前404年頃 スパルタ勝利、アテナイ降伏。

 約30年にわたるペロポネソス戦争が終結

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 コリントス戦争が起こる。

(スパルタ VS コリントス、アルゴス、テバイ、アテナイの四大ポリス同盟)

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 9年後、コリントス戦争終結。

 スパルタ勝利、四大ポリス同盟敗北。『ペルシャ大王の和約』が結ばれる。

   ⇩

 ペロポネソス戦争が終わってから、30年以上、ギリシャの筆頭ポリスとして、スパルタが力をもつ。

   ⇩

 紀元前372年 ←『ギリシャ物語』『ギリシャ物語 外伝 ~旅のはじまり~』

   ⇩

 紀元前371年 ←いまここです『ギリシャ物語 Ⅱ』

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