第50話 黒の女王 1

【登場人物】

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。

ルーナ=リーア……白の月の女王。地球人名:月乃美琴つきのみこと 

セレスティア=リーア……黒の月の女王。ルーナの双子の姉。

エディオン=バロウズ……九百年前に亡くなっている賢者の霊。あずきの先祖。



 黒い鎧を着た集団がガッシャガッシャ鎧が擦れる音を立てながら、あずきの目の前を走っていく。

 黒の女王の軍隊だろう。

 探しているのは間違いなくあずきだ。

 

 あずきはベンチに座ったまま、息を飲んだ。

 だが、兵士の誰一人あずきに気付かず走り去っていく。

 思わず安堵のため息が出る。


「ほらの、ほらの。わしの認識阻害魔法は軸をずらすから一般の認識阻害魔法以上に見つかりにくいんじゃ。女王レベルならともかく、一般兵ごときじゃ欠片すらも痕跡を掴めんわい」

 

 あずきの隣に座っていた賢者がハシャぐ。

 賢者は口調こそ年寄りだが、三十代で亡くなっただけあってあずきの祖父をそっくりそのまま若返らせたような容姿をしている。

 よくよく見ると幽霊だけあって透けているが、あずきはいい加減見慣れてしまったので、全く気にならない。


 賢者エディオン=バロウズは、本来、九百年前の人物だ。

 彼はあずきにとって、先祖という立ち位置になる。

 と言っても賢者は独身で亡くなったので、あずきは正確には、賢者の兄弟の子孫ということになる。

 ここにいるのは賢者の魂魄こんぱく。いわゆる幽霊だ。

 

「幽霊が魔法を使うって、意味分かんない」

「そりゃわし、天才じゃから」


 賢者がドヤ顔で胸をそらす。


「兵隊さんも居なくなったわけだし、そろそろ話してよ。何がどうなってるの?」

「うむ。何から話せばよいか。そうさの。まずは地政学的観点からかの」

「地政学?」


 あずきの反応をよそに、賢者が遠い目をする。


「月は地球に対し、一定の面を向けておる。知っておるか?」

「あー、学校の授業で習った。変な星だよね、月って」

「仮に、地球に向いている側を表、反対側を裏と呼ぼう。表側にあるルナリア王国をおさめておるのが白の女王『ルーナ=リーア』じゃ。そして、裏側にある国、セレスティアリア王国を治めておるのが黒の女王『セレスティア=リーア』じゃ。この二人の女王によって月は統治されておる」

「え? 月の女王って二人いるの??」


 賢者が頷く。

 そんなの初耳だ。


「この二人は双子の姉妹での。ちなみにセレスの方が姉になる。白虹宮はっこうきゅうで見たじゃろ?」

「白虹宮? 月宮殿げっきゅうでんじゃないの?」

「月宮殿は月の宮殿の総称じゃ。正しくは、白の女王の宮殿を白虹宮、黒の女王の宮殿を黒曜宮こくようきゅうと呼ぶ」

「なるほど」


 ――確かに美琴姉ちゃんの宮殿は、全体的に白かった気がする。


「白の女王の特徴を一言で言うと、温厚で慈悲深い。わしに言わせると、楽観主義でお調子者なだけじゃがの。対して黒の女王は思慮深く何事も慎重。真面目が過ぎて頑固なところが玉にキズじゃ。そして厄介なことに、黒の女王は純潔主義者でもある。わしが助けを求めたとき、ルーナリーアは即座に受け入れを了承したが、思慮深いセレスティアは受け入れ反対を表明した。ま、最後には渋々ながら折れてくれたがの」

「姉小路さんが、地球人と月兎族ルナリアンとの間で混血化が進んだって言ってた。セレスティアさんが純血主義者だったっていうんなら、この状況は受け入れ難い結果ってことだよね」


 あずきがため息をつく。

 できれば会って話をしたいところではあるが、そんな機会を貰えるとは思えない。

 賢者もため息をつく。


「わしは虐殺されていく同胞たちを助けたかった。じゃから月と地球を結ぶゲートを開いた。それは今でも正しかったと思っておるよ。じゃが、安寧あんねいを乱された月の住人にとっては……どうじゃったのかの」


 あずきは思わず黙り込んだ。


「そしてもう一つ、厄介なことがあってな」

「厄介なこと?」

「あずきは、月の女王の転生システムのこと、知っとるか?」

「うん」

「月の女王は血脈の中を移動し転生する。そうやって長いこと生きてきた。じゃが転生システムには欠陥があって、転生する度に記憶の取りこぼしが起きてしまう。それも知っておるな?」

「うん」

「黒の女王はそれを嫌い、転生しない。千年間、ずっとあの姿のままじゃ」

「そんなことしたら、記憶のキャパオーバーで心が壊れちゃうよ!」

「そうじゃな。実際もう限界じゃろう。魂が疲弊し切っとる。じゃからわしは九百年前、ずっと一人身を貫いてきたセレスティアに求婚したんじゃ」


 うんうんうなずきながら聞いていたあずきの動きが止まる。

 あずきの目がぱちくりする。 

 あずきはゆっくりと、隣に座っていた賢者の方を向いた。


「……は?」

「ほら、セレスティアは美人じゃろ? わしもほら、ハンサムじゃろ? たちまち恋に落ちたわけだ、これが」

「えっと……。ごめん、意味が分かんない」


 あずきは混乱して立ち上がった。

 意味が分からなすぎて、その場で頭をグシャグシャに掻く。


「もちろんセレス同様、わしも心底惚れておったわけじゃが、結婚し伴侶となった後、わしが老いて死んだタイミングでなら転生をすると言ってくれたわけじゃよ。月の女王の能力でこちらの転生先を見つけ出せるって言っておった。来世でも来来世でも一緒にいられるようにってな。ぬっはっは。でまぁ、婚約の証として例のペンダントを貰ったというわけなのじゃが」

「……え? 盟約ってそれ? 散々勿体ぶって、伝承に隠されてきて、それ?」

「うむ。けどわし、セレスが見ておらん内に流行り病にかかってあっという間に死んでしまったから、セレスも転生できんかったのよ。なんか転生先を事前確定させるには色々条件があるらしくっての? いやぁ、すまんことをした。ま、だから、魂魄こんぱくとなった今、ペンダントを返そうと思ったわけなのじゃが」


 その瞬間、あずきは美琴の言葉に思い当たった。


『あずきちゃんはヴェンティーマに寄ったんだったわよね。納得。でもあれ、実はわたしじゃないんだけどなぁ……』


「ヴェンティーマの彫像! あれ、相手はセレスティアさんだったのーーーー??」

「そうじゃ? ありゃ、わしとセレスのデートを盗み見した芸術家が造った像じゃよ。知らんかったんか?」

「うっそでしょーーーー!!!!」


 あずきの驚愕の叫びが、公園中にこだました。

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