第44話☆ ウチは恵まれている
ウチは埼玉茜、今は熱意を認められ、霧外流を学ぶべく、基礎の肉体作りに精を出している。
かなりハードだが、自分よりも体型の悪い男に負けたが悔しくて、頑張っている。
そんな霧外道場に今日も行くべく、帰宅の準備を始める。
「茜ちゃん。カラオケ行くけど、一緒に行く?」
「ごめん、今日もあるんだ」
「毎日剣道? さすがにおかしくない?」
「自主的だから良いんだよ。それじゃね。また明日。次は絶対に行くから、誘わないは無しにしてね!」
「分かった。じゃ、また今度ね」
「ありがとっ!」
早速道場に向かった。
ダンジョンに挑んで、そこそこやっているクラスメイトの男子。
そいつらは結構威張っていたけど、実は既に落ち着いている。
色々とウザかったので、少しだけ現実を分からせたのだ。
剣道の他にも空手や合気道をやっていたので、負ける道理は無い。
また暴れ出すか分からない。
むしろ、パワーアップしてくるかもしれない。
その為に、本物の武術を身につけたいのだ。
霧外流には二人の先生と先輩が居る。
一人はとても美人で、モデルとかやっていそうな女性で、愛梨先輩だ。
もう一人は、クラスに一人は居そうな不健康そうな太った男、日向先輩だ。
どっちが後継者か聞かれたら、迷いなく愛梨先輩を推す。
だけど、霧外流の正当後継者は日向先輩である。
入門試験としての模擬戦でぼろ負けした。
それから沢山見て、脳内シュミレーションで何回も日向先輩と戦った。
その全てが⋯⋯一撃で終わっている。
あそこまで戦えたのは、手加減されていたからだ。
愛梨先輩との模擬戦を見て、彼の実力がすごく高いのは自覚している。
剣道で優秀な成績を納めても、本物の剣術を前にしたら、意味が無かった。
ウチは愛梨先輩を尊敬しいる。
自分の戦闘スタイルに似ているから。
「⋯⋯凄い」
愛梨先輩の動きは先生達に近くて、これが本当の霧外流だとは思う。
だけど、後継者の日向先輩は少しだけ力押しが含まれている形だ。
アレンジを加えているのだ、そのだらしない肥満体型に合わせて。
見ていて気づく事は沢山あった。
あんなに侮っていた日向先輩だけど、この場ではナンバースリーだ。
愛梨先輩よりも日向先輩の方が強い。
模擬戦では一度も勝ってないけど、何かしらの余裕を感じる。
対して愛梨先輩は常に全力で向き合っている。
ずっと基礎の筋トレばかり、愛梨先輩のように成れるのか、最近はすごく不安。
「ふぅ」
そんなある日だった、ジャックと言う男が来訪して来た。
テレビで見た事がある、有名な人だ。
その人と日向先輩が闘って、日向先輩が負けた。
流石に予想外だった。
有名人と言えど、それは探索者としてであり、データ世界の強さは現実では通用しないと知っているから。
手も足も出ない感じはしなかったけど、終始ジャックが優勢だったのは見てもわかった。
少しだけ悔しかった。
自分をあんなにも余裕にあしらった日向先輩が、いきなり来た相手に負けたのが。
許せないでいた。
でも、当人の日向先輩の顔には悔しさはあまり見られなかった。
次闘ったら確実に勝てる、そんな自信に溢れた顔をしていたのだ。
どうしてあんなにも簡単に負けているのに、そんな顔が出来るのか不思議だった。
ウチと愛梨先輩の壁はとても高い、日向先輩はもっと高い。
ジャックはさらに高い、先生達はさらにもっと高い。
この高く分厚い壁を⋯⋯越えられるだろうか?
そんな事を思いながら、夕日を眺める。
今日はこれで終わりだ。
「埼玉、今日は元気なかったな?」
「日向先輩⋯⋯そうですか?」
「何悩みがあるなら、言ってみ。聞くぞ」
「⋯⋯日向先輩に話しても、解決しないと思います」
「酷くない?」
実際、あそこまで鈍感な人に相談しても意味が無いと思う。
傍から見たら、分かるモノに全然気づいてないのだ。
愛梨先輩の感性には賛同出来ないけど、尊重はしようと思う。
だけど、考え直した方が良いと思う。
このまま愛梨先輩が日向先輩を想っても、愛梨先輩が可哀想なだけだ。
「話した方がスッキリする事もあるぞ」
「そうですね。じゃあ、聞いてください」
話す事にした。
「剣術を教わりたいのに、ずっと筋トレばっかりで、本当は教える気が無い気がして⋯⋯。結局負けてますからね、熱意があるだけ面倒だから、ああしているんじゃないかって、考えてしまう」
「なるほど」
日向先輩に負けて、本来なら教わる資格はなかった。
だけど、熱意を買われて、教わる許可を貰ったのだ。
たけど、蓋を開けて見ればやるのは筋トレばかりで、ろくに剣術を教えて貰えない。
ただ、受け入れたフリをして、追い払おうとしている様にしか思えない。
そんな不安ばかりがのしかかる。
「初めて会った時とは随分違うな。俺から言える事は、そんな理由で剣術は教えないって事だな」
「え?」
「父さんも母さんも、他人には本来、教えないんだよ。君は熱意や意欲があって、才能がある。だから教える許可をしたんだよ」
「才能? うちに?」
「ああ。俺との模擬戦で、俺も十分それを感じた」
「にわかには信じ難いな」
日向先輩が持って来たスイカを一切れ渡してくれる。
「最初は身体からだ。基礎が無いと、刀は振るえない。技は出せない」
「日向先輩はそんな身体無いと思う?」
「昔はあったの! でも、今のまま、真面目に取り組んだら、二ヶ月後にはきっと教えてくれるよ」
「遅い⋯⋯」
「そうか? 埼玉は恵まれてるのに?」
「え?」
「だってさ、普段俺と愛梨が模擬戦してるだろ? それを横で見てるんだ。父さん達ほどレベルは高くないから、まだ理解出来るだろ? 見て覚える、技術を盗む、それも立派な練習だ。君はそれを出来る場所にいる。それをしてないだけだ」
「見て、盗む」
確かに、目指したい存在がすぐそばで剣術を使っている。
だけど、筋トレが辛くてそればかりに集中していた。
筋トレだけなら、わざわざ道場内でする必要は無い。
盲点だった。
「集中しすぎると何も考えなくなる、それが君の悪い点だ。感覚的に動けるなら良いさ。でも、君はまだその領域に居ない」
「どうしたら、良いの?」
「一度、君の理由だった原因、ダンジョンに行ってみるのもありだよ。人外相手にする事で世界の見え方は変わる。お小遣いも稼げて一石二鳥だね」
「ダンジョン⋯⋯自信無い。いっつも下のやつらしか見てこなかったから」
「推奨レベルを守って、命大事にを意識したら、問題ないさ。剣術を伸ばしたくて、ダンジョンに挑んだ結果、日本を代表する人になった人だっているんだから。トラップがあるから、凄く注意だけどね!」
「愛梨先輩?」
返答はなかった。屍のようだ。
なるほど。ダンジョンか。
気晴らしにやるのもアリかもしれない。
「日向先輩、ありがとうございます。少しだけ勇気出た」
「良いさ。でも、悪用すんなよ。覚えても」
「しない。誓うよ。⋯⋯一つだけ聞いていい?」
「ん?」
「日向先輩って巨乳好きなの?」
純然たる好奇心からの質問であり、一切の悪意は存在しない事を神に誓おう。
スイカを吐き出してしまった。そしてむせる。
「お、おま。いきなりなんて質問すんだよ。なんでそう思ったし」
「愛梨先輩とベタベタに仲が良いじゃないですか? 愛梨先輩スタイル良いし、グラビアとかやってそう!」
「殺されるから本人の前では絶対に口にするなよ? あいつ、埼玉なら手刀でガチで殺れるからな? あと、仲が良いのは幼馴染だからだ。家族のようなもん」
「恋愛感情とか、無いの? そんなに長くあんな美人が近くにいて? S級美人隣人幼馴染って、ラノベだけの世界なんですよ? それを体現しているのに?」
ちなみにラノベの好きな友達に読ませて貰った事がある。
あんなに都合よく現実はいかないと、先輩二人を見るまでは思ってた。
「⋯⋯無いな。女として見てない訳じゃないけど、やっぱり幼馴染って印象が強い」
「幼馴染とは恋愛が成立しない⋯⋯ですか。それもラノベですね」
「なんだよ、その断片的な知識は」
「本当に、愛梨先輩の事はなんとも思ってないんですか?」
「ああ。幼馴染だ。もう暗くなるから、さっさと帰んな」
「はーい」
日向先輩、愛梨先輩の話ばかりして、巨乳好きは否定しなかったな。
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