第17話 神楽の切り札
「結構、キツい」
「ファイヤーショット! あー消された!」
「はは。無駄だよ。雪姫の空間では火など無意味」
相手から飛ばされる氷の魔法が非常に厄介だ。
刀で砕こうとしても、角度や狙う場所を考えないと砕けない。
だいぶ硬い。
それに速度も⋯⋯速い。
相手が放つ一瞬のタイミングをしっかり見ないと、正しい動きで避ける事が出来ない。
スピードも速くて、強度もある。
当然、その火力は高くて、後ろにあった廃車が粉々になるレベルだ。
なるべく当たりたくは無い。
そして足場。
あのモンスターが放つ冷気により凍りつき、スケート場のように滑る。
体勢の調整をすれば、この場でもしっかりと動けるので俺は問題ない。そう、俺は。
「⋯⋯む、難しい」
神楽がなかなか動けない。
魔法は精神力との勝負らしく、集中してないと強い魔法は使えないらしい。
おぼつかない足場ではそれは難しく、射程範囲ギリギリにいるけど、足場は氷だ。
「あの男ムカつくな」
美人な雪女風なモンスターの膝に座って、何もしないでこっちを煽ってくる。
あの寄生プレイに腹が立つ。
「⋯⋯しゃーない」
いっちょ全力出しますか。
だいぶ勘も取り戻したし。
俺は刀を地面に突き刺して体を安定させる。迫り来る魔法も無視して。
深く集中し、相手を見る。
すると俺にだけ見える『道』が出来上がる。
そこを呼吸を乱さず、動きを正しくすれば、確実に俺の刃は通る。
全力の集中をする時に見える剣士としての技術。
俺が習った剣術、それによって生まれた結果。
俺の家が代々引き継いでいる剣術は昔、殺しに使われていた剣術だ。
だからこそ、モンスター相手よりも対人戦の方が得意だし、『道』が見える。
俺に二つの才能スキルがある理由だろう。
こんな才能、必要はなかった。
でも、この才能があるから、今の俺が居る。
「シュウウウ」
魔法を完璧に躱す為の道が見える。
そして相手を確実に仕留める為の道も見える。
行ける。
そう確信した俺の刃が相手の首に迫る。
「やるね。氷壁」
「くっ」
いきなり出現した氷の壁に弾かれる。
「分厚い」
それにより集中力は途切れ、当分は道が見えなくなる。
極限と言える程の集中力が必要なのだ。
今までのプレイヤーとは違う。
モンスターの実力が高いからこそ出来る強者特有の圧倒的『余裕』。
その余裕が生み出す精神力によって、魔法の強さも上がっているのか?
「めんどくさいし。さっさと終わらせよう。フィールドカード発動『氷国』」
吹雪、あられが吹き荒れる。
フィールドカード、お助けアイテムだろう。
俺の持っているお助けアイテムはバナナの皮だけだ。ちくしょう。
「この空間は氷系魔法の威力が上がる。つまり、もう君達に勝ち目は無い」
「ちぃ」
「ひ、日陰さん」
一か八か。
俺の偏見、当たってくれ。
「女の膝に座って寄生しているお前はアレだろ、家でニートしてたパターンだろ!」
「日陰さん!」
「あぁ?」
日陰のキャラがブレてしまう。
だけど、コイツを倒すためだ。炎上したらその時はその時だ!
精神力が魔法の威力に繋がるなら、相手の精神力を削ってやれば良い。
女の影に隠れてイキッている奴は暴言に弱い筈だ。
それに、圧倒的優位で生み出された『余裕』の心なんて脆いもんだ。
小さい頃から苦痛に耐えながら鍛えていた俺と違ってな。
さぁ、どう来る。
「残念だったね。こっちは有名大卒だひし、大手企業にしっかり入っている。人間関係も良かった。その後、魔法の才能があるって事でその企業の探索者になったんだ。わかるか? こっちは今までの努力、人生経験があるんだ。君の繰り出す暴言程度で揺さぶられると思ったか? それに、怒った時の嫁の方が圧倒的にキツイ! 愛している人から言われる罵倒は鬱になる!」
「中身が大人だった!」
少し怒らせた程度に終わってしまった。
俺の偏見はあくまで偏見であり、しかも予想と違いエリート社員だった。
「日陰さん⋯⋯」
「やめて、そんな目で見ないで」
「じゃあ、終わりで良いよね。雪姫、終わらせて」
ま、まずい。
そもそも攻撃はあのモンスターでプレイヤーの魔法って関係ないじゃん。
空から巨大な氷が落ちて来る。
どうする? 斬るか?
そもそも斬れるのか?
この不安定な足場でありながら、吹雪やあられが吹き荒れるこの空間で。
無理だ。
俺ではあの魔法は斬れない。
モンカドを使うか?
誰を使う?
『アレ』を使っても間に合わない。
他の子を使ったら確実に勿体ない。
でも、それ以外に方法が存在しない。
本人を攻撃しようにもまた防御される。
「どうすりゃ⋯⋯」
「本当は使いたくなかったけど、仕方ないっすね。日陰さん、貸し一つとポイント貰います!
神楽がモンスターカードを展開した。
刹那、フィールドカードの効果が完全に消え、地面の氷も『蒸発』した。
「なにっ!」
冷たかった周囲が暖かくなり、かじかみ始めた手が普通に動くようになった。
「炎の大精霊、イフリート。あの氷を焼いて!」
『グオオオオオオオ!』
「イフリート、フレアサークル!」
紅の炎が伸びて、上空の巨大な氷が完全に消失する。
「な、ななにが」
流石の相手も余裕が消えてしまった様子だ。
俺も混乱している。
なんだよ。あのカードは。
あそこまで強いカードが居るなら最初から使えよ。
⋯⋯それは俺も同じか。
最初から俺がモンカドを使っていたら、多分コイツもすぐに終わっていた。
だって、『アレ』を使ってしまったら俺はここのルールを完全に崩壊させる事が出来るから。
打算だらけだ。
だからここまで使わなかった事は分かる。
俺が神楽を信用してない様に、神楽もまた俺を信用していなかった。
でも、少しだけは歩み寄れる気がする。
「な、なんだよそれ! 雪姫は二級モンスターなんだぞ!」
「そうですか。残念でしたね! イフリートは一級です」
三十億以上!
神楽はソロだと言っていた。クランに入ってないのに、一級モンスターカードだと!
神楽って、俺が思っていた以上に上位ランクの人間なのか。
「貴方の冷気、僕の熱気、二級と一級では天と地とまでは行きませんがかなりの差が存在する。つまり、僕の熱気の方が上っす」
「ふ、ふざけるな! 雪姫、殺れ!」
激しい冷気が俺の体を侵食する。
完全に蚊帳の外だ。
仕方ないだろう。
強敵のボスクラスモンスターの同士の戦いに、俺が参加出来るはずがない。
「無駄っす。イフリート行くよ」
『グオオオオオオオ!!』
「黎明!」
イフリートと神楽の前に巨大な魔法陣が出現し、そこから極大の炎が出来上がる。
それは言わば人工的な太陽である。
そして放たれる。
相手が全力で氷の壁を生成しても、氷の魔法を使っても、無意味。
焼け石に水とは正にこの事と言わんばかりに氷を呑み込んで行く。
俺は間近で一級の全力と言うのを見た事がなかった。
使っているのも、ポイント回収で分散させていたし、全力を出させるような場所には行っていなかった。
だから知らなかった。
一級の力を。
「ふぅ」
炎が目の前を通過して、地面を焼き抉り道を作っていた。
遠くではその炎が爆ぜて、凍りついていた空間とは思えない程に熱気に包まれていた。
「すげぇ」
「へへへ。でしょう! イフリートは十級の時からの相棒ですから!」
「え?」
「あ」
イフリートをしまいながら、「よし、次行くっすよ!」と誤魔化された。
すっげー気になるので聞きまくる。
そろそろ空腹感も出て来たので、食事休憩がてら。
登録していた軽食を取り出す。
神楽はショップで買う予定だったらしく、使えない事に絶望していた。
詳細までちゃんと確認してないのかよ。
武器以外のショップも使えないって記載してあったぞ。最後の方に小さくカギカッコで。
なので渡す。
その代わりに情報を貰う事に。
「日陰さんは興味無いと思うんですけど、実は僕って〈精霊魔法の才〉ってスキルを初期から持ってまして⋯⋯初めて手に入れたのが無属性精霊って言う使い道のない十級のモンスターカードだったんですよ」
時々使う敬語はなんだろうか? ⋯⋯でもなんか、こっちの方が素な気がする。
話的には、使えない十級は売れないし、せっかく初めて出たので使う事にしたらしい。
本当に使えなくて困っていたが、魔法をモノマネする様になったらしい。
それからその精霊は火の魔法を一緒に伸ばして行ったと。
「魔法を完全に取得すると、九級に上がっていて、火の精霊になってたんです。そこからもダンジョン攻略する度に出して一緒に戦ってたんです。そこには明確な絆があったんですよ! 不思議です!」
ガチャで出してこき使ってる俺には縁のない話だな。
「モンカドがランクアップする話はチラホラ聞くんですけど、調べる時には既に七級に上がってたんですよ。ここまでランクが上がるのは見つからなくてですね。とても不思議でした。途中から、魔法とかは使えないんですが、現実世界でも出せるようになってましたし」
「まじかよやばいだろそれ!」
「あー言うて自分の部屋とかだけですよ? 人目があると出せませんでした」
ランクアップか。
それが可能なら、二級から一級に上がる事も可能。
「でも、何らかの条件があるだろうね」
「そうなんですよ! いつの何か〈精霊契約〉って言うスキルが増えていたりですね、精霊に関するスキルが増えてたんですよ! まぁ、なんやかんやで一級まで成長したんですよ。こんな話、僕以外聞いた事ないので、秘密ですよ!」
「あぁ。不思議だな。データで構成されたモンカドのモンスターにも心があるのか」
「はい。イフリートがそうです。もう、一種の家族ですよ!」
家族、か。
確かに凄いな。
最低ランクから最高ランクまで成り上がった精霊⋯⋯普通の人なら高ランクのカードが手に入ったらそっちを使うだろう。
無意味に出す意味なんてないし、十級なんてショップで換金されるだろう。
「モンカドの性能を引き上げたのはきっと、神楽自身の才覚だ。努力の結果だ。それは誇って良い場所だね」
「⋯⋯あ、ありがとう、ございます」
どんな条件かは具体的に分かってないらしい。
今はネットが使えないが、イベントが終わったら確認しようと思う。
もしかしたら、ガチャで出たカードもランクアップさせられるかもしれない。
そうなったら、俺の戦力は一気に跳ね上がる。
⋯⋯強いカードが出ればそれを使う。使わなくなったカードは当然出る。
そこに絆は生まれない。
イフリートと神楽の絆。
「やっぱ君はすげーわ。そこまで使い続ける精神とか」
「そうですか? 使っていると愛着が湧いて、手放せなくなるんですよ。友達居なかなったので、ずっとイフリートが友達でした。四級になった時は流石に度肝う抜かれましたけどね! 今では一級ですよ!」
「だろうな。本当に凄い」
そうして俺達は休憩した。一つの謎が俺の中には出来たけど。
「さて、そろそろ良いですかね」
「そうだな。そろそろ⋯⋯」
俺はその時、嫌な気配に包まれた。
神楽の方を見ると、ハンドガンの銃口を俺に向けていた。
「さようなら、日陰さん」
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