未だ明けず
見名
第1話 落雷
気がつくと、見知らぬ天井。柔らかさと温かさを感じ、身体に目を向けると、病院のようなベッドに、病人のように寝転がっていた。
「…あ、目が覚めたのか。身体の様子は大丈夫か?…えー、アウティ?」
これが僕にとっての、初めての記憶だ。
僕の様子を見てくれていた医者は、僕がここにくるまでの経緯をできるだけ細かく教えてくれた。
いわく、僕は「手ぶらで歩いていた時に雷にうたれた。」らしい。
そして、財布を所持してはいなく、ポケットにわずかな小銭が入っているばかり。スマホは落雷の際に基盤から破損したらしい。そして、近隣の方々は口を揃えて、「見たことない」というので、困っていたところ、首元にドッグタグをかけているのを発見。
しかし、落雷のせいか、はたまたその前から破損していたのか、ドッグタグはひしゃげ、焦げつき、ろくに読めなくなっていた。
そこで、ドッグタグの彫られている文字や焦げが『AUTY』と読めた気がしたために便宜上そう呼ぶことにしたそうだ。
…我ながら救えないと思う。
そして、ここからさらに問題なのが、落雷のせいなのか、
僕の記憶が丸々飛んでしまったのだ。
言語は分かる。思考もまとまる。しかし、その基盤である人格というものが見つからなくなってしまった。
そしてなんの手がかりもない…。
途方に暮れ、思考が停止している僕を気の毒に思ったのか、医者はメモ帳のようなものに、線を書き連ね、千切って渡しながらこう言った。
「この地図は、ここから役所までの簡単な地図だ。
お前さんがこれからどうしたいのかは知らないが、とりあえず役所にでも行って、ダメ元で身元を確認したらどうだ?」
この提案に僕は乗っかった。
幸い、記憶がない以外は簡単な検査では支障は見られないらしく、そのまま退院となり、全くわからない道を、小さな紙切れ一つを頼りにさまよっていた。
休日の昼時ということもあり、通りは賑わっていた。
威勢のいい掛け声。小物を売る露天商を、手を繋ぎながら物色している若い男女。串物をねだる子供に困ったような顔をしながら家族分購入する父親。両手を親に繋がれて、嬉しそうな子供とそれが伝播している両親。
家族。繋がり。
ここに溢れているものは。
俺にないものばかりだ。
心が落ちていって、不思議な考えに支配されそうになった時。
ただ一人以外、下を見ていないその通りに、
渇いた破裂音が鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます