死んだ弟から動画が届くんだけど、どうやら異世界に転移したらしい

相馬

第1話


 小学生の頃、母さんが病気で亡くなった。幼かった弟は泣きじゃくり、父さんは仕事に打ち込むことで悲しみを紛らわした。


 俺は弟のために不器用ながらも家事を頑張り、母さんの代わりを果たそうとした。「ママにあいたい」と泣いてばかりの弟を泣き止むまで抱きしめて、泣き疲れて眠ったら家事をする。たまに帰ってくる父さんは俺に「いつもすまないな」と言って、仏壇の前で一日を無為に過ごしていた。


 最初はまともな料理も作れなくて、いつもいつも焦げたパンケーキを作っていたけど、それでも弟は美味しいと笑って食べてくれた。


「おにいちゃん! このどらやきおいしいね!」

「パンケーキだよ。周りはあんこじゃなくて焦げてるだけだ」


 味がわかっているのかいないのか、カリカリと音を立てながら美味しい美味しいと食べてくれた。少しバカだけど、それでも可愛い弟だ。


 弟も小学校に上がると、少しだけ成長した。外で元気に走り回り、よく怪我をするから心配が絶えなかったけど健康でいてくれるならそれで良かった。父さんも心の整理がついたのか、仏壇の前でボーッとする時間が減り、休みの日は俺たち家族と過ごす時間が増えた。


「兄ちゃん兄ちゃん! 俺この味噌汁のスポンジ好き!」

「油揚げな。兄ちゃんはお前にスポンジなんか出さないよ」


 少しバカだけどそれでも可愛い弟だ。


 中学に上がると、走るのが好きだった弟は陸上部に入った。朝早くから学校へ向かい、夜遅くに帰ってくる。小さい頃から走るのが好きだったから、毎日部活で走るのは楽しいようだ。才能があったのか、はたまた小さい頃から全力で走っていたのが良かったのか県大会で優勝する程の実力があった。

 地元新聞のインタビューで弟はこう答えていた。

「子供の頃より速くなったけど、実はまだ車の方が速いです」と。


 少しバカだけどそれでも可愛い弟だ。


 高校に上がると、陸上だけでなく異性にも関心が出てきたようだ。毎朝鏡の前で髪の一房をずっとああでもないこうでもないといじっていた。


「なあ兄貴、これ変じゃない?」

「どう見ても変だぞ。正面からしか見てないから張りぼてみたいになってるじゃん。貸してみ」


 少しバカだけどそれでも可愛い弟だ。


 そんな弟が死んだ。交通事故だった。警察の話によると、一人で歩いている所で突然道路に飛び出す姿がドライブレコーダーに映っていたらしい。

 ドライバーには過失はなく、突然弟が走り出して道路に飛び出したらしい。


 走るのが好きだった弟は最後まで走ったようだ。警察は言いにくそうに自殺ではないか、と言っていた。


 父さんはまた塞ぎ込んでしまった。母さんと弟の二つの遺影がならんだ仏壇の前に、一日中座り続けていた。


 

 弟が死んでから数ヶ月。諸々の手続きも終わって、すっかり落ち着いた。弟は一応交通事故という事になっている。ただ、不思議な事に弟の遺品からスマホが出てくることがなかった。バカな弟だったけど、俺が初任給で買ってやったスマホを宝物の様に大事にしていた。きっと天国に持っていってお母さんに自慢でもしてるんだろう。

 そう思っていた。


 そんなある日、俺のスマホにメッセージが届いた。差出人は弟だ。文章は何も無く、動画ファイルだけが送られてきていた。


 死んだ弟のスマホを誰かが持ち去り、俺に送ってきたのか? イタズラにしてはタチが悪過ぎる。犯人に繋がる手掛かりがあるのなら見てやろうと動画を再生した。


 

 ●


 再生した動画に映っていたのは少しバカだった弟だった。亡くなった頃と変わらない姿で、少し豪華な部屋の一室に立っていた。

 

「マリエル、ちゃんと映ってる?」

「大丈夫ですよ、ご主人様。しっかりアホ面が映っております」

「それなら良かった! 兄貴ー! 見てるー? 何か俺、車に轢かれて死んじゃったんだけど、神様が面白かったからって理由で転生? させてくれたんだよ! 聞いて驚け! ここは異世界だ!」


 弟がカッコつけて両手を広げると、映像は周囲を映した。映っていたのは西洋建築の豪華な部屋だ。弟よ、それじゃ異世界かはわからんて……。


「何か俺さ、猫が道路に飛び出したから助けようと思って飛び出しちゃったんだ。だけどそれ猫じゃなくてレジ袋だったんだってさ。まぁ猫が怪我してないならいっかって思ったんだけど、神様がウミガメみたいで面白かったって言ってた。ウミガメって猫助けるんだなー。そんなこんなで神様が転生させてくれた! すごいだろ? 俺の冒険は今から始まるんだ! また連絡するよ! マリエル停止してくれ」

「かしこまりま――」


 映像はここで終わっていた。姿形は死ぬ前と変わらず、元気そうにしていた。傍に居られないとしても、異世界で元気にしているならそれでいい。ウミガメは猫を助けたりしない。ウミガメはビニール袋で死ぬ事があるんだよ。少しバカだけどそれでも可愛い弟だ。その日、久しぶりに弟を見て少しだけ泣いた。


 ●


 それからしばらくして、また弟から動画が届いた。再生する前に、リビングに父さんを呼んでテレビにスマホ画面を出力した。弟が異世界へ行ったことを知って、父さんはまた歩き出すことができた。


 ●


「マリエル映ってるかな?」

「はい、バッチリアホ面が映っておりますよ」

「そか! なら良し! オルレイアも早く来いって」

「うむ! 主の兄者、見てるかー?」


 映っているのは弟と、羽と尻尾の生えたガタイのいい強そうな女性だ。弟以外に人が映ったのは初めてだし、竜人っぽい姿は異世界らしさが満点だ。


「今日は兄貴に俺が神様に貰った特別な力を見せてやろうと思って撮影してまーす! 何と! 神様にお願いして、怪我や病気を治す力を貰いました! すげーだろ?」


 弟はイタズラ小僧みたいな顔で笑っている。


「それとついでに異世界の街並みを見せようと思ってな! じゃーん! スラム街でーす!」


 弟がそう言うと、映像がゆっくりと周りの景色を映し出した。空気が澱んでいそうな暗い路地、傾いた家、柱しか残ってない建物、穴だらけの壁に、むき出しの土の地面。スラム街と言われれば、なるほどそうなんだろうなと思える場所だった。

 弟よ、兄ちゃんに最初に見せる異世界の景色がスラム街ってどうなんだ……。


「ふむ。そこにいるヤツ、大人しく出てこい。差もなくばこちらから引きずり出して両手両足をへし折るぞ」


 突然、オルレイアと呼ばれた強そうな女性が路地の一角を睨みながらそう言うと、両手を上げたみすぼらしい身なりの男が出てきた。スラム街と言ったいたし、物取りか何かか? 随分治安が悪そうだが弟は平気なのか?


「もう一人いるだろう? わかってるぜ、コソコソしてないで出てこいよ」


 弟が首をコキコキと鳴らしながらそう言った。なんか弟の癖してカッコイイじゃん!

 

 ……………………弟よ、誰も出てこないぞ。さてはお前何もわからないのにカッコつけたな?


「主、ここにはこの男と我らしかおらぬぞ?」

「なんでよ! こういうのって二人一組が基本じゃないの?! お前のせいで恥かいたじゃん! 友達くらい作れよお前! マリエル今の所カットしといて!」

「心得ております。ご主人様のお兄様、ありのままをお見せしますね」


 ありがたいけど、このまだ見ぬマリエルって人、主人に対しての忠誠心なくね? そこで映像がまた切り替わった。

 今度の場所はどこかの教会か? 白衣の様な物を着た弟が、イカつい男と話している。


「お、俺は悪くないよな? 俺最初に腹の傷治してくれって言ったよな?」

「うむ、そなたは確かにそう言っていたな」

「じゃあ腕の治療費は払わなくても良いよな? 欠損の治療費なんて払えないって!」

「そうだよね。俺としてもそれで良いんだけど……教会としてはどうなんですか?」

「そうですなぁ……。不正行為に該当してしまうようじゃし、仕方ありませんから無かったことにしましょうかの」


 どうやら弟はイカつい男の怪我を、頼まれていない所まで勝手に治してしまったらしい。それで揉めている所を神父様の様なおじいさんが見なかった事にする、人情的判決を下した場面みたいだ。さすがは聖職者、優しいね。


「だってさ。ごめんね。俺治療は得意なんだけど、強弱は上手く出来なくて全部治しちゃうみたい。オルレイア、無かったことにするみたいだからスパッといってあげて」

「我は剣は得意ではないんだが……仕方あるまい。ギコギコいこう」

「まてまてまて! 何で俺の腕斬ることになってんだよ! 無かったことにするんじゃないのか?!」

「そうだよ? だから腕を切り落として治療なんて無かったことにするんじゃん。そうすれば望み通りお腹だけ治療した状態になるだろ?」

「ではいくぞ、痛かったらすまんな」

「待つのじゃ! そういう意味ではない! 腕の怪我など最初から無かったことにしようという意味じゃ!」

「…………な、なーんちゃって! ちょっとした冗談だよ冗談」

「ご主人様の今のは冗談ではなかったと思います」


 うん、俺もそう思う。弟はたぶん何も分かってなかった。


「ふぅー。まぁ何とかなって良かったよ。あれ? マリエルカメラ回してる?」

「いえ」

「なら良かった。今の失敗撮ってないならいいよ。小さい頃から兄貴には世話になりっぱなしだからさ、こっちでは立派にやってるから心配するなって言いたいんだ。だからカッコイイとこだけ撮ってくれよ?」

「かしこまりま――」


 映像はそこで途切れた。俺の知らない間に弟は立派に成長していたみたい。怪我や病気を治す力も、きっと母さんが病気で亡くなったのを気にしての事だろう。自分と同じ様な人が増えないように、いつか同じ様に病気になった人を助けられるように、そんな事を思って神様に願ったのかもしれない。


「相変わらずだったね父さん」

「ああ、相変わらず少しバカだな」


 少しバカだけどそれでも可愛い弟だ。今回も元気な姿が見れてよかったよ。


 ●


 あれからも定期的に弟から動画が届く。コチラから何かを送ろうとしたこともあったが、どういう訳かそれは出来なかった。だから弟から動画がこない限り、俺には何もできず、ただ待っている事しか出来なかった。


 そして今日も動画が届いた。


 ●

 

 動画を再生すると、少し大人びた弟が映っている。どうやらこちらとあちらとでは時間の流れが違うみたいだな。今日は豪華な服を着てるのに、なんか汚れているな。何かあったのか?


「やっほー兄貴! 実は今日、お姫様との結婚を賭けた決闘をする事になったんだ。髪型一つまともにできなかった俺が結婚だぜ? 笑っちゃうよな。なんか由緒正しい貴族の決闘らしくてさ。女子供はそのままで良いらしいけど、ハンデで男は穴の中から出ないで戦うらしい」


 その説明をするって事は、相手は女性ってことだろう。どうやら向こうの世界では同性婚も認められているみたいだ。まさか弟が子供と決闘することもないだろう。あの竜人っぽいオルレイアって人も強そうだったし、女でも腕っぷし自慢がいるんだろうね。勇敢な女騎士って所か?


「だから仕方なく二人分の穴を掘ってる。アイツ由緒正しい決闘とか言いながら穴掘らないんだぜ? まさか良い歳して家督は継いでないからまだ子供、なんて言うんじゃねーだろうな。嫌味なオッサンだぜ」


 ……弟よ、男同士の決闘なら穴はいらないんじゃないか? ハンデの為なんだろう? 周りの人もクスクス笑ってないでバカな弟に教えてやってくれ。


「マリエルもオルレイアもレレもさっきから何笑ってんだよ。レレは魔法で穴掘ってくれてもいいじゃねーか」

「レレは無駄な事はしないのです! マスターが掘りたがっているんだから一人で掘ればいいんです!」

「いや俺は掘りたくないって! 何で対戦相手の分まで俺が掘らなきゃなんないかなぁ……。貴族って嫌な奴多いよなぁ。でもま、姫様はあのおっさんとは結婚したくないって泣いてたし、俺も兄貴みたいにカッコイイ男になりたいからさ、いっちょ助けてやろうって思ったんだ」


 弟は少し照れくさそうに鼻の下を指で擦った。……弟よ、兄貴はそう言われると嬉しいが鼻の下に土汚れみたいなのついたぞ。


「てな訳でさ、これから決闘だ! 勝てば結婚ってのも何だか実感わかないや。兄貴は結婚したか? ……兄貴の子どもを抱いてみたかったよ」


 弟は可愛くもないアヒル口みたいな顔をした。あれは弟が泣きそうになるとする顔だ。俺と同い年くらいに成長したのにまだまだ泣き虫なのは治っていないみたいだ。


「ま、ささっと穴掘って決闘してくるわ! また連絡するな〜」


 映像はそこで途切れた。一応元気にしてるみたい。仲間が一人ずつ増えていってる。いつも撮影係のマリエル、竜人のオルレイア、そして多分魔法使いのレレ。

 弟が仲間たちと一緒に楽しく異世界生活を満喫しているなら、それで兄貴は十分幸せだ。


 少しバカだけどそれでも可愛い弟だ。成長した姿が見れて良かったよ。


 ●


 弟から動画が届くようになって約一年がたった。今日も動画が届いた。前回のお姫様を賭けた決闘から少したったから心配していたが、どうやら無事だったみたい。


 動画を再生してみる。


 ●


「やっほー兄貴、結構バタバタしちゃってて連絡が遅くなっちまった」


 もう俺より年上に見えるな。俺が小さい頃の父さんに瓜二つだ。


「実は今日は報告があってさ。ほら皆隠れてないで兄貴に姿を見せてやれって!」


 出てきたのは四人の女性。見覚えがあるのはオルレイアって人だけだ。それもそうか。考えてみればオルレイアと弟以外が映ってた事もない。

 四人の女性は皆赤ん坊を抱いていた。


「じゃじゃーん! 皆俺の子供とお嫁さんだ! すげーだろ? いわゆるハーレムだぞハーレム。転生して直ぐに出会ったマリエル、奴隷商で出会ったオルレイア、魔術都市で出会ったレレ、そして賊に襲われているところを助けて、決闘でお嫁さんにしたお姫様のユニオール。みーんな大切なお嫁さんだ。へへっ、羨ましいだろ!」


 メイド服のマリエルさん、竜人族のオルレイアさん、魔女っ子っぽいレレさん、品の良さそうな美人のユニオールさん。……弟よ、手当り次第に手を出す子に育てた覚えはないぞ……。


「あ、言っとくけどこっちは一夫多妻制だかね? 俺無責任な男って訳じゃないからね? 兄貴に顔向け出来ないようなことはしないって」

「いえ、ご主人様はいつも顔向け出来ないような事ばかりしております。先日も王城で走り回ってツボを割ったではありませんか」


 どうやら弟は懲りずに走り続けているらしい。


「でも回復魔法で直ったじゃん!」

「でも欠片の数だげツボが増えたの!」

「希少価値の高いツボでしたからね……。増えてしまって逆に困っておりましたわ」

「何とか言ってくれよオルレイア、皆が虐める」

「ふむ、主はいつだってカッコイイぞ」


 オルレイアって人はそれとなく弟と波長が似ていそうだ。脳筋というか、なんというか……。でも弟が子供と嫁さんに囲まれて幸せそうで良かった。小さい頃から寂しい思いばかりしてきただろうからな。

 少しバカだけど可愛い弟だ。この目で幸せな姿を見れないのは残念だが、幸せならそれで良い。


 ふとインターホンが鳴った。おそらく宅配便だ。配達員は凄く大変な時代だと言うし、動画は後でまた見ればいい。そう思って俺は動画を再生したまま足早に玄関へ向かった。



「そうそう! 兄貴に朗報だ! 魔術の天才レレ様が、どうやらこのスマホを通して座標? だかなんかの特定を進めてるみたい。だからその確認ができればそっちの世界に転移できると思うってさ。そうだろう? レレ」

「はいなの! 多分この動画が届く時に、座標が確定すると思うの!」

「つーわけで! 近い内に家族みんな引き連れて家に帰るからよろしくな! 兄貴!」


 Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死んだ弟から動画が届くんだけど、どうやら異世界に転移したらしい 相馬 @soma-asahi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ