第13話 袁紹、麴義に時を与えて劉備、大義によって呂布を跪かせる。
麴義が張郃により腹部の肋骨を数本持っていかれたことで公孫瓚の余命も幾許となる。
しかし、袁紹軍は即座に攻めようとはしなかった。
「袁紹様、今すぐ攻めましょう!! 勝利は目の前です!!」
袁紹に進言するのは他でもない張郃である。
しかし、愚宦らが点数稼ぎのために、張郃の進言を私利私欲で妨害する。
「今すぐ攻める? 何をおっしゃられるのでしょうか? 敵は秤量がない今こそ短期決戦を望んでいるはず。そんな時に打って出るなど、愚の骨頂ですぞ!! 身分も無い足軽兵が偉そうに進言するでない!!」
袁紹は愚宦の話にばかり耳を傾けるために、張郃の意見は何一つとして聞いてもらえなかった。
「やれやれ、袁紹は前線で戦っている真面目な将軍の言うことを何一つ聞いてくれない。天は麴義に微笑むのか? それとも、我に微笑むのか………麴義に微笑んだ時、私は麴義に許してもらえるだろうか? 趙雲がいれば私を許してくれるかもしれん………」
張郃はそう呟いて自分の持ち場に戻っていく。
そんな時に沮授と高覧が袁紹のもとに参ってきた。
「袁紹様、張郃の言うことをもう少し聞かれてはどうでしょう?」
それに続いて高覧も説得する。
「私は張郃と同行していましたが、麴義は張郃の攻撃で大怪我を負っています。今攻めなければ麴義は怪我を治して攻めてくるでしょう。しかも、今度は疲弊もしておりません。麴義が負傷し、疲弊している今こそ攻めずしていつ攻めるのですか!!?」
更に沮授も続く。
「今、麴義に時を与えれば曹操も黙ってはおりますまい。ご決断を!!」
それを聞いた袁紹はその通りだと思った。
しかし、愚宦の嫉妬は止まない。
「袁紹様、麴義は袁家最強の猛将です。あの麴義が足軽の張郃に負けると思いますか? 麴義の演技で袁紹様をはめようとしているに決まっています!! 攻めるなんてバカバカしい!! みんなもそう思うだろ?」
それを聞いて皆が身分の低い者を小馬鹿にし始める。
無能は己の身分が高いと下の有能な者たちを嫉妬して黙らせる。
麴義の評価はなんだかんだで猛者と認識していた。
しかし、張郃のことは誰も知らなかったのである。
袁紹はこう言う。
「うむ、あの麴義が足軽に負けるとはとても思えん。これは罠に違いない。危うく攻めるところだったわい。沮授と高覧よ………下がっておるが良い。」
それを聞いて沮授と高覧はがっかりして下がってしまった。
しかし、沮授と高覧の言う通り、麴義が回復して攻めてくる結果となってしまうが、その前に、呂布の話をしていこう。
呂布は曹操の計略によって敗残の将となり、各地を転々としていた。
しかし、呂布は最初の義父である丁厳を殺し、董卓という義父も殺した。
おまけに、忠義の義父である王允まで殺したために誰も呂布を城へ入れようとはしなかった。
「もう我らも終わりかもしれんな。」
呂布が溜め息をついているところ、陳宮があることに気が付く。
「徐州の劉備なら、我らを迎えてくれるやも知れません。我らのお陰で徐州を手に入れたのです。この申し出には大義があります!!」
その言葉に呂布は大喜びした。
「確かに、劉備が徐州牧に成れたのは一重に俺様のお陰だ。そうと決まれば早速向かうぞ!!」
徐州牧となった劉備は仁君として大いに慕われていた。
「劉備様!! 一大事です!!」
劉備の元に届いた知らせは呂布を迎え入れて欲しいという知らせであった。
これには張飛が真っ先に反対する。
「兄者!! 呂布なんかを受け入れたら必ず全てを奪い去ってくぜ!!」
それに続いて関羽も異を唱える。
「張飛の言う通りです!! 呂布なんぞを城へ入れれば必ず災いになりましょう!!」
劉備は二人の意見を聞いて頷いた。
「私もそう思う。しかし、この徐州を手に入れたのは呂布のお陰と言っても過言ではない。それに、呂布を退けた曹操と互角に戦った呂布だ。戦力としては申し分ないだろう。」
曹操の徐州攻略は目に見えていた。
もし、仮に、曹操が呂布に負けていた際は、曹操が劉備を頼っていたかもしれない。
劉備という男なら、呂布でも曹操でも受け入れただろう。
「呂布は身寄りの無い哀れな男だ。受け入れてやろうじゃないか………」
劉備の判断に張飛は猛反対する。
「冗談じゃないぜ!! 俺が今からでも追い返してやる!!」
これに対して劉備が止めに入る。
「私は大義を貫く。曹操の大言で『我、人に背くも、人、我に背かせじ』と言う。私はそんな人間になりたくない。『人、我に背くも、我、人に背かず』だ………」
その言葉に、陳登が感服する。
「ご立派です!!」
呂布は待たされすぎて苛立ちを感じ始めていた。
「一体いつまで待たせるのだ!! 董卓の時はこんなにも待たされなかったぞ!!」
呂布が激怒し始めた時に劉備が現れる。
「劉備が呂布に拝謁します。遅れてしまいましたが、宴会の準備はできています。」
呂布はそれを聞いて怒りを忘れた。
「おお、そうであったか!! 流石は大義を重んじる劉備殿だ!! 私は信じておったぞ!!」
呂布は上機嫌で城内に入り込むも劉備の持成しが余りにも手厚いために感服してしまうほどであった。
「まさか、こんなに持て成してくださるとは劉備殿には頭が上がりませんな。」
呂布は大満足しているご様子、しかし、陳宮は胸が痛い。
「聞け、劉備………私とそなたが組めば、天下は我々のものだ!! 私は兵馬を用いて曹操を滅ぼし、劉備殿は月々に秤量を送り、酒を飲んで月を愛でていれば良い。戦のことは私に任せるのだ。ん?」
呂布の態度に張飛が激怒する。
「曹操に負けた敗残の将がふざけたことを言うな!!」
血相を変える張飛に劉備が叱りつけて退出させる。
「はっはっは、弟は酒乱のために無礼を働きました。お許しください。」
呂布は劉備を思ってこういう。
「はっはっは、な~に、酒は人を変えますからな。」
しかし、内心ではよく思っては居なかった。
そこで劉備がこんな話をする。
「呂布殿は董卓を誅殺し漢王室を救ってくださいました。故に、今では中国一の英雄でございます。」
これを言われると不機嫌な呂布も一転して上機嫌になる。
「それに比べて、私は官職もない田舎者、しかし、呂布将軍は漢室から奮威将軍に任命されております。この徐州に将軍が来られたのも天の意思でしょう………」
その言葉に呂布は不思議に思ってこういう。
「それは徐州を私に譲るということですかな?」
呂布はまさかと思いながらもついつい口に出してしまう。
劉備は呂布が余りにも正直なために思わず笑ってしまうも印を持ち出して呂布にそれを捧げてこういう。
「どうか、この徐州を将軍の手で救っていただきたく存じ上げます。」
これには陳宮も大いに驚いて声を上げる。
「なんということでしょう!! な、なりません!! 呂布様!! 絶対に受け取ってはなりません!!」
流石の呂布もこのときばかりは受け取りにくくなってしまった。
「呂布様、やはり、ここに我々はいるべきではございません。他へ行きましょう!!」
呂布と陳宮には下心があった。
いずれは徐州を我が物にしようと、しかし、劉備が自ら差し出してくるために大義を試されている。
もし、不義な振る舞いをすれば、劉備とてどう動くかわからない。
首を締められているのは劉備のようで呂布なのだ。
しかし、劉備はこう申し出る。
「何を言っておられるのでしょう? 私が呂布様に徐州を譲るには3つの理由があります。1に呂布様は天下無双で精鋭の軍馬を率いていること、2に陳宮という軍師が居られること、3に曹操は呂布を恐れていることです。」
それを聞かされた陳宮は多いに恐れ慄き平伏した。
「いけません!! 我らは敗残の兵士、受け入れてくれた劉備殿から徐州を奪うつもりなどこれっぽっちもございません。」
これに続いて呂布も平伏してこういう。
「私達は曹操を滅ぼし漢王室を救いたいがために来ました。徐州を奪うために来たのではありません。」
これを聞いて劉備はこういう。
「では………この話はまたいずれの機会にさせていただきましょう………」
宴会が終わって与えられた部屋に呂布と陳宮が行くと陳宮が慌てて言う。
「なんと軽率な!! なぜ、徐州を奪おうとしたのですか!!」
それに対して呂布はこう答える。
「自然と手が出てしまった。しかし、貰うつもりはなかった。」
陳宮は態度に出してしまった呂布に呆れ果てている。
「良いですか? 劉備は我らを試したのです。仮に、受け取ってしまえば張飛や関羽が納得しないどころか天下万民もが納得しないでしょう。………わかっているのですか!!?」
呂布は多いによっているために適当に返事をした後でこう聞いてくる。
「では、どうすればよいのだ?」
陳宮にとっては真剣な話だが、呂布にとっては上の空、それ故に陳宮はますます怒りながらもなんとか平常心を保ち言う。
「まずは義兄弟となって親睦を深めるのです。そして、民からも愛されれば次第に徐州は呂布様の者となるでしょう。それに、呂布様には強みがあります。」
呂布は何も理解しておらず、ついつい聞いてしまう。
「俺に強みが?」
これを聞いて陳宮は大義の心得も無い呂布に呆れる。
「漢室を逆賊・董卓から救い、奮威将軍の位を貰っているじゃないですか!!」
それを聞いた呂布は多いに笑って言う。
「詰まり、それを皆に言い拡めて徐州を奪えば良いのだな。俺の武勇伝を村中に広めてやろうではないか!!」
呂布の傲慢な行いに陳宮が激怒する。
「馬鹿げたことはおやめください!! まずは、義兄弟のち義理を結び、弟となることです。そうすれば民は呂布殿に次第と心を寄せます。わかりましたね?」
それを聞いた呂布は『はいはい』と言って眠ってしまった。
陳宮は不安になりながらも眠れぬ夜を過ごしてしまう。
呂布が起床すればなかなか眠れなかった陳宮が熟睡しているのが見えた。
起こすのは申し訳ないと思い、呂布は早速陳宮に従って劉備に義兄弟の契りを提案する。
「劉備殿よ。弟は私だ。これからは是非、兄と呼ばせてくれ。」
呂布は劉備を兄と慕うも悪くないと思い笑みを浮かべる。
しかし、劉備が血相を変えてこういうのである。
「とんでもございません!! 中国一の英雄を弟になど!! 呂布様が許しても天下万民が劉備を許しません!! それに、いずれはこの徐州を呂布殿に譲るのは天の意思でしょう。私のような官職のないものが奮威将軍から兄と呼ばれてしまえば、この劉備は天下の笑いものとなってしまいます。どうか、官職を与えられた呂布様が兄になられますよう。この劉備、切に申し上げます。」
呂布は『そうか』と言いつつも劉備の言うことが最もだと思い、気持ちよくこう呼ぶのであった。
「わかったぞ。賢弟よ!!」
それを聞いた張飛が大激怒する。
「やい!! 天下の裏切り者!! 俺の兄貴を弟だと!! 貴様のような敗残の将が図々しいと思わんのか!! 敗残の将が偉そうにいつまでも奮威将軍様気取りでいられると思うなよ!! この負け犬将軍め!!」
張飛の怒りに呂布は天にも登る気持ちだったが地に突き落とされてしまった気分になってしまう。
これに対して劉備が張飛をまたもや叱りつける。
「張飛!! 私の兄に無礼だぞ!! 謝罪しなさい。」
張飛は劉備の言う事を聞かなかった。
そこで関羽が張飛を押さえつける。
「張飛!! よさないか!! あっちで一緒に酒でも飲もう!!」
しかし、張飛は呂布を挑発し続ける。
「悔しかったら自慢の方天画戟を持って正門の所に来い!! この負け犬将軍め!! 俺が相手になってやるぞ!! この臆病者!!」
呂布は散々罵られたために方天画戟を手に取ってしまう。
これには劉備も驚いてこう宥める。
「兄上!! どうか気をお沈めください!! 張飛にはきつく教を添えますので!!」
何の騒ぎかと思って陳宮が現れれば劉備が『兄上』と言ったために酔いも眠気も覚めてしまった。
「あ!?ーーー今なんと!!?」
陳宮が現れたために呂布は約束を破ってしまった所を見られてしまって大人しくなる。
「あれほど、兄になるなと申し付けたというのに………!!」
呂布は次第に申し訳なくなってしまい、こう申し出る。
「劉備殿、やはり、私はここを出ていくことにする。道理がわからん私でもない。二日酔いのためにどうかしていた。許してくれ………」
そう言うと、劉備が一つ提案する。
「では、徐州の領地に小沛に駐留されてはいかがでしょう? 秤量などは毎月送ります。」
それを聞いた陳宮は劉備の提案に対してこういう。
「小沛に留まればいざという時にお互いが助け合うことができます。掎角の勢となって徐州はますます堅硬となるでしょう。ささ、呂布様、劉備殿に礼を………」
これを聞いた呂布は溜め息を付いた後で劉備に礼を言う。
「お心遣い感謝する………」
呂布にはわからなかった。
劉備との戦いは己との戦いでもある。
己の欲望に負けてしまうような人間では劉備との交渉に勝つこともままならない。
正義とは、勝つことではなく、己との戦いなのだ。
優位に立つことが義ではない。
義という漢字がどのようにして作られたかも知らない阿呆共にはわからない話であろう。
こうして徐州は曹操に対抗する力を得ることができたのであったが、それと同時に、不安も残ったのである。
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