第七話


 過保護な野良達の存在に気が散るからと、障子で部屋を分け隔て、部屋には秋花と恵那和の2人となった。


「名前は?」


 外へ出る準備をする彼女に対し、屏風越しに恵那和は尋ねた。


「榊 秋花と言います」

「私のことは恵那和と呼べ。秋花はいつから彼らと?」

「時期は異なりますが、一番付き合いが長くて幼少期の頃から」

「今はいくつだ?」

「16くらいになります」

「10年以上の付き合いか。人間にしては長い。僧正坊ともか?」

「彼は仕事の客です。付き合いは大体8年程前くらいでしょうか」

「得体の知れない化け物退治をよく引き受けようと思ったものだ」

「基本、うちは依頼を断ることはしませんので」

「それは素晴らしい心掛けだ。百足の倒し方はどうやって? 何か倒すのに方法はあるのか?」

「特段、方法なんてものはありません。数打って、たまたま適合者が見つかっただけのこと」

「そう、残念。何か方法があるならば、神が倒す手掛かりにでもなると思ったのだが」


 すると着替えを終えた秋花が、屏風を閉じて出てきた。あの時と同じ姿、同じ戦服を纏い、髪はあの杜若柄の布の切れ端で縛り上げている。


「倒す気があるのですか?」

「無論。あんな化け物に食い殺されるのはごめんだ。それに、我々で対処できれば、君のような人間が天狗界に介入しなくて済む」

「それはどういう意味ですか?」

「神の世界にも色々あってね。正直、神と天狗は今、懇意な訳じゃない。そんな中で君のような人間がうっかり天狗の味方をされるとこちらはやり難い。それが例え、ビジネスだとしてもだ」

「はぁ……呆れた」

「『呆れた』? 何が?」


 重たいため息を吐いたかと思えば、秋花は恵那和の問いに答えず、刀を携え、下駄を持ち部屋を出た。


「お嬢、行ってらっしゃいませ」

「いってらっしゃい、お嬢! 気をつけてね!」


 出勤に気づいた妖達は、彼女を元気に見送った。外へ向かう秋花を追って、恵那和も部屋を後にした。


「待て。『呆れた』とは一体どういう意味だ」

「字義通り。いつまで経っても神が天狗にうだつが上がらない理由がよく分かります。大前提からまるで分かっていない」

「何が言いたい」

「よく考えて下さい。私が天狗界に関与する事を軽んじていると本気でお思いですか?」

「それは」

「8年間、私が神の前に一度も姿を現さなかったのは何故だと思いますか? 菫達が私の存在をひた隠しにしてきた理由を何だとお思いで?」

「ッ!」


 言われてみれば、さっきも菫は自分の前から秋花を隠す動きを取っていたことを、恵那和は思い出した。


「これだけ情報が集まって、私が人間であると気づく事が出来たのに。私の買い被りですかね」


 サザエ回廊まで出ると、秋花は持っていた下駄を履き始めた。

 彼女の棘ある言葉一つ一つが、恵那和に言葉を詰まらせる。しかし、何も言い返せない。全て正論で、少し考えればわかる事だった。

 彼女の言い振りから察するに、僧正坊が隠していた秘密は彼女ではない。恐らく、神には徹底的に隠し、彼女らしか気づいていない何かがある。それも8年前から僧正坊の掌に潜り込み、機会を窺っているのだ。



_____『用心棒・妖退治その他諸々の妖絡みの依頼を請け負う何でも屋』



「秋花は、気づいているのか? ここで何が起きているのか」

「一利の裏に百害あり」

「は?」

「とある妖が創作した、彼の為の諺です」

「彼とは僧正坊のことか?」

「あのお爺さんは舐めない方が良い。探れば探るほど沼は深い。神にとっても、天狗にとっても、人間にとっても、早々に烏避けをするべきです」


そう言い残して、秋花は百足が蔓延る雪降る外へと飛び出した。

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