第八話
「菫め!! 秋花を出し惜しみしおってからに!! せっかく神共を使役するチャンスだというのに!」
緊急会議が終わった後の僧正坊の機嫌は、最高に悪かった。感情任せに怒鳴り散らしては、触れるもの全てを平伏す天狗達に向けて投げつけ暴れ続けていた。
そんな怒り狂う僧正坊に天狗達はなす術なく、ただじっと耐え続けた。
ただ一人を除いて……
「僧正坊様、お鎮まりを」
「貴様のせいだぞ、烏水!」
僧正坊の怒りの矛先は、動けぬ下っ端達のために彼を諌めようとした烏水に向けられた。
「貴様が使えぬからいつまで経っても天狗が上に立てぬのだ!!!」
「申し訳ございません」
「せっかく秋花に鉢合わせてやったというのに、妖ごときに言いくるめられおって。天照が信頼を置く末児を狙ったのに! 恵那和め! あの役立たず!!」
見開いた瞳孔で僧正坊は烏水を鋭く睨みつけながら、恵那和への怒りを口にした。
件の百足の侵入は、恵那和を狙って天照に仕向けた天狗の企てだ。恵那和が1人になったのを見計らい、天狗達は階下の扉を開け、百足の侵入を許した。
全ては、神と秋花が接触するために。
「他にも手はございます。この8年間の状況を見る限り、妖共が彼女の管理を徹底している以上、他の手も打つべきかと」
「ならぬ!」
烏水の提案に、僧正坊は強く否定した。
「あの娘が我が手中にある事を示すからこそ、神の絶対服従が実現されるのだ。絶対に秋花を使え」
「……畏まりました」
いくら無茶な要求でも、この老体には決して『いいえ』と答えてはならない。逆らう事は許されず深々と頭を下げ、最高の敬意を表しながら首を縦に振る以外、許されない。
「僧正坊様、それ以上興奮なさってはお体に障ります」
「寝所のご用意はできております。少し休みましょう」
そう進言したのは、僧正坊の傍に控えていた2名の世話役達。
『寝所の準備』ここで表すその言葉の真の意味は『気晴らしに女でも抱いてはどうか』。年中、世話を担っているだけあって、さすがはこの男の手っ取り早い気分の切り替え方を心得ている。
何故、天狗達も神々も口だけで何もしない傲慢な僧正坊に頭を上げられないのか。
それは、彼自身の天狗としての能力にあった。
天狗は妖とは違い、神・人・妖と同じ一種族として考えられている。当然、種の中での王の決め方は種によって異なる。神は一子、人は血筋、妖は実力、天狗は天性の異能の力で王が決まる。
その異能の力とは、いわゆる呪術。その呪の対象は種族を選ばない。
血筋関係なく、呪術の才に恵まれた者が、長となる資格を得られる。そして、その呪術の才は、長によって異なる。占い、結界、治癒……様々な長の能力がある中で、僧正坊が与えられた呪術の力は_______『絶対服従』
裏切りを発動条件に、僧正坊が裏切られ感を持った相手に服従を誓わせる呪術であった。それも一度服従を誓えば、どんな命令でも僧正坊に逆らうことは許されない。
その術は持っているだけでも、周囲に十分な効力を持ち、術を使わずとも恐怖で周りを支配することができた。神々からは、歴代最悪の呪と言わしめる程の厄介な能力だった。
「それと、僧正坊様。御恐れながらご報告致します」
「後にせえ!!」
「烏合の衆が動き出したようでございます」
僧正坊に構わず、烏水は報告を上げた。
「何?」
______『烏合』
その言葉を聞いた瞬間、僧正坊の目の色が変わった。
それは、僧正坊の首を狙う反逆者集団のことを指す。その正体は、かつて僧正坊に謀反を起こし、天狗の世から追放され、捨山に捨てられた烏水達の元兄弟天狗達。
彼等を率いるのは、第1562代目僧正坊の燈火。現総代1561代目の次に僧正坊になる予定だった、異能の力を持った天狗である。
しかし、彼は異能の才には恵まれず、異能を持って生まれた事に間違いないが、異能を発現できないでいた。本来であれば、次代の異能者が成人した段階で代替わりが行われるのだが、僧正坊は彼が異能が発現しない事を良いことに、その座に居座り続けた。
僧正坊の座を脅かされることを恐れ、そのまま燈火は処分されると思われた。しかし、彼にしては意外なことに、燈火を捨山に捨てて天狗界から監視付きで追放しただけで、処刑を降さぬことを当時は公言した。
「昨日から監視役と連絡が取れず、応援を現場に向かわせたところ、奴らの巣穴はすでにもぬけの殻となっていました」
「この愚か者!!!」
激情した僧正坊はついに我慢の限界に達し、ずっと下げ続けている烏水の頭を思い切り踏みつけ、手を出し始めた。
周りの天狗達がそれに動揺し、怯える者もいる中、烏水は依然として冷静でいて報告を続けた。
「クソガキの監視もできぬのか! 役立たず!」
「御殿の百足の侵入を揺動に使い、機会を狙ってのことでしょう」
「我々の情報が筒抜けだったと言いたいのか? それとも密告者が混ざっているとでも!?」
「その可能性が高いかと」
「このクソ忙しい時に……! 揃いも揃って無能な奴等しかいないのか! こうなればあらゆる手を使ってでもそいつを炙り出せ!! 指揮権は烏水に委ねる!」
「はっ!」
「今度はしくじるなよ? 烏水」
足裏の下敷きにした烏水の頭を掴み面を上げさせ、脅し文句で釘を刺す。
烏水の髪を引っ張る彼の力加減は、見ただけでも掴み方に容赦はない。そうであるにも関わらず、烏水は表情一つ変えずに、ただ真っ直ぐに大和絵の龍の如き険しい顔の僧正坊を見つめ、彼の話に傾聴した。
「今回は今までのお前の働きに免じて特別に許してやる。だが、チャンスは一度だけだ」
「肝に銘じます」
僧正坊が秋花に拘る理由……それは、彼が秋花と出会った場所にあった。僧正坊が彼女と出会った場所は隠り世……つまり、妖の世界。
隠り世の中でも闇市と呼ばれる遊郭街では、妖の不正取引が行われている。所謂、妖間の人身売買であり、弱肉強食な妖の世で生き残る術を持たない妖達が生き残るために、労働力や体を対価に殺されないための命乞いをする場所である。もちろん、天道は神々の闇市への干渉を一切禁じ、人間が間違って迷い込まぬよう人間界から通ずる出入り口を封印している。
しかし、神とて従順な奴らばかりではない。噂では妖を使って闇市で使えなくなった神使を金で売り、新しく野良を買って神使にする者がいれば、自ら隠り世に出向き、法を犯して妖を妾にする者もいる。
神と妖の闇が秘められたそんな場所で、僧正坊と秋花は出会った。
それは僧正坊にとって、神々が闇市に出入りしている姿を目撃した証人を見つけたことを意味していた。天狗側が指し示す証拠とは比にならない、神にも天狗にも属さない公平の立場に立つ人間が証人であれば、嘘を吐くメリットがない。彼女の存在は、間違いなく天道の瓦解を誘発するものとなり、延いては人間さえも支配下に置くことが可能となるだろう。
だからこそ、僧正坊は秋花に躍起になる。
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