第36話 最上くんはショタと出会う②

(なんでこんなことになった?)




 浮遊感──まるで夢のなかにいるようだ。目に映る光景もどこか現実味がなく、まるでテレビ画面を見ているようながある。


 ──うっそ。マジかわいい──まつ毛ながぁ──


 周囲の音も膜がかかったように聞こえた。




 たしかに、蘆毛あしもフトシは眉目秀麗なルックスをしていた。美少年といっていい。


 さらに小学六年生にしては幼く、身長も同級生のなかで一番低かったし、まわりが第二次性徴で男女差が明確になっていくなか声変わりもしていなかったから、フトシには男女の性のあいだで揺らいでいるような不思議な魅力があった。




(俺はなんでこんなことをしてる?)




 フトシは椅子に座らされ、女子高生の集団に囲まれていた。


 女子高生たちはフトシのまぶたにアイシャドウを引き、唇にルージュを塗り、頭にピンク色のウィッグを被せてツインテイルに結った。服はすでにメイド服に着替えさせられていた。


 そう──フトシの中性的な魅力に気づいた女子高生たちは〈この子、女装させたらかわいんじゃね〉という悪ノリを発動させた。


 フトシもはじめは必死で抗ったが多勢に無勢──結局は彼女らのオモチャにされた。


 姉フミカの悪友の一人ヒナがフトシを指差しながら爆笑している。姉のもう一人の友人でフトシも小さな頃から知っているユズハは汚物を見るような目でフトシを見ると「キモ」と一言いった。


(このクズ二人に馬鹿にされるとは……なんという屈辱)


 悔しくてフトシの瞳がにじんだ。しかしここで泣くことだけは絶対にしたくなかった。最後のプライドだけは死守したかったからだ。


(姉ちゃん……)


 フトシは唯一救いの手を差し伸べてくれるはずの姉の姿を探した。姉ならオモチャにされている弟を見過ごすわけがない。かならず助けてくれるはずだ。


 フトシは人垣の後ろに姉の顔をみつけた。しかしその表情は期待していたものとは違っていた。


 姉フミカは化粧され変化していく実弟をここにいる誰よりもキラキラした目で見つめていた。ここにいる誰よりもフトシの女装の完成を待ち望んでいる顔をしていた。


(……姉ちゃん?)


 フトシは絶望の底へ突き落された。




「できたー! 完成だよ!」


 メイクアップを担当していた女子高生が宣言すると黄色い歓声が上がった。


「えー! マジ!」


「ヤバいヤバい! かわいすぎ!」


 女子高生たちはスマホで手にとりフトシを撮りはじめた。


(終わった……)


 小さな頃からよく女の子に間違われた。だからその反動で過剰に男らしく振舞ってきた。乱暴すぎて学校でも問題視されるほどだった。それなのに──


「ほら、弟ちゃん。鏡だよ。自分のお顔みてごらん」


 と唐突にフトシの目の前に鏡が置かれた。フトシ自身は自分の惨めな姿など見たくなかったが、あまりに咄嗟のことだったので避けることができなかった。


 鏡のなかに女の子の姿をした自分が映っていた。


(……)


 フトシは頭では見たくないと思っているのに鏡から目をらすことができない。


(……かわいい)


 フトシは鏡の中の少女から目が離せなくなっていた。

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