第8話 最上くんはテニスをやる

 体育の時間。種目はテニス。二人ずつコートに出て試合形式で授業がおこなわれていた。


 前の試合が終わり、次にコートに立ったのはテニス部の高橋タダフミと、がみガモンだった。


 高橋は、


(ほほう。わが恋敵、憎き最上ガモンが相手とは、これもなにかのめぐり合わせ。僕とあしフミカの間に割りこんできやがって……この恨み、晴らさでおくべきか)


 と最上を睨みつけた。


 高橋のサーブから試合がはじまった。


 さすがにテニス部である。高橋は次々とサーブをきめていった。一方、最上はレシーブを返すことすらできず、あっという間にワンセットをとられた。


(ド素人め。これじゃワンサイドゲームだな)


 高橋は内心高笑いした。


 つづいて最上のサーブ。しかし最上はボールを真上に上げられず、何回もトスを繰り返した。


 高橋はイライラとした。


(ふざけんな、下手クソ。いいかげんにし──)


 とおもった瞬間、高橋の顔の横を弾丸のようなものが通過した。


 ガッシャ―ン!


 高橋の後ろにある金網のフェンスが鳴った。振り返ると黄色いテニスボールがコートに転がっていた。


「フォルト!」


(なん……だ、いまの)


 ふたたび最上がボールをトスする。今回は一発できれいに上がった。最上がラケットを振り下ろす。と同時にテニスボールが高橋の目の前にあった。高橋はなんとか身をかわしてボールを避けた。


「ダブルフォルト!」


 夏の暑さのなか、高橋は冷や汗をかいていた。


 高橋は怯えた視線を最上に向けた。「うわっ」おもわず声が出た。


(あの目……あのときと同じ目だ。夜行性の肉食獣の目……)


 その後も最上の打つサーブはことごとく高橋に向かって一直線に飛んでいった。そのたびに高橋は悲鳴を上げて体をよじった。


 それをみていた生徒たちから笑い声が上がった。「お前らふざけてんのか。真面目にやれー」と体育教師さえも笑いながらいっていた。


 高橋はそんな言葉も届かないほど必死になってボールから逃げた。


(殺意……ボールに殺意がこもっている。やっぱりあのときは最上ガモンは僕の存在に気づいていた? これは──蘆毛フミカから手を引け──という恫喝……脅し)


 最上はフォルトを連続し、結局ワンサイドゲームで試合は終わった。


 しかし高橋の冷や汗は止まらないままだった。




 ──後日、高橋はテニス部を辞めた。

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