堤防での夜

@01281204

堤防での夜

僕は、堤防の夜の景色が好きであった。

麗らかな波は生命の動きを示してくれ、また、淡い哀しみを僕に提示してくれた。

僕は今、堤防の上に立っていた。深夜である。思い返せば、僕の人生は散々であった。それも、全て悪いのは僕であるが。故に、僕は僕の人生を良きものと思えなかった。

海辺の夜風はとても肌寒く、幾ら外套を着込んでいても、冷たい風は僕の肌を刺激した。或いは、僕の心が冷え切っているのかもしれない。僕は、今、恐ろしいほどの虚しさと恐怖を感じている。僕が今考えているのは信じられぬほどに暗く、恐ろしいことなのだ。

僕は、堤防の上に座った。

遠くにタンカーが見えた。タンカーは力強く煙を吐き、前進している。僕はそれに見惚れていた。

すると、隣に男が座った。かなりの年配だ。八十以上はあるだろう。僕は少し悩んだ後、ここを立ち去ろうと立ち上がる準備をした。

「小僧、こんな時間に何をしておる」

男が低い声で語りかけた。

「わからないです。僕が何をしようとしているのか。僕はこの景色が好きで、ただ、何か暗い気持ちに駆られてここにいます。」

男は少し黙って僕にまた話しかけた。

「わからぬのか」

「ええ」

僕はこの男が何をしたいのか探った。大体、この男だってこんな時間に外出しているのはおかしいだろう。

男は立ち上がり、また私に話しかけた。

「ついて来い」

僕は男について行った。

男は堤防の上を歩き続け、いきなり止まった。

「下を見てみろ」

下にはテトラポッドがたくさんあった。

ここからあそこに落ちたら死ぬだろうなと僕は思った。

男は僕の方を見て話し始めた。

「今から私がここを片足で歩いて見せよう。あの辺りでここは引き返して来るまでに貴様が考えていることの結論を出せ」

男は少し遠くのところを指さしながらそう言った。

「はい」

そんなことで結論が出せるか。

僕は腕を組んでその場に座り込んだ。堤防が尾骶骨にあたり、少し痛かった。

男はスッと右足を上げ、ケンケン飛びをしながら前進し始めた。

僕はその様子を静かに眺めていた。

男はふらふらと前進している。すると、体が堤防側へ傾いた。私は何故かその様子に共鳴した。男は気づいたら往復地点に入っていた。今まで僕に向けていた背中をくるりと翻し、今度は僕の方に体を向けてこちらへやってきた。僕はせかせかするような気持ちに襲われた。男に早くここへきて欲しいのではない。僕は男がここから下へ落ちるのを望んでいるのであった。私はその気持ちに深く衝撃を受けた。なんて非人道的なことを望んでいるのだ。僕はこのことを考察してみることにした。僕が突然ここへ来た理由、僕がこの男の子の死を望んでいる理由。先程、僕はこの男に共鳴をした。つまり僕は今片足で堤防を往復している自分を見ているのだ。そして僕がこの男の死を望んでいると言う事実が重なる。つまり、僕は死にたかったんじゃないのか?僕は、ここで自殺をしようとしていたのか?なら、何故僕はここへ来た?…そうか、僕は最後に生命の躍動を感じたかったのではないのか?

タンカーの動き。生命を表す麗らかな波。これらを見にきたのは最後に僕が生きていたことを確かめるためなのではないのか?

男が片足で戻ってきて両足になり僕の前で座った。

「結論は出たか?」

僕はまっすぐ男の目を見た。

「はい、僕は自殺がしたかったらしいです」

その瞬間、私は頰に痛みを感じた。

男が私を打ったらしかった。

「そんなとこだと思ったよ。貴様、軽々しく自殺などするな。私の生きている時代は、生きることこそ困難だったのだぞ。」

僕は頰を押さえながらその話を黙って聞いていた。

「友は死に、弟も死に、兄も死んだ!だが俺は死のうとは思わなかった!その分生きてやろうと思った!」

男はその場に崩れて泣き始めた。

「頼むから、若いものが死なないでくれ。私が手を貸してやる。共に生きていこうではないか」

僕は立ち上がった。

「もう二度と、自殺はしません。誓います。」

僕はそう言うとゆっくりと堤防から離れて行った。

男の嗚咽はより一層激しさを増していた。

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