アイリス記〜新女王は冒険者志望の転生者なので万能です〜

紅井 茶々

プロローグ〜突然の戴冠〜

「現場に向かった騎士団からの報告はまだか!?」


「生き残った近衛兵の話では別荘はもう……」


「まだご遺体は確認されていないんだろう?生きている可能性は……」


「現実を見ろ!王冠が全て消滅した!生きているはずがない!だれひとりとして!」


未曾有の大混乱だ。

そういう感想しか浮かばなかった。


まわりの大人たちが慌ただしく駆け回ったり嘆き悲しんだりしている声が、光景が、理解する前にどんどんと通り過ぎてゆく。


お城のホールは広いのに、ビリビリと空気が張り詰めて息苦しい。


「アイリスくん、はやく。」


トラヴィスと名乗った男に手首を捕まれ、赤絨毯の上を玉座の方に連行される。


「同行者のリストアップを早くしろ!」


「サーヤは?娘の安否はまだわからんのか!?」


すすと水にまみれた汚らしい私が玉座に連行されていることなんて気にかけていられないほどの緊迫感に肌がひりつく。


「さあ、こちらの宝杖を手に。先ほど教えた即位宣誓を唱えて。できるよね?」


「は、はい……」


玉座に着いたとたん宝杖が手渡され、ずしりと重さが手に伝わる。

その柄に緊張した自分の顔が映っていて情けなくなった。


やるしかないのは分かっている。

なるようになれ!


私は決心して口を開いた。


『大地の精霊王よ。我は人類の祖王ギデオンの子なり。』


生前の私は、生まれた時から長くは生きられないと言われていた。

人生のほとんどを病室と家の中で過ごし、映画などの映像作品に没頭していった。


『汝と祖王の盟約。東方の守護を担う者。』


その後、齢17で病死。


生まれ変わった先はドラゴンも人魚も魔法も存在する、古典的な中世風ファンタジー世界。


しかも憧れてやまなかった健康体で。


『汝と交わす黄金の杯。汝が満たすは祝福。我が満たすは祈誓。』


孤児院で目覚め、現状を理解した私はすぐさま人生の目標を立てた。


『飲み干したならば証を与えよ。』


冒険者になってこの世界を、健康な身体を楽しみ尽くすのだと。


それなのに−


『頂に刻め!我が名はアイリス・ホワイト!』


カッ!と頭上で花火が弾けたように閃光が走る。


あまりの眩しさに、大混乱していたホールが一瞬にして静けさに包まれた。


次の瞬間、光は収束し誰もがよく知る形となり、ボサボサの黒髪の上で不釣り合いにキラキラと瞬いてみせた。


「……戴冠の儀、無事に終了したね。」


トラヴィスが静かに私の横で跪く。


「きみが新しい国王だ。」


しばらくの沈黙。


そして騒めきが再び巻き起こる。


さっきとはまるで逆。


全員の視線が私に向けられる。


こうして私は現時点をもって女王様になってしまった。

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